想定
こんかいの襲撃ジケンについては、そもそも岩羽が、「いずれ、こういうケースもありえる」と、じぜんの時点・だんかいで、想定をしていた。
つまり、「今後ありえる選択肢のひとつ」として、あるいは、「起こりうるケースである」と、想定がされていた。
では、ナゼそういう想定がなされたのか、岩羽のいうコトをまとめると、以下のとおりである。
公園から祠をうばったアヤカシは、コレに成功したコトに味を占めて、おなじ手口をというモノを、繰りかえす可能性がある。
となると、「もしかしたら、超常者のチカラがたくわえられている、本部を襲撃してくるキケン性・リスク・可能性もありえる」とかんがえた。
そして、襲撃してくるキケン性・可能性・リスクがあるのであれば、じぜんの時点・だんかいで、対策を立てておくベキである。
たしかに、「ホントウに、本部を襲撃してくるかどうか」というコトは、あいてのアヤカシ次第である。襲撃してこなければ、ソレはソレでよい。
だがしかし、ホントウに襲撃してきたら、ヒガイ・そんがい・ギセイというものを、可能なかぎり、最小限に抑えるベキである。
そのためには、むしろ、あいてを異空間のなかに、はいりこませるベキである。
ナゼならば、この異空間のなかであれば、セケン一般のフツウのニンゲン・しゃかいにたいして、ヒガイ・そんがいがいかず、ギセイ者がでないのダカラ。
われわれ以外のフツウのニンゲン・しゃかいにたいして、アヤカシによるギセイ者・ヒガイ者をだすコトは、可能なかぎり避けるベキである。
こういう視点・発想・かんがえかたに立って、対策をかんがえたとき、もしも、この異空間のなかにたいして、侵入を試みるそんざいがいたときには、むしろ、ココにたいして入りやすいように、わざとカベをうすくして、侵入させるベキである。
そして、侵入者がいたときは、そのあいてが侵入したあとに、カベをぶ厚くさせるように、じぜんの時点・だんかいで、自動でセットしておく。
こんかいの襲撃犯であるオニは、案の定、うすくしてあるカベをやぶり、異空間のなかに入ってきた。
そして、オニが侵入したあとに、カベをぶ厚くして、ソトにでるコトを、阻止するコトがデキた。
ちなみに、アヤカシが、この異空間のなかに、侵入してくるのであろうタイミングであるが、ソレはおそらく、コチラの戦力が、低くなっているときであると想定される。
ぐたいてきにいえば、超常者における強者・じつりょく者として、アヤカシたちにも名が知れわたっている、大空・毛利のふたりが不在のときが、もっとも可能性がたかい。
さらにいえば、祠を奪ったアヤカシが、成功した方法・やりかたに味を占めて、おなじような手口をつかう可能性が、カナリたかい。
ちなみに、このときは、大空が遠くにいったときを狙って、祠を奪っている。
というコトであれば、おなじように、大空・毛利のふたりがいないときを見はからって、侵入してくる可能性がある。
祠を奪った手口から見て、犯人であるアヤカシは、ニンゲンに近い知性を持っている、上級レベルのアヤカシであると想定される。
というコトであれば、コチラとしても、「あいてが、一定レベル以上の知恵・知性を持ったそんざいである」と想定して、その前提でかんがえて、はんだんし、想定・予想し、対策をたてるひつよう性がある。
ぐたいてきには、あいてに、コチラのコトを、「じぶんよりも弱い」とおもわせて、ゆだんさせ、隙をつくるベキである。
知性のあるアヤカシであれば、あるていどは、じぜんの調査、じゅんび、対策をおこない、ダンドリをたてて、ケイカク的にうごく可能性がある。
そのために、「あいてがコチラのコトを、一定期間以上しらべて、観察している」という前提で、コチラも対応するベキである。
ぐたいてきには、まだオモテ立って、ハデにかつどうしていないが、上級レベルのアヤカシを退治するコトがデキる、岩羽・徳康のふたりに、異空間のなかにいるとき以外は、超常のチカラを抑え、制限するリストバンドをつけて、かつどうをさせる。
ソレによって、あいては、「岩羽・徳康のふたりを、実態よりも弱い」とかんがえ、コチラのコトを、過小評価するかとおもわれる。
いいかたを変えれば、あいては、「じぶんのコトを、過大評価する」というカタチになる。
こういう状態になれば、あいてのアヤカシは、ゆだんして、隙がデキて、警戒心をゆるめて、じぶんのチカラを過信して、「コチラの本部を、叩きつぶすコトがデキるダロウ」と、カン違いする可能性がある。つまり、「この異空間のなかに、侵入しよう」と、かんがえやすくなる。
リストバンドをつけて、「岩羽・徳康のふたりが、実態よりも弱い」と、おもわせるコトがデキれば、犯人であるアヤカシは、「名の知れ渡った、大空・毛利のふたりさえいなければ、じぶんが勝てるダロウ」と、さらにカン違いする可能性・確率がたかまる。
徳康も岩羽も、約一カ月ものあいだ、異空間のソトでかつどうするときは、このリストバンドをつけて、わざと弱く見せていた。
このリストバンドをつければ、超常のチカラがカナリ制限されて、通常の20%ていどしか、チカラをだすコトはデキない。
このコトから、キケンを避けるタメに、ソトでのかつどうは、しばらくのあいだ、単独での行動は避けるコトにする。
つねに、ほかの味方の超常者と、いっしょになって、チームでかつどうをおこなうコトにする。
なお大空については、もうすでに、「つよい」と有名であり、名が知れ渡っている。
そのために、大空がチカラをセーブすれば、かえってアヤシまれる。つまり、大空は、今までどおりにかつどうをする。
ソウすれば、犯人であるアヤカシは、「大空・毛利のふたりさえいなければ、じぶんが勝てるダロウ」と、さらにカン違いするかとおもわれる。
以上が、岩羽がかんがえた想定であった。そして、この想定というものが、みごとにアタリ、こんかい、祠を奪ったオニがやってきたのだ。
そしてオニは、おおきなミスを犯した。そのために、コチラがわとしては、ヒガイ・そんがい・ギセイというものを、最小限に抑えるコトがデキた。オニがおかしたミス・敗因として、つぎの点が挙げられる。
❶「大空と毛利のふたりが不在であれば勝てる」と、じぶんのコトを過大評価して、カン違いした。
約一カ月ものあいだ、わざとチカラをセーブさせた、岩羽・徳康のコトを見ぬけず、過小評価してしまった。
さらにいえば、偶然ゲンバに居あわせた、若手のこうほ者のじつりょく・チカラについても、過小評価した。
若手ふたりのチカラも、オニの予想した以上のものであった。そのために、ふたりにたいして、あるていどの数のアヤカシを、放っておくひつよう性があった。つまり、その分だけ、祠のチカラを割くひつようがあった。
このコトから、侵入したオニは、タテモノのなかのヘヤで、岩羽・徳康とたたかいながらも、ソレと同時に、タテモノのソトにいる、本多と立花のふたりにたいしても、一定以上のチカラを割かなければならなかった。
このコトによって、オニのカラダに取りこんだ、祠のチカラの枯渇というものが、オニの想定・予想よりも、はやまるコトになった。
❷ねらい・もくてきを、ふたつにしたコト。ほんらいであれば、ナニカの行動をおこすときは、もくてき・ねらいを、ひとつに絞るひつよう性がある。でなければ、チカラを分散させてしまう。
超常者の本拠地のカイメツ。そして、本拠地にたくわえられたチカラの奪取。オニのねらい・もくてきが、このふたつになっていた。
そのために、オニの行動にキレがなく、ブレてしまい、岩羽の追跡というものを、撒くコトがデキなかった。
❸アヤカシは、ニンゲンとは違い、自制心やガマン、忍耐力がナイ。そのために、しぜんと欲ぶかく、強欲になりやすい。
そもそも、「ねらい・もくてきを、ふたつ持つ」というコト自体が、強欲な行為・スタンス・かんがえかた・発想といえる。オニは、この強欲さに足をすくわれた。
❹ニンゲンのような、自制心・ガマン・忍耐力のなさは、「アヤカシには、きょうふ心がない」というコトが、リユウ・原因とおもわれる。
きょうふ心を持っていない。そのために、しぜんと、じぶんのコトを、実態・じつりょく以上に過大評価してしまい、「ナンでもじゆうに、おもいどおりにデキる」という全能感を、持ってしまったかとおもわれる。
❹ドロボウは、おなじ手口をつかって、盗みを何度も繰りかえす。はんざい者は、よく似たタイプのはんざいを、何度も繰りかえす。
つまり、「癖はカンタンに治らず、無いしきに、何度も繰りかえす」という傾向・とくちょう・性質がある。
コレは、ニンゲンが持っている、傾向・とくちょう・性質といえるが、こんかいのように、ニンゲンに近いレベルの知性を持っているアヤカシであれば、このニンゲンが持っている傾向・とくちょう・性質が、そのまま、あてハマるかとおもわれる。
つまり、主犯格のオニは、「じぶんが無いしきのうちに、似たようなコトを繰りかえし、似た手口でおこなってる」というコトを、にんしきせず、じぶん自身でわかっていなかった。
そして、「このコトを、コチラが想定する」というコトを、まったくかんがえず、アタマになかった。
コチラが想定した、「祠を奪った犯人のアヤカシは、似たようなコトをおこない、似た手口を繰りかえす可能性がある。だから、祠のように、超常のチカラがあつまっている、われわれ超常者の本部を襲い、かつ、大空のような、名の知れた強者がいないときに、襲ってくるキケン性がある。そのときを見こして、じゅんびし、対策を立てておく」というコトを、まったく予想するコトがデキなかった。
つまり、「コチラが、カンゼンにゆだんし、無策でいる」と、カン違いをして、「前回のように、うまくいくダロウ」と、安直にかんがえた。
コチラが想定し、じゅんびして、対策を立てて、ワナを張っていると、予測するコトがデキなかった。
❺アヤカシは、ニンゲンのように、すぐに死ぬコトはナイ。ながい期間そんざいする。
セイブツにおける死のように、「すべてが終わる」というコトがすくない。コレが、こんかいのばあい、ウラ目にでた。
アヤカシは、セイブツにおける、死のような目に遭いにくい。コレはしぜんと、きょうふ心の欠如・欠落につながる。
そして、きょうふ心を持つからこそ、ニンゲンは臆病になる。その臆病さこそが、知恵を生む源泉になる。
きょうふ心に裏づけされた、臆病さがある。だからこそ、ニンゲンは、じぜんの調査、じゅんび、ダンドリ、ケイカク、対策などをおこなう。
ソレにたいして、きょうふ心を持っておらず、そのために、「臆病さ」というものが、アタマから欠けているアヤカシは、ニンゲンがわの行動というものを、チャント予測するコトがデキなかった。
このコトから、「コチラが、アヤカシの行動というものを予測して、じゅんびして、対策を用意している」というコトを、まったく想定していなかった。




