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第28話 西海の火薬庫・日野江入府と現実の壁

元和元年(1615年)の夏。


瀬戸内海を抜け、遠き西海の地へとたどり着いた俺たち一行は、ついに肥前国日野江城への入府を果たした。


四万三千石という聞こえの良い石高に浮かれていたのもつかの間、城の門をくぐった瞬間から、俺たちの目の前には想像を絶する「現実の壁」がそびえ立っていた。


まず最初にぶち当たったのは、藩の行政と総括を担う古市三郎左衛門からの容赦ない報告だった。

大広間に山と積まれた先主時代の検地帳や貢租の記録を前に、三郎左衛門は青筋を立てながらこう切り出した。


「殿、これを目にされよ! 前主が残した帳面の数値と、現地の有様があまりに食い違っておりまする。書類上は十分な年貢が取れることになっておるが、実際の耕作放棄地や隠し田、さらには寺社領の横領が多すぎます。このままでは目論んでいた収支などまったく立ち行きませぬ!」


(ハァ……そう都合よくいくわけがないか。表面上の帳簿だけ体裁を整えて、中身は粉飾決算同然のボロボロ状態……典型的ないわゆる「訳あり物件」だな)


頭を抱える三郎左衛門の横で、城やインフラの接収、そして治安維持を任された桑名吉成が、険しい顔つきで腕を組んで報告を引き継いだ。


「城内の防衛や武器弾薬の備蓄のほど、ひととおり検分いたしました。だが、それ以上に案じられるのは城下の治安と切支丹の問題にございます……城下のあちこちに南蛮の十字架や教会が残り、民の信仰の根があまりに深すぎる。前主が長年放置してきたツケがそのまま残っており、一歩間違えばいつ一揆が起きてもおかしくない有様にございます」


吉成の言葉通り、日野江一帯は切支丹文化の色彩が驚くほど濃く、住民たちのまなざしには新参者である俺たちへの警戒と、独自の信仰を守る熱量が渦巻いていた。


この物騒な最前線で民心を安定させ、一揆の火種を抑え込むためには、初動の姿勢が何よりも肝心だ。

俺はすぐに方針を固めた。


「よし、村方三役や町年寄りを集めろ。新領主として俺から直接挨拶に出向く。『お手落としなし』――これまでの生活や信仰を頭から否定せず、過酷な取り立てはしないことをはっきりと示し、まずは民の不安を和らげるんだ」


過激な弾圧で反発を招くのではなく、まずは現実的な対話と生活の保障で足場を固める。物騒な切支丹問題がくすぶる中、これ以上無用な混乱を広げないための苦渋の選択だった。


(そもそも、この肥前日野江を今まで治めていた有馬家といえば、元々は藤原氏の流れをくむ名門・肥前の豪族だ。中世からこの地盤を固め、最盛期は21万石。切支丹大名として南蛮貿易の利益をガッツリ吸い上げながら勢力を誇ってきたはずだった……。


だが、秀吉公の九州征伐による領地削減やその後の江戸初期の「岡本大八事件」がすべてを狂わせた。


切支丹の有力大名だった有馬晴信が、長崎港での朱印船貿易をめぐる利権争いや、幕府の重臣・本多正純の側近である岡本大八との間で起こしたあの贈収賄・詐欺事件。


それが幕府の知るところとなり、大八が火あぶりの極刑に処せられただけでなく、芋づる式に晴信自身の長崎奉行殺害謀反の疑いまで浮上してしまった。


結果、晴信は改易こそ免れたものの、文面通りの「切腹」に追い込まれ、跡を継いだ息子の有馬直純は、自らの縁戚関係や政治工作を駆使してあの面倒な土地から逃げ出すように、日向国延岡へとちゃっかり転封していったってわけだ。


要するに、前の有馬家は切支丹問題とドロドロの権力闘争に足元をすくわれて、この土地を自ら「投げ出す」形でいなくなった。


しかも、この有馬直純が日向延岡への転封をスムーズに選び、この地から身を引くことができた裏には、当時の長崎奉行であった長谷川藤広の強力な勧めや働きかけもあったと噂されているな……。


長崎の貿易実務を牛耳り、一帯の権力を我が物にしようとしている藤広にとっても、いつまでも切支丹の色彩が強く、親藩や幕府の直轄に近い形で影響力を強めたいこの日野江一帯に、元・切支丹大名の有馬家が居座り続けるのは邪魔で仕方がなかったはずだ。


だからこそ、藤広の側からも「いっそこの土地を離れて別の場所へ移るべきだ」と巧みに誘導し、直純もその思惑に乗る形でうまく立ち回った――。


要するに、前主の有馬家は幕府を巻き込んだ巨額の詐欺・贈収賄事件(岡本大八事件)と、長谷川藤広のような権力者たちのドロドロとした権謀術数の犠牲になり、あるいはそれを利用しながら、文字通り「投げ出す」ようにして逃げ出した。


そんな血生臭い利権の争いや、切支丹の怨念、そして長谷川藤広のような毒のある役人たちの影が今もなお色濃く残る土地――それが、この日野江の正体というわけだ。


そんな陰謀の残骸がゴロゴロ転がっている場所へ、なんで俺がわざわざ引っ越し指図を受けなきゃならないんだか……)


そんな次々と押し寄せる難題に胃をキリキリさせていた俺にとって、数少ない、というか唯一の救いといえる朗報もあった。


「殿、せめてもの救いは……今治に残してきた秋の収穫が、そのまま今年の我が方の収入として入ってくることにございます。これさえあれば、当面の大移動による赤字や、日野江での初期費用は何とか持ちこたえられますぞ」


(よくぞ言ってくれた三郎左衛門。前の今治での収穫がなければ、今頃はこの島原の地で一文無しに等しい状態になっていたところだな……)


今治の豊かな実りと町の税収に心の底から感謝しつつ、俺たちはすぐに、この日野江城ならではのもう一つの物理的な限界に直面することになる。


城の裏手に回って周囲の地形を眺めた開発担当の福井文右衛門が、大きな溜め息をつきながら首を振った。


「殿、城下の拡張につきましては……もはやお手上げにございます。背後には険しい山が迫り、目前はすぐ海。平地があまりに狭く、城下町をこれ以上押し広げる余地は露ほどもございませぬ。このままでは、今治より引き連れてきた職人どもや町人の店を設ける地割りすらままならぬ有様にございます」


城下町は狭く、拡張の余地はゼロ。

その一方で、町中には濃密な切支丹の影が立ち込め、帳面の数字はあてにならず、治安の火種はそこかしこにくすぶっている。


(おいおい、移住してきた職人たちの仕事場はどうすんだよ! 城下は狭いし、切支丹問題は深刻だし、前途多難どころか最初から詰んでるじゃねぇか……!)


西海の最前線という名の超ウルトラデスロード。

俺たちの新しい領国経営は、あまりにも険しい崖っぷちの上で、ようやくその幕を開けたのだった――。

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