第8話 虎の威を借りて、海苔を売る
数か月後....
工房から届いた試作品は、予想以上の出来栄えだった。
薄く、均一に漉かれ、天日でパリッと乾かされた黒い宝石。
これこそが、俺がこの時代にもたらす最初の「商機」だ。
(家康公に献上する。それができれば、この海苔は『天下御用達』という最強のブランドになる)
だが、俺には徳川家へのつてなどない。そこで俺は意を決し、高虎公に先触れを出した… 会いたいと
しばらくすると高虎公より、京へ来るようにとのこと
俺は吉成や供とともに船に乗り一路、大阪の湊から京の普請現場へと向かった。
仙洞御所の造営指揮を執る高虎公に、直談判するために。
京の陣屋。幕府の威信をかけた大事業の真っ只中、現場の空気は張り詰めていた。
数多の建築家や役人が行き交う中、高虎公は一際大きな軍配を手に、工事の采配を振るっていた。
(戦場さながらの、この威圧感……)
俺は陣屋の奥へと通された。しばらく待った
しばらくして高虎公が現れた……幕府の期待を一手に背負い、藤堂家の命運を預かる英雄の「圧力」とは、これほどまでか。居室に足を踏み入れた瞬間、頭を下げる…ただそこに座っているだけで周囲の空気が凪ぎ、強烈な殺気にも似た気配が全身を射抜いた。
「……今治より参りました、タカヨシです」
俺は地面に手をつき、必死に頭を下げた。心臓が早鐘のように打ち、喉がひりつく。
高虎公は何も言わず、ただ静かに俺を見下ろしている。その一瞥だけで、俺の腹の内まで透かされているような恐怖があった。
(ああ、ダメだ……。前世の記憶があっても、この威圧感には勝てない)
俺が震えを隠しきれずにいると、高虎公は少しだけ表情を緩め、厳しくも重みのある声を出した。
「面を上げよ。……お前は、随分と今治の民や財にこだわっておるようだな」
「……はい。守るべきものが多ければ、それだけ備えが必要かと」
高虎公は鋭い眼光を俺に向けた。彼にとって「家」とは、幾度もの主君替えを乗り越え、血を絶やさず繋いできた命そのものだ。
「……分かっているのか。今治は藤堂の要だ。お前の代で一度でも火種を残せば、その責任は我が家全体が負うことになる。お前を城代に据えたのは、それがしなりの期待でもあるのだぞ」
その言葉には、今現在跡継ぎ問題に揺れ、家を存続させることに心血を注いできた男の、凄まじい執念が込められていた。俺は背筋を伸ばし、脇に置いた小箱を差し出した。
「……心得ております。ゆえに、既存の蓄えを食いつぶすのではなく、新たな国を潤す糧をここに持参いたしました」
小箱を開き、完成した板海苔を差し出す。高虎公はそれを取り上げ、じっと観察した。
「……海藻を漉いて作ったか。面白い知恵だが、これをどう食う?」
「今、御覧に入れます」
俺はあらかじめ用意しておいた七輪と、焼き網を陣屋の一角に据えた。炭が真っ赤に熾っている。俺はそこに、保存食である丸餅を載せた。そして海苔を炙る。餅の表面がぷっくりと膨らみ、柔らかな芳香が漂い始める。
焼き上がった熱々の餅を網から取り上げ、小皿に入れた醤油を箸の先でさっと回しかけ、その餅を板海苔でくるりと包み込んだ。
「……お召し上がりください」
高虎公は不思議そうな顔をしながらも、差し出されたその餅を口に運んだ。
パリッ――。
静寂な陣屋に、乾燥した海苔が弾ける乾いた音が響く。直後、熱い餅と海苔が混ざり合い、醤油の焦げた香りと海苔の芳醇な磯の香りが、高虎公の鼻腔を満たした。
「……ほう」
高虎公の瞳が、僅かに見開かれた。
「……ただの海藻かと思っていたが、炙ることでこれほど化けるとは。香ばしさといい、食感といい……これは大御所様も、舌を巻かれるかもしれぬ。……高吉、私と共に大御所様へ参内せよ。直々に献上の儀を執り行う」
高虎公の言葉に、俺は全身の震えが止まった。
(高虎公と共に献上……! これで失敗は許されないが、最高の舞台が整った)
数日後、二条城大御所・徳川家康公の御前。
俺が差し出したこの海苔を口にした瞬間、家康公は目を見開いた。その表情が満足げに崩れるのを目の当たりにした瞬間、確信した。今、歴史が変わったのだ。
(心の中でよっしゃー!ガッツポーズだ!!)
家康公からのお墨付きを得た帰り道、高虎公は静かに言った。
「徳川公認、まさに天下に名高き品となったな。……ならば、これよりは商う者を選ばねばならぬ。京の茶屋四郎次郎を呼ぶ。あやつならば、この『今治の海苔』を最高の値で、最高の場所へ届けてくれよう」
高虎公の采配により、俺の海苔は、天下のブランドとして輝き始めた。
(勝った……。これで、今治の未来は安泰だ)
徳川の権威という最強のブランドを背負い、俺の海苔が、いよいよ天下に流通する。
この小さな黒い一枚が、今治の、そして藤堂家の歴史を塗り替えていくことになる。




