第10話 京の知恵、今治の技
大口の専売契約が整ったその日の夕刻、俺は茶屋四郎次郎から再度、屋敷へと招かれた。
「藤堂様、商談は無事にまとまりました。今夜は祝杯を挙げましょう」
四郎次郎の温かな誘いに甘え、俺は再びその屋敷の門をくぐった。京の夜風が肌に心地よい。
屋敷の奥座敷で振る舞われた酒を飲みながら京の情勢を聞く。また俺は酒杯を酌み交わしながら、商売の核心である「外装」について打ち明けた。
「四郎次郎殿、海苔の『中身』は今治で作り上げます。しかし、都の貴顕たちが納得する『外装』、つまり藤堂の刻印を打つ木箱の細工については、どうしても京の技術が必要なのです」
俺は懐からあらかじめ作成しておいた、藤堂の家紋をあしらった木箱の図面を取り出し、卓上に広げた。
「この箱こそが今治の誇り。都の衆がこの箱と刻印を目にしただけで、『これぞ藤堂が送り出す逸品』と一目で見抜ける――そんな信頼のしるしにしたいのです」
四郎次郎は図面をじっくりと眺め、力強く頷いた。
「擬物を防ぐ藤堂の刻印ですな。なるほど、面白い。中身への自信を形にするのみならず、その箱ひとつで買い手の目を変えようというわけですな。
よろしい、我が屋敷に出入りしている腕の良い職人を当たってみましょう。明日、支度を整えて紹介いたします」
翌日。俺は約束通り四郎次郎の屋敷を訪ねた。
そこには、源蔵という若き職人が待っていた。京の緻密な細工を一手に引き受けてきた気鋭の男だ。
「藤堂様、四郎次郎様からお伺いいたしました。京の雅を今治で再現する。それが某の役目と心得ます 何用でもお申し付けください。」
源蔵の引き締まった表情に、俺は確かな手応えを感じた。
「頼むぞ、源蔵殿。この箱が今治の新たな顔になるのだ」
その足で、俺は飛脚を呼び、今治へ向けて二通の書状を託した。
一通は、行政と総括を担う古市三郎左衛門へ。
専売契約の締結を報じ、領内での海苔・鯛・ミカンの買い上げおよび囲い込みを指示。
さらに、商品の価値を高めるため、腕利きの針鉄師を早急に集め、鯛の神経締めを行う体制を整えるよう命じた。
もう一通は、開発と治水を担う福井文右衛門へ。
山間部における「氷室適地」の選定を最優先で行い、冬の雪を採掘・運搬・貯蔵するための人足確保と、氷室建設の指揮を任せるよう記した。
「この書状を、早馬で今治へ届けよ。一刻の猶予もならん」
数日後、源蔵を伴い今治へ戻った俺は、まずは居城へと足を運んだ。
古市や福井ら家臣団と合流し、港にて針鉄師の確保と氷室建設の進捗を確認する。
俺は家臣団を見渡し、京から連れ帰った源蔵を前に引き出した。
「皆、聞いてくれ。京の都人が喉から手が出るほど欲しがる品を、今治から送り出す。この源蔵殿から京の技法を伝授する。藤堂の刻印を打った木箱に、今治の誇りを詰め込むのだ!」
職人たちの瞳に熱気が宿る。
「殿、やってやります! 京の細工なんざ、今治の連中で再現して見せましょう!」
源蔵が道具箱を開き、カンナの刃を調整し始めた。
(成功だ。技術さえ根付けば、今治はただの海産物の産地ではない。質の高い製品を生み続ける経済都市に変わる)
今治の港に、経済という名の新たな波が、今まさに打ち寄せようとしていた。
その日の夜、館の奥へ戻ると、さやが静かに白湯を淹れて待っていた。
「お帰りなさいませ、高吉様。……京での大仕事、無事に果たされたと伺っております」
「ああ。京の知恵と今治の技が合わされば、鬼に金棒だ」
俺が疲れを滲ませながらそう答えると、彼女は穏やかに微笑んだ。
「高吉様が今治の民のためにと奔走されるお姿、皆が誇らしく思っております。今宵はどうか、ゆっくりとお休みください」
さやの静かな言葉に、張り詰めていた心がすっと溶けていく。
過酷な調整の旅を終え、こうして妻である彼女の変わらぬ安らぎに触れると、明日への活力が静かに、だが確実に満ちてくるのを感じた。




