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『皆福の楔 〜藤堂に生まれ変わったとおもったらそっちかよ〜』  作者: たかとら


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第46話 夏嵐の口之津、南蛮の珍宝


元和五年(一六一九)の夏。

西国の玄関口として南蛮船や唐船の気配が残る島原半島・口之津湊は、多くの荷物と潮風の匂いに包まれていた。


俺は家臣の吉成を伴い、領内の港湾と流通網の視察を兼ねてこの地に足を運んでいた。


「殿、南蛮船の出入りこそ減ったとはいえ、相変わらずこの湊には妙な活気がありますな」


吉成が海風に目を細めながら、波止場を行き交う南蛮人や唐人たちの姿を一瞥する。俺は腕を組み、停泊する船の群れを見据えながら頷いた。


「ああ。だが吉成、天下の情勢はいよいよ公儀が中心の世になっている。大坂城の天下普請が本格化すれば、諸侯は多額の黄金と物資の供出に追われることになろう。米や麦だけに頼るこれまでの兵站のままでは、我が藩とていつ足元をすくわれるか分からん」


「――確かに。京や大坂の者たちはすでに借金の算段で頭がいっぱいのようですが、我が領地だけは飢えも不安もなく盤石でなければ示しがつきませんな」


「その通りだ。痩せ地や火山灰でも育つ新たな農作物と、幕閣を唸らせるほどの日野江の特産品――それを地道に、だが確実に我が藩の懐に蓄えなければならない」


領内の末端を自らの足で歩き、盤石な地盤を固めることこそが今の俺の務めだった。


数日前、居城へと「京では扱えない面白い南蛮渡りの品が手に入ったため、ぜひ殿にお目通し願いたい」との報せが茶屋四郎次郎の支店から届いていた。


今回の視察のついでに、その実物を確認すべく店へと立ち寄る手はずとなっていたのだ。


湊の一角に店を構える茶屋の支店へと足を向けた俺が、家臣の吉成を伴って店を訪れると、出迎えた茶屋の番頭は深々と頭を垂れ、周囲に気配りをするように声をひそめた。


「これは殿、わざわざ足をお運びいただき恐れ入ります。どうぞこちらへ……」


番頭が奥の間へと通し、一つの木箱をそっと差し出した。蓋を押し開けると、中にはゴツゴツとした見慣れた芋が収められている。


オランダ船などを伝ってもたらされたという「ジャガタラ芋(ジャガイモ)」であった。


(ジャガイモか……そういえば史実の島原はジャガイモの一大生産地だ、これは使える!)


「長崎で、珍しき花はがあると聞きまして、手に入れてまいりました。もっとも実は毒があり食べられないと申しておりましたが……」


商館の片隅に転がっていたそれを見たとき、通詞や南蛮人たちは「庭の彩りに珍しい花や葉を愛でるためのものだ」と笑っていたという。


当時の人々にとって、それはあくまで物好きが育てる鑑賞用の奇草に過ぎなかったのだ。


「……殿。南蛮の珍しい草木が観賞用になるとは聞き及び申したが、まさかこんな芋をわざわざ取り寄せるなどと。またご冗談を」


吉成は木箱のゴツゴツとした芋を覗き込み、呆れたような、しかしどこか探るような目を向けた。


俺はその褐色の塊に手を伸ばし、指先でしっかりと重みを確かめながら、不敵な笑みを浮かべていた。


(まさか、この時代にすでに我が領土の足元まで転がり込んできているとはな。毒があるなど、調理方法が間違っている。ジャガイモの芽と未成熟の実は確かに毒となる。が、鑑賞用などと笑う連中には、これが将来、数知れぬ民の飢えを救い、大軍を支える最強の救荒作物に化けることなど到底想像もつまい)


前世の記憶が告げるその圧倒的なポテンシャルを胸の内にしまい込み、俺は吉成を一瞥して言い放つ。


「冗談に見えるか、吉成。南蛮人や通詞どもがどう笑おうとも、これこそは痩せ地や火山灰の土地でも驚異的な育ち方をする、未来の宝の山よ。島原の地に一大産地として根付かせれば、我が藩の兵站を揺るぎないものにする最強の切り札となる」


「……本気で仰せか。ですが、殿がそこまでお見立てになるなら、裏切られた試しはござれせんがね」


吉成はやれやれといった風に肩をすくめながらも、その眼光はすでにこれがもたらす実利へと切り替わっていた。


さらに番頭は、もう一つの木箱から大ぶりの柑橘類の苗木を取り出した。


南方から流れてきたというその珍しい果実の苗木と、茶屋のルートを通じてその厚い皮を極上の砂糖蜜でじっくりと煮詰める「ざぼん漬け」の製法をもあわせて仕入れていた。


島原の温暖な気候であればザボンの栽培も十分に根付くはずだ。


当時の日本において砂糖は莫大な価値を持つ贅沢品であり、保存性と疲労回復に優れたこの菓子は、ただの珍味にとどまらない。


来たる大坂城の天下普請に向けた、幕閣への最高の贈答品・陣中見舞いとなる代物だ。


口之津での実務を茶屋の番頭や吉成と共にやり遂げた俺は、やがて国元を発ち、緊迫空気に包まれる伏見・大坂の地へと入っていた。


元和五年(一六一九)の夏。

この年の上洛は、単なる諸侯の定期的な参府などではない。大御所・徳川家康の薨去後、天下の実権を完全に掌握した二代将軍・徳川秀忠が、その圧倒的な権力を西国の大名たちに見せつけ、服従を誓わせるための極めて政治的な示威行動であった。


大坂の陣が終わり天下泰平の世になったとはいえ、今回の秀忠の上洛が過去のものと決定的に違ったのは、道中に「大物外様大名・福島正則の改易(領地没収)」という一大ミッションを並行して実行する点にあった。


万が一、福島方が広島城に立てこもって反乱を起こした場合、そのまま力ずくで鎮圧できるよう、上洛軍の武士たちは五万人規模におよぶ実質的な「遠征軍」として十分な兵数と武装を整えていたのである。


実際に、上洛中の秀忠の命令によって、かつて正則と「賤ヶ岳の七本槍」で並び称された加藤嘉明や、毛利秀元らが城受け取りの指揮役に指名され、池田光政、蜂須賀至鎮、山内忠義といった中国・四国の有力な外様大名たち(十三家)が包囲・動員されて広島城の引き取りへと向かっていた。


わずかな法度の不備を突いて外様を容赦なく潰す、武力衝突をも辞さない粛清の嵐が吹き荒れていたのだ。


(――福島家の改易、そしてやがて起こるであろう「およつ御寮人事件」による朝廷への締め付け……。


幕府は武家諸法度と圧倒的な権力をもって、天下の秩序を根底から塗り替えようとしている。この冷徹な時代のうねりに呑まれれば、小さな藩などひとたまりもない)


そんなピリピリとした緊張感に満ちた中での上洛であり、大坂城の本格的な修築を控えた西国の諸侯にとって、今回の将軍上洛は「忠誠を示すか、さもなくば次なる標的となるか」の踏み絵そのものだった。


薩摩の島津家、長州の毛利家、福岡の黒田家、肥後の加藤家といった錚々たる大藩の当主や名代たちが伏見城へと続々と参集し、厳戒態勢の中で将軍への謁見に臨んでいた。


そして俺も、幕府への忠義のために上洛した


二代将軍・秀忠の上洛に伴う大広間は、かつてないほどの張り詰めた気配に支配されていた。


上段の間に座す将軍・秀忠へ整然と拝謁を済ませた後、俺は懐から取り出した目録を静かに差し出した。


大坂城の本格的な天下普請を控え、諸侯が巨万の金子と物資の供出に青息吐息となる中、我が日野江藩が用意した備えと忠誠の証である。


「……ほう、宮内少輔か。近年の領内経営、なかなかに手堅いと聞き及んでおるが」


秀忠の冷徹な視線を受け止めながら、俺は控える側近を通じて献上品の目録を改めさせた。


並べられた品々は、我が領地が誇るいつもの珠玉の特産品だ。磯の香りと上質な旨味を凝縮させた『板海苔』、洗練された甘味と口溶けを持つ『琥珀糖』、厳選された小麦を極限まで引き延ばした喉越しの良い『そうめん』、そして天日干しにより凝縮された自然の甘みが広がる『きんこ芋』。さらに、清らかな水脈で育て上げられたピリピリと辛い特製の『山葵』、そして軍需物資として毎度重宝されている島原産の『硫黄』までもが手堅く揃えられている。


天下の覇権に欠かせない物資を滞りなく差し出す我が藩の手腕に対し、秀忠は目録に目を走らせ、わずかに感心の灯った眼差しを向けた。


「そなたの治める領地は、いつ見ても淀みなく富が巡っておるな」


「はっ。世の動乱いまだ定まらずといえども、我が領の民が育んだ恵みを将軍家へお届けすることこそ、臣下の務めにございます」


さらに俺は、もう一つの小さな木箱を恭しく差し出した。


「そして――本日はもう一つ。南蛮渡りの珍木を今後、領内に植え育て、その厚い皮を極上の砂糖蜜でじっくりと煮詰めた特製の『ざぼん漬け』にございます。新しき品でございますので、まずは上様にご献上いたします。長旅の疲労を癒やす妙薬としても、ぜひご賞味いただきたく」


側近が箱を開けると、黄金色に輝くざぼん漬けがほのかな甘い香りを漂わせた。砂糖が貴重品であるこの時代において、それは商人との交易力と独自の特産品生産ルートを持つ者だけが成せる技であり、同時に幕閣への強烈なアピールとなる。


秀忠はざぼん漬けの塊を一瞥し、ふっと微かな笑みを浮かべた。


「物珍しいばかりか、実利に満ちた品々だな……。宮内少輔、よくぞ励んでおる」


その短い一言に、周囲の空気がわずかに緩む。

高圧的な粛清と法度による締め付けが吹き荒れる中、我が日野江藩の経済力と実務能力は、冷徹な覇者である秀忠の懐にも確実に届いたのだ。


宿所に戻った俺は、静かに筆を執り、国元へ向けて早馬の支度を命じた。

天下が大きく揺らぐこの夏の熱気の中、我が日野江藩の盤石な兵站と経済戦略は、着実に次のステージへと動き出していた。


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知っているとは思うが、連作障害対策としての輪作計画はしっかりとな。
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