第26話 新たな領地、そして西海の最前線へ
元号が慶長から元和に変わり、元和元年(1615年)6月28日、天下を揺るがした大坂の陣の喧騒が遠ざかる頃、京都・二条城の奥御殿において幕府による論功行賞の沙汰が下された。
大坂城落城からわずか一ヶ月足らず――まさにその論功行賞の当日。
八尾での長瀬川の激戦、そして岡山口における死闘。数々の修羅場を乗り越えてきた俺に、ついに下された褒賞は想像を絶する大きさと、そして運命の皮肉に満ちたものだった。
二条城の厳かな大広間にて、上座に座る大御所・徳川家康公、そして将軍・徳川秀忠公の御前に大殿・高虎公と共に進み出る。
俺は高虎公の斜め後ろに静かに控えていた。
「これまでの大坂の陣における働き、実に天晴れであった」
家康公の重厚な声が広間に響き渡り、続いて将軍・秀忠公が力強く頷きながら言葉を継ぐ。まずは本家である主君・高虎公に対する論功行賞が告げられた。
「大坂における数々の働き、実に比類なきものであった。その功績を賞し、伊勢国内の鈴鹿郡・安芸郡・三重郡・一志郡の4郡において五万石を加増する。
これにより、藤堂家の総石高は計二十七万石余(二十七万三千九百五十石)とする。さらに同年閏六月には、従四位下・侍従(和泉守)へ昇任とする。いよいよ天下を支える譜代の重鎮として励むが良い」
家康公のお言葉に高虎公が深々と頭を垂れ、引き続いて、その場に控えていた俺へ沙汰が下される。
「長瀬川の防戦、そして岡山口での見事な采配。よくぞ我が軍の危機を救ってくれた。その功績を賞し、伊勢・伊予今治の藤堂家本筋より離れ、伊達家が宇和島にて別家を立てたのに倣い、そなたにも新たに別家を立てることを許す。以後は一藩の主として励むが良い。――そして、その領地だが」
家康公がふっと目を細め、どこか含みのある、しかし重みのある視線を俺に向けた。
「肥前国日野江、四万三千石とする。あそこは前任の有馬が統治を投げ出し、キリシタン問題も含めて実に厄介な火種がくすぶっている土地じゃ。だが、そなたの類まれなる才幹と柔軟な力量ならば、この難局を切り盛りし、見事にあの西海の地を立て直してくれると期待しておる。それから、これまでそなたが治めていた伊予今治の地には、藤堂高刑を城代として入れることとするゆえ、そのつもりで引き継ぎを行え」
(は?? なんて?? 今、何て言いました……? 日野江……って、嘘だろおい!!)
全身の血が一気に引いていき、凍りついた思考回路が完全にバグを起こす。
(前任の有馬が投げ出した土地って自分で言ったぞあのジジイ! しかもキリシタン問題の火種って、それもう完全に一番厄介なやつじゃねぇか! 俺の力量に期待してとか聞こえのいいこと言ってるけど、要するに「お前なら面倒臭い爆弾を抱えてもなんとか処理してくれそうだから押し付けちゃれ」って魂胆じゃねぇかぁぁぁ――ッ!!)
家康公のお言葉に深く平伏する俺の傍らで、主君・高虎公がスッと進み出ると、御前に向けて重みのある落ち着いた声で応じた。
「――ありがたき幸せに存じます。大御所様、将軍様のご期待、高吉なればこそ必ずや果たさせましょう」
高虎公はそれから、主人としての貫禄と優しさを絶妙に交えた落ち着いたトーンで、俺へと視線を向けた。
「新しい地は骨が折れるかもしれんが、お前ならやれる。一国一城の主として、しっかりと国を固めるのだぞ」
(しかも高虎公まで「新しい地は骨が折れるかもしれんが」ってサラッと不穏なこと言いやがって! 絶望的な最前線に放り込まれるって自分で認めてるようなもんだろ!)
お二方や主君から告げられた沙汰の内容を脳内で反芻し、俺は思わずその場で奇声を上げそうになるのを必死で呑み込んだ。
(別家を立てることを許され、一藩の主として独立……! ここまではいい、これまでの武功を考えれば妥当だ。
だがなんだ、その移封先は!? 伊予今治からどこだ、肥前国の日野江……? って、それって、あのアホな松倉重政が悪政をひいた場所――島原じゃねぇかぁぁぁ――ッ!!フラグだ!!完全にフラグだ!!しかも俺が転生前に行こうとした場所じゃないか!)
脳裏に電流が走る。
あの、俺がこの戦国の世に放り込まれ、歴史の知識とサバイバルに必死だった日々が頭の中をぐるぐると回る。
のちに乱世の火種となるキリシタンの一大拠点であり、厄介な問題が山積するあの島原の地が、まさか自分の赴任先になるとは夢にも思っていなかった。
(嘘だろ……!? なんでよりによって、あの島原なんだよ! 俺のささやかな平穏の願い、ことごとく粉々に粉砕されてやがるじゃねぇか!)
しかも今治時代の二万石からは、倍の加増となる、四万三千石の大加増である。伊予今治の地から一躍大名としての格は跳ね上がったものの、待っているのは島原の乱という歴史最大の宗教・農民大紛争の舞台そのものではないか。
(いや、まて……。冷静になれ俺。逆に考えろ。この未来の知識があれば、あの悲劇的な島原の乱そのものを未然に防ぐか、あるいは全く別の形で円満に治めることができるはずだ。……いや、待て待て、そんな大役をこの俺がやれるのか!? 藩主になった瞬間から胃に穴が開く未来しか見えねぇよ!)
混乱する俺の視線の端で、主君・藤堂高虎公が実に複雑な安堵の表情を浮かべていた。
近年の藤堂家では待望の実子が誕生したことで、俺の処遇と家督を巡る問題が微妙な影を落としていた。本来ならばこれほどの武功を立てたのだから本家の跡目へと繋げたいところなのだろうが、実子が生まれた手前、それも叶わない。
高虎公は津藩本国を直接継がせられない不甲いなさを申し訳なく思いつつも、こうして俺が別家として独立し、家督争いの火種が綺麗に消え去ったことに、心の底からホッとしたような安堵の笑みを浮かべていた。
(高虎公……そんなに露骨にホッとした顔をなさらないでください。俺が本家を出て別家を立てることで、跡目争いの面倒な火種が綺麗に収まるからって、隠しきれてないどころかめちゃくちゃ安心しきってやがるじゃねぇか! おいおい、実のところ俺が遠くへ独立してくれて心の底から助かったって思ってやがるな!?)
高虎公のあまりに分かりやすい安堵の胸中を察して心の中でツッコミを入れつつも、俺は武士としての最低限の面目を保ちながら、深々と一礼してその下命を受け入れた。
二条城の厳粛な広間を退出した廊下で、同じように沙汰を受け取った吉成や渡辺源五たちが、頼もしい笑みを浮かべて肩を叩いてくる。
「殿、いや――お見事です、大御所様と将軍様、そして大殿の御前で見事なお返事にございました! しかも大御所様が直接見込んでの抜擢、肥前日野江、四万三千石の独立! 今治の倍以上となる大幅な加増、これぞ日頃の働きが認められた証にございます!」
「これからは藩主として、あの西海の地をしっかりと固めねばなりませぬな!」
(お前らはなんでそんなに晴れ晴れとした顔をしてやがるんだ……! 大御所様が丸投げした厄介払いの現場だぞ! これから俺が背負う運命の重さを知ったら、絶対に白目をむいてひっくり返るぞ!)
頭を抱えたくなる衝動をぐっと抑え込み、俺は新たな現実へと向き直る。
こうして、俺の戦国サバイバルは一つの幕を閉じ、元和の世の始まりとともに新たな地・島原を舞台にした「次なる苦難の領国経営」という名の終わりなき日常へと突入していくのだった――。




