第2話 「俺の名前はタカヨシ……だけど、あんたの言う高吉は誰だ?」
俺は意味がわからず、立ち上がろうとした
「高吉様! お戻りください、どうか……! このさやを置いて、どこへ行こうとなさるのですか!」
華奢な身体から伝わる震えと、泣きじゃくる声。
着物の袖がみるみる涙で濡れていく。
(さや……? なぜ、さやなんだ?この娘さやというのか……)
俺は混乱のあまり、思考が固まった。
俺の名前は……そうだ、タカヨシ。
だが、俺はしがないサラリーマンであって、こんな美しい女性の夫だった覚えなど一ミリもない。
この女性が誰なのかすら、全く見当がつかないんだ。
俺が困惑して身体を引くと、さやと呼ばれた女性は驚いたように顔を上げた。その大きな瞳が、信じられないものを見るように揺れている。
「……さやでございます、高吉様。……お忘れですか?」
その悲痛な問いかけに、胸が締め付けられるような罪悪感がわく。
だが、俺にできるのはただ呆然と立ち尽くすことだけだった。
その時、廊下を激しく叩く足音が飛び込んできた。
バタバタ、バタバタと何人もの人間が走ってくる音がし、襖が勢いよく開け放たれる。
「殿! お目覚めか!」
現れたのは、凛とした表情の侍だった。
俺は思わずその男を見つめた。その瞬間、頭の中に電撃が走ったような激痛が走り、脳内に勝手に名前が浮かび上がる。
(……桑名、吉成……?)
誰だ、そんなことは知らない。
俺は、島原城へ行こうとしていたサラリーマンだぞ!
必死に混乱を打ち消そうとする俺をよそに、男は安堵の色を浮かべ、膝をついた。
「……よかった。これ以上お目覚めがなければ、大殿へ報告せねばならぬところでしたぞ。……さや様から急報を受け、肝を冷やしました。お加減はいかがですか?」
吉成と呼ばれた男の視線が、真っ直ぐに俺を射抜く。
俺は、反射的に口を開いていた。
「……吉成、か」
自分の口から勝手に出た名前に、
俺自身が一番驚いた。なぜ、俺はこの男の名前を知っているんだ?
恐怖と混乱に震える手で、自分の身体を見下す。
……俺は、誰だ?
「…少し、頭が整理できん…俺は、誰なんだ?」
吉成がその問いに絶句し、目を見開いた。
「殿……? 今、なんと……?」




