第25話 岡山口の激戦、そして落城へ
慶長20年(1615年)5月7日。大坂夏の陣の最終決戦にして、天下の命運を決する天王寺・岡山の戦いがついに幕を開けた。
前日の長瀬川の激戦の疲労が全身の筋肉に重く残る中、前日の消耗が激しかった藤堂隊の一部隊である俺たち今治勢は、将軍・徳川秀忠公の岡山口の本陣の前に布陣していた。目の前に広がるのは、前田利常率いる加賀藩兵が並ぶ
(いよいよ最終決戦だ……。史実じゃこの岡山口で、秀忠公の本陣が大野治房の突撃を受けて大混乱に陥るんだよな。俺が史実の知識でどこまで被害を抑えられるか……それが今日のすべてだ)
心の中で固く自らを鼓舞していると、北方の天王寺方面から地鳴りのような凄まじい銃声と鬨の声が轟いた。
その緊迫した音を聞きつけ、徳川秀忠は全軍に進撃命令を下した。
だが、歴史の記憶を持つ俺にはわかる――
その性急な前進こそが、わずか四千六百の兵力を率いる大坂方の猛将・大野治房勢の待ち構える罠へと自ら飛び込む危険な一手だった。
(待て、早まるな……! 史実通りなら、ここで本陣が突出して大混乱を引き起こす!)
俺が冷や汗を流しながら危惧した通り、秀忠公の傍に控える歴戦の猛者、立花宗茂もまた「本陣が突出しては敵の突撃を誘うため後退すべき」と厳しく建言した。
だが、その的確な進言は聞き入れられることはなかった。
戦闘が始まると、先陣を務めた前田利常勢――約一万五千ともいわれる大軍に、本多康俊や本多康紀、片桐且元ら他の一番手大名を合わせた総勢約二万に及ぶ岡山口の先陣は、大野治房勢の凄まじい突撃の前にたまらず崩された。
(来たっ……! 前田勢が崩されたぞ!)
その前田勢を支援するため、井伊直孝や大殿・藤堂高虎公の備えが前へとなだれ込む。
(大殿が動くなら、俺たち今治勢もただ見ているわけにはいかない。前田の崩れをカバーし、大野勢の突撃の勢いをここで殺す!)
俺は愛馬の腹を蹴り、全軍へと猛然と号令を飛ばした。
「全軍、前へ――ッ! 崩れた前田勢を包み込み、我が備えが壁となる!」
俺もまた、最前線の混乱の中へと真っ先に飛び込んでいく。しかし、この慌ただしい陣立ての乱れこそ、大坂方・大野勢が待ち望んでいた絶好の好機だった。
「――来るぞ! 敵が本陣へ殺到する――ッ!」
前線の崩壊に乗じた大野治房勢の精鋭が、怒涛の勢いで秀忠公の座する本陣へと雪崩れ込んできた。
旗本先手の土井利勝勢がたまらず押し潰され、本陣は一瞬にして凄まじい大混乱の渦に飲み込まれる。
「おのれ……! 直接我が手で討ち果たす!」
将軍・秀忠公自らが長鑓を手に取り、自ら前線に出て戦おうと立ち上がった。その致命的な危機を間一髪で押し止めたのは、本多正信だった。
「大局的に見れば味方は勝っております! 将軍様御自ら、手を下される必要はござません!」
正信の必死の諫めに、秀忠公はやっとのことで踏み留まる。
(頼むからこれ以上混乱しないでくれ……! ここで総崩れになったら、俺たちのこれまでの努力も全部水の泡だ!)
心の中で必死に叫びながら、俺はすぐさま使番を呼び寄せた。
「伝令! 吉成へ急ぎ伝えよ! 全軍の全力を挙げ、押し寄せる敵の側面へ強烈な一撃を叩き込めと!」
使番が疾風のごとく駆け抜けていく。直後、吉成と渡辺源五がそれぞれの備えを的確に動かし、我が軍が誇る鉄壁の竹束長柄槍ファランクスが大野勢の側面に突撃した。そこからの早合による鉄砲連射、そして源五の騎射が、大野勢の勢いを完全に挫いていく。
(よし……! ファランクスが完璧に機能している! これならいける!)
一方、その頃の天王寺口――大御所・徳川家康の本陣周辺でも、真田信繁(幸村)率いる決死の部隊が鬼神のごとき突撃を敢行していた。
家康本陣が二度も崩壊寸前に追い込まれ、家康自身が自害を覚悟するほどのすさまじい死闘が繰り広げられていたが、歴戦の旗本衆や諸将の必死の防戦によって、かろうじてその猛攻を支えきっていた。
岡山口でも、一時的に崩壊した前田勢が持ち直し、激しい苦闘の末に凄まじい反撃へと転じていった。彼らは最終的に敵を押し返し、戦後には約三千二百もの凄まじい数の敵の首級を挙げる圧倒的な軍功を打ち立てることになる。
大野治房は、膨れ上がる敗兵を必死に収容しつつ、ついに城内へと撤退せざるを得ない状況に追い込まれていった。
その間、大坂方の戦況が悪化する中、前線から大野治長が豊臣秀頼に出馬を促すため、いったん大坂城へ戻るという動きがあった。その際、治長は豊臣家の象徴である秀頼の馬印を掲げたまま城へ引き返してしまった。
当時の合戦では大将の馬印の前進・後退がそのまま戦況の優劣の判断基準であり、城内や周囲の兵士は、馬印が下がったことで豊臣軍の負けを確信して動揺し、全軍の士気が一気に下がり総崩れとなる致命的な引き金となった。
ようやく豊臣秀頼が出馬した頃には、家康・秀忠本陣へ突撃したはずの豊臣方の軍勢はすでに双方ともに撃退された後だった。
体勢を立て直した幕府方の圧倒的な兵力と火力の前に、豊臣方の陣立ては15時頃には完全に崩壊し、真田信繁(幸村)が討ち取られ、天王寺口・岡山口ともに毛利勝永らが指揮する殿の部隊のもとへ敗走する形で、大坂城内へと総退却へと追い込まれていったのだった。
岡山口から天王寺にかけての激戦地帯は、いまや幕府方の圧倒的な兵力と火力の奔流に呑み込まれていた。
(――ついに、ここまで来たか)
血煙と黒煙が立ち込める戦場の只中で、俺は荒い息を整えながら大坂城の方角を睨み据える。毛利勝永が死力を尽くして率いる殿の部隊が、追撃する徳川勢を必死に食い止めようと最後の抵抗を続けていたが、もはや大勢は決していた。
退路なき豊臣方の諸将や兵たちは、次々と崩れるように大坂城内へと総退却を余儀なくされていく。
豊臣方の決死の猛攻をしのぎきった戦場には、勝利の歓声など微塵もなく、ただ戦いの終わりを告げる重苦しい静けさと、凍てつくような沈黙だけが漂い始めていた。
(史実通りなら……この直後、大坂城は炎に包まれ、豊臣家は滅亡する。そして、この戦いが終われば、俺の「未来の知識」を頼りにした戦国も一つの区切りを迎えることになる……だが、勝ったとはいえ、これほどまでに多くの命が失われてしまった。この果てにあるのは本当に救いだったのか……何ともいえないこの胸の痛む感覚は何なのだろうか)
頭の中で、これまでの記憶が走馬灯のように駆け巡る。織田信長や豊臣秀吉の時代から続いた戦国の世が、あまりにも残酷な形で幕を閉じようとしていた。
ほどなくして、徳川家康・秀忠の本陣を中心とした幕府方の大軍勢が、敗走する敵を完全に包囲するように大坂城へと迫る。城の周囲には幾重もの包囲網が敷かれ、もはや脱出の道は残されていなかった。
そして夕刻に差し掛かる頃――。
ついに大坂城の本丸から、すさまじい轟音とともに猛烈な炎と黒煙が吹き上がった。
落城の時だった。
城内では豊臣秀頼や淀殿をはじめとする主要な面々が自刃の道を選び、天下を揺るがした豊臣宗家は、文字通り灰燼に帰して消滅した。空を赤く染め上げる大坂城の凄まじい炎を見上げながら、俺は静かに兜を脱ぎ、押し寄せる言い知れぬ虚脱感にただ息を呑む。
「……終わったんだな」
隣では、吉成や渡辺源五、そして生還を果たした藤堂高刑や氏勝たちが、言葉を失ったまま、それぞれに胸を締め付けられるような喪失感を抱えていた。
敵味方を問わず膨大な命が失われたその事実の重さに押し潰されそうになりながら、ただ黙々と燃え盛る城を見つめている。勝利の歓声など誰一人上げず、ただ焼け落ちゆく城の姿が、血に染まった戦国の世の終わりを冷酷に映し出していた。
前日の長瀬川の血戦、そして今日の天王寺・岡山口の死闘。多くの命を守り抜くために足掻き続けた果てに残ったのは、勝者としての誇りなどではなく、命が消え去ったことへのどうしようもないほどの虚しさと深い喪失感だった。
戦火が鎮まり、焼け野原となった大坂の空に、冷たい新しい時代の朝が近づいていた。
俺がこの世界で切り拓いた歴史の足跡は、あまりにも多くの犠牲の上に成り立っているという現実を胸に刻み付けながら、確実に未来へと繋がっている――。愛馬のたてがみを虚ろな目で撫でながら、俺は冷え切った前をただ静かに見据えるのだった。




