097話 ニュー・ジャーナリズムの地平
「おい、なにコソコソ話してやがる」
「スンウのカッコいいトコ、話してたヨ」
不機嫌な顔をしながら戻ってきたスンウに、ハオランが無邪気に答える。
「余計な事してんじゃねぇ……そんで、てめぇはまだ居やがったのか」
「スンウ……聞いて欲しいことがあります」
俺は、気付くとそう口にしていた。
それは、考えがまとまるより先に出てしまった言葉。
「こっちはもう聞きてぇことはねぇぞ。それともまだ何か隠してやがったのか?」
頭の中を整理する。
何故、俺が今それを伝える衝動に駆られたのか。何を確かめて何を言わなければならないのか。
「ここ最近……分銅祭以降にコミュニティ入りした者の中に、率先して春節祭の運営委員に立候補した人はいませんか?」
「あァ? 何言ってやがる」
スンウは、ハオランが俺に話した内容をしばらく想像しているようだった。そして純粋に俺の言葉に興味があるのか、珍しく毒気の無い思案顔を浮かべる。
「……いるな。4人。……分銅祭の動画でNEXTopicsの知名度は上がったからな。運営委員は半年前に決まってるんだが、どうしても活動に貢献したいって連中が、俺経由で関わっている」
スンウはそう言うと、その先を俺に促す。
「――かつて、ツワブキが追っていた案件で、在日コミュニティに紛れる派遣市民を相手取った事がありました」
派遣市民。
渦中の一般市民に紛れ込み、あたかも当事者であるように振る舞う工作員。しかし裏に隠された思惑により、大抵はその潜入先の目的と異なる行動をする。そんな者たちは俗に派遣市民と呼ばれていた。
そして彼らは、決してプロフェッショナルなスパイではない。多重債務者やホームレス、あるいは不法滞在者。そんな社会のはみ出し者が、お目溢しや金銭と引き換えに動員されるのだ。
「てめぇ……! そうやって俺たちのコミュニティの分断を……狙ってやがるんじゃねぇだろうな……!」
スンウは俺を威圧するが、その言葉は歯切れが悪く苦々しい表情を浮かべている。
その様子を見るに、4人の態度が不自然で思い当たる節もあったのかもしれない。何より彼は痛いほど理解しているのだろう。在日コミュニティには日々多くの人が出入りしており、皆出自が曖昧で、そしてその者たちはいずれも困窮しているのだ。スンウの考える移民全体のイメージ戦略なんかよりも、個人の利益を追求する者などいくらいてもおかしくない。
「故意に日本人と揉め事を起こす程度なら簡単ですし、注目が集まっているほどその効果は大きくなります」
今のアオ派の勢いに移民の後押しまで乗ってしまうのは、対抗勢力としては無視できない。その勢いを殺すには移民自体に悪印象を与えるのが手っ取り早く、そうなってしまえば新垣に疑問を持つアオ派も増えるだろう。
いつだって恐ろしいのは味方の振りをする者なのだ。
「貴方たちは新垣の演説前からアオ派かつ在日外国人の立場で発信してるから、視聴者からの信頼度も高い。だからこそ標的にされてもおかしくない」
注目度の高い在日コミュニティを陥れようとした事例を、経験上知ってしまっている。だから同じ結果にはさせたくない。そんな思いで俺は訴えていた。
「俺たちは全部がバラバラだ。国籍も境遇も言語もな。そんな連中が身を寄せ合うには、不揃いなものも受け入れて行くしかねぇんだよ! そこに寄り添うのが俺のジャーナリズムだ!」
「だから敵はそこにつけ込むんです。貴方のスタンスを否定する気は無い。でも……日本人と移民の絆を結びたいんだろ、スンウ。ジャーナリストなら、嫌な事実から目を背けるな!」
ヒートアップした応酬は途切れ、一時の沈黙が流れる。
スンウはハオランの方に視線をやった。ハオランも今はもう真面目顔で、何も言わずゆっくりと頷いた。
「……信頼できる仲間の中で、荒事もいける奴らを集める。ハオラン、連絡手伝え。今夜中に例の4人を拘束するぜ」
「了解ヨ」
ハオランはあんなに酒を呑んでいたのにその素振りを一切見せず、すぐに立ち上がると足早に席を後にした。
「仮にそいつらが派遣市民だったとしても、何か事情がある筈だ。悪いのはそいつらの弱みにつけ込んでそそのかした黒幕の連中……なんとしても突き止めてやる」
スンウはまるで自分に言い聞かせるように、力強くそれを口にした。
きっと彼は、その風貌とは裏腹にとても懐が深く優しい人物なのだ。
だから自身の属するコミュニティの未来の為に働いているし、身内に工作員が紛れ込んでいるという指摘には先ず激昂した。弱者の声が皆んなに届くように願い、その手段としてジャーリズムも、それ以外の方法も厭わない。
そんなスンウの姿勢を見せられたら、俺も決心せずにはいられない。だから自然と口を出してしまう。
「拘束するのは3人にしましょう。全員の身動きが取れなくなったら、黒幕は間者を切る判断をします。でも自由に動ける1人を残せば、そいつが黒幕の関係者と接触を図る可能性は高い」
末端の派遣市民は利用されているに過ぎない。だから工作の目的や依頼主の素性などの重要なネタを持っているとは思えない。スンウの言うように先回りして拘束しても、そいつらの持つ情報から黒幕に迫るには至らないだろう。
「……監視を付けて泳がせるってことか?」
「えぇ、仲間3人が貴方たちから尋問を受けるようなことになったら、残る1人は保身の為に黒幕に縋るでしょう」
スンウは、また少し苦々しげな表情を浮かべたが、それでも決心したような目つきに変わる。それが最善手だと判断したのだろう。
「俺にも手伝わせて下さい。この現場でまだやれる事があります」
やりたい事がある。
「……好きにしろ」
スンウも、意地よりも俺を利用する事を優先してくれたようだった。




