第12話 盾の陣、冬の兆し
京から戻り、二月が過ぎた。
今治の領内は、本格的な冬を前にした
商いの収穫期を迎えている。
周辺の島々から買い上げたみかんは、大三島などの山肌を埋め尽くす果樹園から運ばれ、黄金色に色づいた実の収穫が最盛期を迎えていた。
その出荷は京や大坂へ向け、連日続いていた。また、新たに完成させた「氷室」の巡察を行い、断熱構造や雪の取り込み口に不備がないかを念入りに確認する。
この氷室に蓄えた氷は、鮮度が命である「神経締め鯛」を京や大阪の料亭へ届けるための、不可欠な資産となるはずだ。
海では、試験導入した神経締め鯛の出荷が本格化していた。漁師たちが慣れない手つきで活け締めの作業を行い、氷室から切り出された氷と共に鮮度を保ったまま桶に収める。
これらは、岩海苔に続く、藤堂家の新たな経済の
柱である。
商いの基盤を固め、ふと俺は領内の軍備に目を向ける。
だが、鉄砲や良質な武具を揃えるには、まだ莫大な銭が必要だ。
(武具に金をかけられない今、戦術を変えるしかない。……集団戦の常識を覆すんだ)
俺は吉成に命じ領内の練兵場に足軽たちを呼び集めた。手には、竹を束ねて作った「竹束」と、主力となる長柄槍を握らせた。
おまけに普通の竹束ではない
「皆、いいか。今の戦は個人の武勇に頼りすぎだ。これからは『盾の壁』を造る」
俺は足軽のひとりに、横幅60センチほどの竹束を指示した。竹を熱で炙り、上部を大きく内側へカーブさせる改良を施した竹束だ。
槍の持ち手となる柄の前にこの竹束を固定させ、竹束の中間にある隙間から長柄槍の穂先を突き出させる。
「ただの板ではない。この曲面が、頭上からの矢や石礫を滑らせ、弾き飛ばす。そして、中央には僅かな『覗き窓』を設けた。視界を遮らず、敵の動きを見逃すな」
隣り合う足軽と盾を密着させれば、鉄壁の防壁が完成する。竹束が敵の矢や鉄砲を弾き、その隙間から突き出した長柄槍が敵を貫く。
「これからは、この足軽部隊を『盾の陣』とし、戦場の要とする」
さらに俺は、領内の精鋭を選りすぐり、二つの騎馬部隊を創設した。一つは純粋な突撃を行う槍騎馬隊、もう一つはモンゴル騎兵を模した「弓騎兵」である。
「和弓のような長大な弓ではなく、馬上でも取り回しのきく小さな弓を作れ。引き絞る力よりも、素早い連射と機動力を重視するのだ」
あとは数が少ないながら鉄砲隊だ
俺は吉成に陣形図を見せ、全体像を説いた。
「盾の陣が正面で敵を縫い止め、鉄砲や矢を無効化する。敵が陣の硬さに釘付けになった刹那、弓騎兵が外回りから駆け抜け、側面を撹乱する。混乱したところで鉄砲を撃ちかければよい。最後に、突撃騎馬隊が真後ろから一気に突き抜ける。逃げ場はどこにもない」
俺は足軽たちをファランクスのように密集させ、前進の号令をかけた。
当初は足軽たちの動きにばらつきがあり、互いの足が絡まるなど戸惑いの様子も見られたが、要領を理解し始めると次第に規律ある動きへと変わっていった。
横一列に並んだ竹の盾が、一つの壁となって重厚に前進する。その威圧感は、敵からすれば逃げ場のない檻のように見えたはずだ。
「これなら……敵が突撃してくれば、無数の長柄槍がその身を串刺しにする。鉄砲や弓矢もこの壁がすべて防ぎきる。懐へ飛び込む隙など、奴らには与えん!」
吉成はその冷徹なまでの軍略に、息を呑んだ。
「……竹束の防御を湾曲させ、死角を消すとは。さらに、鉄壁で正面を縫い止め、騎兵で背後を突く……。
殿、これならば兵の数で勝る相手であろうとも、戦場を支配いたしましょう」
吉成の評価に、俺は確かな手応えを感じる。
軍事の強化は、ただ武器を揃えることではない。
限られた手札をいかに組み合わせ、戦場という盤面で最大の効果を生むか。
冬の寒風が吹き始める中、今治の軍勢は、かつてない結束と冷徹な戦術を宿し始めていた。




