第32話 六千の門出と、慈愛の統治
元和元年十月(一六一五年十月)
深江城跡の徹底的な掃討戦を経て、日野江藩を覆っていた混乱は鎮まり、新たな秩序がもたらされた。
しかし、俺が目指したのは単なる恐怖による支配ではない。領土を安定させ、民を豊かに導くための「種蒔き」は、むしろこれからが本番であった。
日野江城の大広間にて、俺は藩の家臣団を全員参加させた大規模な評定を開いた。
まず評定の初めに、各部門の重臣たちが直近の領内状況と現状について、それぞれの役割に基づき報告を行った。
内政・行政を束ねる古市三郎左衛門は、諸臣に向き直りつつ、落ち着いた口調で口頭の報告を告げた。
「掃討戦後の混乱は収まりつつありますが、領内諸村には未だ動揺の色が残っております。民の心を繋ぎ留める新たな民政の布告が急務にございます。なお、財政面につきましては、先般の今治からの秋の税収が滞りなく納められておりますゆえ、来年までの藩中運営および諸施策の費用はこれで十分に賄える見込みにございます。あわせて、あらたなる検地と今冬にゴアやマニラへ渡る者たちの名簿作成も、長崎方と連携のうえ着々と進んでおります」
次に、内政開発と治安維持を担う桑名吉成が報告に加わった。
「今治からの移住者たちの定着と、それに伴う特産品の開発が我が日野江でも始まっております。移住者たちは新たに城下に築いた『今治町』に住まわせておりますが、日野江の元からの民との間でもいざこざは一切起きず、順調に馴染んでおりますぞ」
開発・インフラ担当の福井文右衛門、兵站の瀬尾忠次、治安維持の渡辺源五、そして殖産興業の田代五郎右衛門らがそれぞれの現状を告げる中、俺は深く頷いてから、今後の藩政の根幹となる方針を厳かに打ち出した。
(史実の幕府や他藩が用いた訴人褒賞制のように、隣人を告発させたり、五人組などの連帯責任をもって互いに監視し合わせたりするようなやり方では、民の心は永久にすさみ果てるだけだ。そんな疑心暗鬼を生む卑劣な統治など、俺は絶対にしない)
重臣たちの的確な現状把握と報告を受け、胸中の決意をそのまま言葉に乗せて、俺は言い放った。
「各々、報告ご苦労。いまの報告を聞いていても、恐怖による支配だけで領内成就などあり得ん。これより日野江にて、新たな民政を敷く。改宗した切支丹たちを密告によって互いに疑心暗鬼にさせるような、そんな卑小な策は一切用いぬ」
広間内に緊張が走る中、俺は続けてその全貌を告げた。
「村単位で法度を固く守り、来春からの琉球芋の栽培や新田開発で実績を上げた村には、藩からの報奨金を下す『連帯褒賞』の仕組みを敷く。誰かを告発するよりも、皆で力を合わせて豊かになる道を選ぶほうが、よほど健全な藩となるはずだ。
そして、この地に残る者たちは皆、既に改宗を受け入れた者たちだ。これからはその証として、領内の諸寺院を総出で動員し、一人残らず近隣の寺の檀家として組み込む『宗門改』を正式に導入する。さらに、その記帳を機に各寺院と連携し、誰がどの寺に属しているか、その宗派や信仰の有無から家族構成、年齢、男女の別に至るまで一切漏らさず書き留めた『宗門人別帳(戸籍)』を各村に作成させ、藩の役所で一円に相調べるのだ」
古市三郎左衛門がその意図を察し、身を乗り出す。
「はっ。宗門改を基礎とした宗門帳の作成により、誰がどこでいかに励んでいるかを藩がすべて把握し、実績を上げた者を正当に賞するための確固たる基盤といたします」
俺は力強く頷いた。
「左様。その上で、なおも迷いや隠れ信仰の残る者がもし見つかったならば、一定期間内に自ら申し出て改めて改宗の誓いを立てさせる。その時は過去の咎めは一切問わぬ。むしろ新たな生業を営むための支度金や農具を与え、世間の一員として救済の道を用意せよ」
「――寛大なる御慈悲に、畏れ入りました。密告に頼らず、檀家制度と戸籍を基盤とした仕置で民の心を束ねる。これぞ殿の深遠なる御采配にございますな」
田代五郎右衛門が深く頭を垂れる。古市三郎左衛門も、頼もしい足取りで一歩前に出て一礼した。
「はっ! 宗門改を基礎とした人別掌握、ならびに困窮した民を救う御救の仕組み、直ちにこの古市が差配を振り、一人の漏れもなく仕遂げてみせます」
さらに、俺は厳格な処罰の線引きについても念を押した。
「それと同時に、厳格な処罰、仕置きの線引きも定めておく。万が一、隠れて信仰を続けている者が露見した場合でも、罪に問うのはあくまでその当人のみとする。その一族や親類にまで連座を及ぼすことは断じて許さぬ。親の咎によって不憫な幼子たちが路頭に迷えば、これからの国を担う芽を摘むも同然。法の威光は厳かに保ちつつも、民を慈しむ憐愍の心を忘れてはならぬ」
広間内に緊張が走る中、俺は続けて家臣団の生活の基盤に関わる根幹の方針を告げた。
「そして、今後の藩政運営について重大な沙汰を申し渡す。今後領内の本格的な検地を行う所存だが、先の動乱と相次ぐ移民により人口は減じ、どれほどの年貢米が見込めるか、目下、見当もつかぬ状態にある。よって、家臣団への知行のあり方も根本から改める。これまでの土地を宛がう『知行制』、すなわち米のみを頼りとする体制は廃する。今後は藩が家臣たちには金銀の貨幣をもって禄を支給する、『俸禄の体制』へと一円に移行する!」
大広間にどよめきが走る。土地を離れ、安定しない米の収穫に一喜一憂する旧来のシステムから、上方との特産品交易で得た潤沢な現金を軸とする給与体制への切り替え――それは家臣たちの運命を藩の直轄財政と完全に結びつける一大改革であった。
動揺を飲み込み、筆頭である桑名吉成が真っ先に膝を突いて深く頭を垂れる。
「……土地による知行を廃し、金銀による俸禄金の体制へと改める御決断、しかと承りました。米の収穫に頼らぬことで、かえってこの過渡期の藩財政を堅実に回すことができるというお考えにございますな」
俺は吉成の言葉に頷きつつ、大広間に居並ぶ家臣たちを見渡して、この改革の真意を補足した。
「左様。だが、これは単なる利巧な財政改めではない。今の世、もはや米さえあれば事足りる時代にはあらず。世の物久は常に移り変わり、金銀の貨幣こそが世の血流となっておる。米という古き習わしにこだわり、米価の上下に家計を振り回され続けることは、武士を無益な困窮へと追い込む道にほかならぬ。
考えてもみよ。戦なき平和な世において、米のみを報酬とする仕組みは、かえって武士の生活基盤を蝕む毒となる。豊作で米が暴落すれば収入は減り、いざ物価が高騰しても米の値打ちはそれに追いつかぬ。この先、貨幣の働きがさらに激しくなる中、知行制という古い殻に閉じこもっていては、皆の暮らしは立ち行かず、ひいては藩の力も削がれることになる。
だからこそ、あえて土地から切り離し、金銀にて禄を支給する。藩が責任を持って貨幣経済の波に乗り、皆の生活を安定させる。米の量に一喜一憂するのではなく、金銀の力で確かな暮らしを保証することこそが、この先長きにわたって日野江を支える家臣団への、俺なりの責任の取り方だ」
俺の言葉に、家臣たちの顔つきが変わる。単なる主君の命令としてではなく、自身の明日を救うための「生存戦略」として、この改革が彼らの胸に深く刻み込まれていくのが分かった。
重臣たちは皆、静かに息を呑み、そして深く頷いた。全員参加の評定の場でこの方針が共有されたことで、藩の意思統一は完璧なものとなった。
また領民への慈悲深い方針は、ただちに領内に布告された。
追い詰められていた者たちは救済の灯火に安堵し、民衆たちは連帯褒賞という前向きな目標を得て、日野江の空気はみるみるうちに活気を帯びていった。
そして、時は移り、長崎の港へ向かう運命の日が訪れた。
日野江から長崎へ続く街道を、六千人もの男女、子供たちが長い列をなして進む。
それは追放される罪人の群れではなく、新たな天地へ挑む「我が藩の誇り高き移民団」であった。
港には、我が藩の商務を支える茶屋四郎次郎の配下の者たち、そして俺が直接交渉した長崎奉行所の役人、南蛮商人のカピタン・モールらが待機していた。ポルトガルの大型帆船に加え、茶屋のネットワークを通じて緊急手配した明のジャンク船が、幾重にも連なって停泊している。
総勢六千人。一人あたり十貫という、藩の財政を傾け、上方での特産品販売の利益をも注ぎ込んだ莫大な支度金を、一人ひとりの手に渡した。
俺は波止場に立ち、船へと乗り込もうとする移住者たちの列を見据えた。
騒めきの中にいた彼らが、藩主である俺の姿を見つけると、一斉に足を止め、深々と頭を垂れた。
「聞け!!――南蛮の地へ渡る六千の民よ。恐れることはない」
俺は静かに、しかし風に乗って響くよう力強く語りかけた。
「そなたらは追放されるのではない。我が日野江藩が誇る、新たな海原へ挑む者たちだ。かの地へ降り立っても、卑屈になることなく、誇り高き日の本の民として堂々と生きるが良い。あの広大な海を渡り、異国に根を下ろすその一人ひとりが、我が藩の、そして日の本の誇りなのだ!」
潮騒の音がかすかに聞こえる中、六千の民が静まり返る。
「そして――もしも異国の地での暮らしが肌に合わず、耐えがたいほど郷愁に駆られたなら、いつでもこの日野江へ戻るがいい。船の手配も連れ戻しの費用も、すべて藩が引き受ける。一度は海を渡った者であっても、我が藩は決して見捨てはせぬ。いつでも温かく迎え入れてやる」
「必ず............生き抜け!!!!」
その瞬間、すすり泣く声が列のあちこちから漏れた。移住という過酷な現実の中で、これほどまでに自身の生を肯定され、帰る場所を保証されるとは夢にも思っていなかったのだろう。
「殿……! 殿……!」
一人の老人が、涙で顔を濡らしながら何度も頭を下げた。
六千の民を乗せた船団は、ゆっくりと錨を上げ、西海の風を帆に受けて遠ざかっていく。
長崎の港から出る船が小さくなっていく中、俺は静かに、彼らの行く末が幸多からんことを祈った。
日野江の地では、残った者たちが宗門人別帳に名を記し、新たな村の秩序と、来春の栽培に向けた準備に汗を流し始めている。
痛みと別れを越えた先で、日野江は確実に変わりつつあった。
上方から回される潤沢な運用益と、民を慈しむ統治の仕組み。その二つの車輪が、藩という巨大な機械を未来へ向けて回し始めている。
俺の視線の先には、かつてないほど高く、そして明るい潮目が、西海の海原に描き出されようとしていた。




