第6話 ブルーオーシャンを漉き取れ
「吉成。……この海、俺たちが考えている以上に『価値』があるぞ」
俺は波間に浮かぶ小さな漁船を指差した。吉成は怪訝な顔をしながらも、すぐに漁師を呼び寄せ、俺はその小舟に乗り込んだ。
沖へ出ると、今治の城と海岸線が手に取るように見える。
潮の流れ、水車の設置に適した小川の河口、そして海苔を干すための日当たりの良い傾斜地。陸から見るのとはまるで違う、事業用地としてのポテンシャルがそこに広がっていた。
「……殿、沖へ出て何を?」
「ここだ。ここが、宝を生み出す『場所』になる」
吉成はキョトンとしていたが、俺は興奮を抑えきれずにいた。
海苔の質は、採れる場所の塩分濃度や潮の流れで劇的に変わる。この近辺の海域なら、最高品質の原料が確保できるはずだ。
「……殿、海苔でございますか? 確かに椀物に入れれば美味ではございますが、日持ちもせず、さしたる高値で売れるものでもございませぬが……」
吉成は波打ち際を見つめたまま、心底不思議そうに首を傾げた。
無理もない。この時代、海苔といえば岩場からむしり取った生の海苔か、せいぜいそれをそのまま乾燥させただけの代物だ。高級品でもなければ、大量流通など夢のまた夢。
だが、俺の頭の中にあるのはそんな代物じゃない。
(江戸時代中期に江戸の浅草で開発される、あの四角い『板海苔』。あれをこの慶長年間に、ここ今治で前倒しで開発するんだ)
三重県出身の俺は、三重県鳥羽にある海の博物館で体験できる海苔作りを体験したことがある
木枠と簾、紙漉の技術があれば誰でもできる......
おまけに海苔は11月~4月まで収穫ができる、最初は岩海苔で作る。来年は養殖してやる
現代では当たり前の板海苔だが、その製法は驚くほど「紙漉き」に酷似している。生海苔を細かく刻み、真水と混ぜて、四角い木枠に張った簀の上で漉き、天日で干す。
今治、ひいては伊予の国には古くから和紙作りの伝統がある。紙漉きの道具も、職人も、少し探せばすぐに集まるはずだ。さらに細かく刻む工程には、領内にある水車の動力を応用すれば量産化も可能になる。
「吉成。これはただの海苔じゃない。日持ちがしないなら、日持ちするように加工すればいい。……和紙のように、薄く、四角い板状に干し上げるんだ」
「和紙のように……海藻を、漉くのでございますか!?」
吉成の目が点になった。さすがの智将も、海藻と紙漉きを結びつける狂気のアイデアには言葉を失ったらしい。
(誰もやっていない。つまり、競合が一切いない完全な『ブルーオーシャン』だ。日持ちがして軽くて持ち運びしやすい板海苔なら、京や大坂への高級進物品としても爆発的に売れる)
「そうだ。和紙の職人と、水車番、それからこの村の腕のいい漁師を数人、早急に城へ集めてくれ。他領には絶対に秘密だ。極秘プロジェクト……いや、我が藤堂家の秘中の秘として動かす」
「極秘プロジェ……? よく分かりませぬが、殿のそのお目、何やら確信がおありのご様子。この吉成、すぐさま手配いたします!」
吉成は力強く頷くと、さっそく村の長のもとへと駆けていった。
主君の突拍子もない思いつきを、頭から否定せずに行動に移してくれる。本当に優秀で、まっすぐな男だ。
(絶対に、死なせてたまるか。八尾久宝寺の戦いは、あと数年でやってくる。それまでに今治を『本家から切り離せない一大利益拠点』に育て上げ、吉成の立場も引き上げてみせる)
その日の夕刻、城に戻った俺を待っていたのは、妻のさやだった。
膳を前にした彼女は、俺の顔を見るなり、いたずらっぽく微笑んだ。
「殿、本日は海沿いの村を熱心に回られていたとか。吉成が『殿が海を宝の山に変えるとお仰せだ』と、目を輝かせておりましたよ」
「あいつ、もうそんなことを言っていたのか……」
俺は苦笑しながら、さやの向かいに座った。
彼女が史実の「慶法院」だと知ってから、少し緊張していたが、その飾らない笑顔を見ると不思議と肩の力が抜ける。彼女もまた、俺が名張に飛ばされる未来を共に歩むはずだった女性だ。
「さや。俺は本気だ。この今治を、誰にも文句を言わせない豊かな国にする。……お前を、寂しい山奥(名張)へ連れて行くような真似は絶対にしない」
一瞬、さやは驚いたように目を見張った。だが、すぐにその瞳にしっとりとした信頼の色を浮かべ、静かに頭を下げた。
「はい。私はどこまでも、殿にお供いたします。……ですが、まずはその『海の宝』、私も楽しみにしておりますね」
翌朝。
城の中庭には、吉成が集めてくれた「紙漉き職人」「水車大工」「漁師の長」が、緊張した面持ちで平伏していた。
いよいよ、戦国時代の常識を覆す「新規事業立ち上げ(スタートアップ)」が幕を開ける。




