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第4話 不遇の嫡男、藤堂高吉の履歴書


「……少し、頭が痛い。一刻いっときほど、一人で休ませてはくれまいか」


俺は努めて穏やかな口調で、吉成とさやに告げた。


これ以上、余計なことを口走れば、現代語が混ざったような不審な言葉でボロが出る。


「……承知いたしました。殿の気力が戻るまで、我らは外で控えております」


桑名吉成は心配そうに眉を寄せ、妻のさやも、泣き腫らした瞳で俺を深く見つめた。二人が襖を閉めて退室すると、静寂が部屋を支配した。


(よし、まずは現状分析だ)


俺はあぐらをかき、深呼吸を繰り返した。


藤堂高吉。

この男がどんな人生を歩むのか、前世の歴史知識が脳裏で勝手にパズルのピースを繋ぎ合わせていく。


……不遇の人、か。


藤堂高吉の出自は、かなり複雑だ。

実父は丹羽長秀。織田信長に重用された「米五郎左」こと、あの名将だ。


本能寺の変の後、秀吉が長秀のご機嫌を取るために高吉を秀吉の弟・秀長の養子にしたのが物語の始まり。


しかし、秀吉が天下人へとのぼりつめる過程で、豊臣家にとって高吉は「邪魔者」と化した。


大和国という重要な土地を、赤の他人に任せられるはずがない。秀吉はそう考えたのだろう。

実際、秀長の養子に秀吉の姉の子をたてた


(だが、秀長という男は義理堅かったらしいな)


養子縁組を解消せよという秀吉の非情な命に対し、「信義に反する」と毅然と抵抗したというエピソードを思い出す。


自分の立場を危うくしてまで、一度交わした縁を大切にしようとした男気。


まさに当時の誰もが認めるヒーローだ。


そんな状況で、秀長の筆頭家老としてその人柄を誰よりも知る藤堂高虎が、「秀長様が困っているなら」と自ら手を差し伸べた。


高吉は晴れて藤堂家の嫡男として引き取られることになったわけだ。


だが、問題はここからだ。(たしか関ヶ原のあと、だよな)


高虎に実子・高次が生まれたことで、高吉の立場は一気に危うくなった。


サラリーマン社会で言えば、創業社長のところに突然、実の息子が入社してきたようなものだ。


それまで「次期社長候補」として育てられていた俺(高吉)は、一気に「お荷物」あるいは「目の上のたんこぶ」に格下げされる。


「高虎公の心中は知らん。だが、家臣団の視線は冷ややかになるだろうな……」


(藤堂家という巨大組織の中で、俺という存在は今や「爆弾」に近い。実子という強力な後継者が現れた今、俺がこのまま大人しくしていれば、間違いなく「リストラ」――いや、最悪の場合は「消去」の対象になりかねない)


やっぱり火中の栗だな


だが……この高吉、少し事情が複雑だ。


確か高吉は、高虎公の妻にはずいぶんと可愛がられたはずだ。高虎公の正室には子供ができず、跡継ぎとして生まれた実子・高次は側室の子だったからな。


高虎公自身も、高吉に対しては思うところがあったのだろう。


実際、慶長十三年(1608年)、高虎公が今治から伊勢津・伊賀へ国替えとなった際、俺(高吉)は徳川家康公から直々に今治2万石で残るよう命じられている。


建前上は別家扱いではない、「津藩の飛び地」としての今治預かりだ。


家康公の意向が働いている以上、高吉は単なる厄介者として消せる存在ではないということか。


(だが、高虎公が死んだ後のことが地獄だな)


過去の歴史知識が鮮明に蘇る。


そう高虎公が亡くなった時だ…

寛永七年(1630年)、高虎公の訃報を聞いて江戸へ急行しようとした俺(高吉)は、近江水口で津本藩からの使者に阻まれ、結局引き返さざるを得なくなる。


育ての親の葬儀にも参加させてもらえない……


家督が決まらぬ中、高次からの凄まじい圧力が目に見えるようだ。


そして、その先には……。

寛永十二年(1635年)

松平定房の今治移封に伴う領地替え。


高吉は27年過ごした今治から追い出されたわけだ

そこから翌年の伊賀名張への移封……。


一応、弟であるはずの高次は、俺の存在を徹底的に危険視した。


幕府が俺を本家から独立した大名に取り立てようと画策したという噂が、高次の疑心暗鬼を加速させたんだろう。


結果、名張藤堂家という「分家」に押し込められ、享保の代まで続く泥沼の対立構造が完成する。


(……笑えないな。このままいけば、俺は高次の意向一つで人生を弄ばれる『駒』でしかない)


俺は拳を強く握りしめた。

歴史通りに進めば、俺には「名張への左遷」という未来しか待っていない。


(大坂の陣まであと二年。その先、高虎公の死まであと十八年。……俺が『高次の飼い犬』として名張に消えるか、それとも『藤堂家から独立した大名』として生き残るか。どちらが正解のルートだ?)


サラリーマン時代、会社で不当な異動を命じられた同期が絶望していく姿を何度も見た。


だが、ここは戦国だ。ここで左遷される

ということは、名誉だけでなく命も危ういということだ。


俺は再び、襖の外に揺れる藤堂蔦の旗を見つめた。

今度は、覚悟を決めた眼差しで。



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