表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/13

第11話 海苔の種と、商いの道

京から帰還して一月が過ぎた。


今治の海辺では、新たな試みである「牡蠣殻かきがらを用いた海苔の養殖」の仕込みと、古くからの習わしである「天然の岩海苔採取」が並行して行われていた。


海辺の海苔工房には岩場から丹念に掻き取られた岩海苔の香りが満ちている。俺は職人が手際よく板海苔へと加工し、丁寧に箱詰めしていく様子を見守っていた。


(……この岩海苔の収穫量、上々だ。京の茶屋や料理屋へ送れば、すぐに金になる。養殖が軌道に乗るまでの資金源として、まずはこの岩海苔を徹底的に売るしかない)


岩海苔の加工が終わりある程度の板海苔が完成するたび、飛脚が手配され、京へと荷が運ばれていく。その様子を、藤堂家の重臣である桑名吉成が少し離れた場所から眺めていた。


俺は吉成と漁師の網元長老を呼び寄せ、養殖の要となる「牡蠣殻の竹籠」の仕込みについて改めて念を押す。


「殿。海苔とは岩から掻き取るもの。それをわざわざ竹籠に詰め直して沈めるとは、いかなる趣向で?」


網元の長老が怪訝そうに問いかける。桑名吉成もまた、不思議そうな面持ちで俺を見た。


(そうだよな……言っても信じてもらえんだろう。

現代なら、温度管理された水槽で糸状体を培養し、人工繊維のネットを使って、もっと効率的に採苗できる。


あの鳥羽での体験、海の博物館のパネル展示で学んだあの精緻な光景……。だが、顕微鏡もなければ恒温槽もないこの時代に、それを求めても無理がある)


(しかし、海苔の歴史コーナーで学んだ江戸時代中期の養殖方法……これならこの時代でもできるはずだ。自然の理を紐解き、人の手で助けてやることはできる)


俺は長老と吉成を交互に見渡し、確信を込めて語り始めた。


「皆、いいか。海苔をただ海に任せて採る時代は終わりだ。……この牡蠣殻こそが、冬の大豊漁を呼ぶ『種』の眠る揺り籠となる。


まずは春、食した牡蠣の殻を綺麗に洗い、付着物を除いて干せ。それを竹籠に詰めて沈めるのだ」


俺はあらかじめ作成した図面を広げ、技術の要を説いていく。


「夏の間、殻の中で小さな命を育てる。水が淀まぬ適度な深みで岩海苔が良く採れる付近に沈めるのが肝要だ。


 そして秋、彼岸を過ぎて潮の冷たさが増す頃、親竹籠から『種』が放たれる。


その瞬間を逃さぬよう、親竹籠から一尋以内の距離に海苔が付きやすい要となる枝「ヒビ」を密集させて立てよ。枝の表面が赤茶色に染まったら、それが種がついた合図だ」


俺はさらに、最も重要な「職人技」について言葉を強めた。


「種がついたら、次は『干出』だ。潮が引くたびに枝ヒビを空気に晒せるような場所が重要だ。


この乾燥に耐えぬ雑藻や微生物を死滅させ、海苔だけを強く育て上げるのだ。これを続ければ、冬には今治の海が黒い輝きで埋め尽くされることになる」


(本当なら、水温を測り、数値を管理したいところだ。だが、この時代の漁師の『海を読む勘』こそが、俺の知識を補う唯一の武器になるはずだ)



吉成は俺の目を見据え、その言葉に潜む理を汲み取ったのか、長い沈黙ののちに深く頷いた。


「……前代未聞の策。だが、殿の言葉には確かな理がある。もしこの通りになれば、今治の冬は一変いたしましょう」


吉成は周囲の漁師たちへ向けて鋭く言い放った。


「皆、聞け。殿のご決断だ。牡蠣殻をただの貝殻と思わず、命の器として扱え。岩海苔で得た銭は、この新たな海苔作りの糧となる。


我ら藤堂の民として、岩海苔とこの新たな海苔作り、二柱で今治の海を商いの拠点に変えるぞ!」


海辺に野太い歓声が上がった。

俺は吉成の頼もしさに深く頷き、漁師たちへと視線を向けた。


今治の海に、岩海苔の売上を元手にした、前代未聞の「海苔の畑」が生まれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ