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都市伝説は終わらない  作者: HA
一章-闇バイト狂詩曲-
6/7

1-0-0。始まり



「......あ」




今日、何度目になるか分からない意識の浮上。



泥の底から引き上げられるように重い瞼を開くと、視界には見慣れぬ無機質な風景が広がっていた。


先ほどまでいたヤニ臭いアパートの一室でも、血と水に塗れた狭い風呂場でもない。


乾燥したコンクリートの粉塵と、剥き出しの鉄骨が放つ冷たい錆の匂いが鼻をつく。何処かの建設現場なのだろうか。



「.....生きてる」



事実を確認するように、ふと喉笛に手を当てる。傷は無い。裂けた跡すらない。いや、正確には手術痕のような、ミミズ腫れにも似た線が残っているが。皮膚の下で何かが蠢いているような、生温かく、ひどく異質な感覚が張り付いているが。


一先ず、体は大丈夫....



「.....って。なんだこれ」



全然大丈夫じゃなかった。


違和感は首の付け根から鎖骨を伝い、右腕へと向かって這い降りてくるような、名状しがたい悪寒へと変わった。血管の中に、血液とは別の、硬質で熱いモノをが蠢きながら入り込んでくるような嫌悪感。


本来の静脈が持つ青黒さではない。まるで絵の具のチューブから直接絞り出したような、毒々しいほどに鮮やかな、赤の原色。


人間の体にあってはいけないモノ。

それが人間の、自分の肩に確かに"ある"。



「キハーナのやつ、何をし.....」

「座りなさい」



唐突に声が降ってきた。

吐き捨てそうになった愚痴を寸前で引っ込める。


視線を巡らせると、無造作に積まれた資材用の角材の山に、キハーナが腰掛けていた。街灯の乏しい光を浴びて、彼女の透明な肌が艶やかに光っている。



「.....いい子ね」

「いい子って、何が」

「貴方、何も考えずに座ったでしょ。理由を考えずに従える子、好きよ」



.....座っていた。

考えるよりも先に。

何かを頭の中で語る前に、自然と。


少し前までなら、命令に対して何かしらの反抗心や、無力なりの疑念を抱いていた。"理由"さえあれば、言い返そうとしたはずだ。


だというのに、今は流されるままに。不思議だ、と思う前に体が突き動かされていた。親の言いつけを子供が自然と聞くかのように。


まずい、と。

そう、直感が走る。



「.....今更だけどさ」



彼女が口を開く前に、割り込んだ。そうすべきだと思った。彼女が話し始めたら、聞き入ってしまう。そのまま立ち去られたら受け入れてしまう。それを直感していたから。



「君もさ。"都市伝説"ってやつなの?」

「.....何処で聞いたの、それ」



否定しなかった。肯定もしなかった。

その沈黙が、何よりも雄弁に事実を語っている。



「.....従うさ。贖いを果たすさ。だから、何をするつもりなのか。全部話してくれ」



キハーナが目を瞬いた。今日出会ったばかりで、いつも余裕を持った態度の彼女が見せる、初めての反応だった。僕の言葉と反応を値踏みする、あの空気はもう何処かに消えている。



「つまり、貴方は警戒してる訳かしら。私は人間じゃないから、社会に害を為す存在だと」



僅かに口角が上がっている、気がする。決して愉快だからではない。感心だ。碁盤の上で石を見ていたら、想定外の場所から指された時の感情。


攻めろ、と。脊髄が警鐘を鳴らす。ここで機を逃したら、彼女を理解するタイミングを永遠に失う。その先に待っているのは、思考を放棄した従属だ。



「.....そうじゃない」

「ふーん?」

「どっちでも腹を括る。だから、何をしたいのか。それを教えてくれ」



ドクン、ドクンと、胸にあるはずの心臓とは全く別の、暴力的なリズムで、肩口が脈打っている。


赤い線は、皮膚を内側から食い破らんばかりに膨れ上がり、腕の先まで支配しようとするかのように。精緻で禍々しい幾何学模様を描いていた。



「剪定よ」



唐突だった。

ぽつん、と。雨粒が一滴落ちるかのように。



「派生した"都市伝説"を、あるべき場所に取り込ませる。無意味に伸びた枝葉を片付けるのが、私のやるべき事」



一歩、一歩。

彼女は近づいてくる。悠然と。



「席が揃ったんだから、吸血種(サングィニス)からしたら害獣種(ウルシダエ)害虫種(プリケウス)も邪魔者。貴方には、その間引きを手伝って貰う」



何を言っているのかは分からない。いや、感覚で嫌に分かってしまう。直感が良いからだ。彼女以外にもいるのだ、()()()()怪物の種族が。


人間が現人類(サピエンス)となるまでに起きていた生存競争が怪物側でも、よりによって現代社会の真っ只中で発生しているというわけだ。



「だから、剪定。これで良い?」

「......はは」



嘘だ。いや、嘘は吐いていない。

丁寧なまでに言葉を選んでいるだけだ。


剪定ということは、切り落とす事が目的じゃない。その結果、大樹を成長させるという事だ。彼女がやろうとしている事の本質は、まだ分からない。


.....だが、今はそれでいい。



「.....分かった」

「嘘を吐かない事ね。何も分かってないのに」











角材に腰掛けたまま、キハーナはつまらなそうに足を組み替えた。彼女の興味は決意の有無になどなく、あくまで標的の有無だけに向いているらしい。


右腕を侵食する毒々しい赤の網目を撫でていると、無感動な声が降ってきた。



「真島っていう人間の元には、遺物は無かったわね」

「.....当たり前だろ。普通の家の中にあんな皮の塊みたいなのが、無造作に置いてあるわけない」

「なら、何をしに行ったの?」



冷ややかな視線が射抜く。ただ殺されに行っただけの無能なら、報告会を説教大会に変えてやろうか、という。そう言わんばかりの冷徹な問いだった。


一度深く深呼吸をして、冷たい夜風を肺に満たした。ヤニと安酒の匂いが充満していた、あの薄暗い部屋の記憶を呼び起こす。



「.....真島先輩は、慣れていた」

「それで?」

「一度や二度じゃない。きっと、ああいう処理方法が確立されてる。外部の人間を使って、ああやって始末をする事の"やり口"がある」



コタツの上に散乱していた督促状の山。意味深な視線。隠された刃と、滑らかに殺しに移る所作。アレは土壇場の策略じゃない。予想していたのだ。誰か一人くらいは、自分の元に辿り着くだろうと。



「....帝会はそこまで大きい組織じゃない。だから、それより上が下請けとして使っていて。そして、帝会が闇バイトとして更に下請けにして.....」

「そのくらい予想は付くわ」



ぴしゃり、と。氷の刃のような声が、必死の推論を無惨に切り捨てた。


キハーナは退屈そうにため息をつき、夜空の彼方へ視線を逸らす。彼女にとって、人間の裏社会のシステムなど、取るに足らない箱庭の出来事に過ぎないのだろう。



「ただ、貴方は無様に喉を裂かれただけじゃなかった。そこだけは、評価してあげる」

「はいはい....って、何これ」



言うが早いか、キハーナはコートのポケットから無造作に何かを取り出し、こちらの胸元へと放り投げた。


バサリ、と音を立てて足元に落ちたのは、見覚えのある茶封筒だった。間違いない。コタツの周りに散乱していたゴミの山に紛れ込ませてあった、書類の一つだ。



「手癖悪いんだな、本当.....」

「独り言だとしても。次は唇を千切るわよ」



血と泥で汚れきった手で、その封筒を拾い上げる。中には日時と場所、そして簡単な『作業内容』だけが記された、一枚の紙切れが入っていた。


見た事がある。この様式を、僕は知っている。水島と共に倉庫に行く前に渡された、忘れもしない地獄への片道切符。これは、まさか。



「経験者でしょう、貴方」



キハーナは角材からふわりと飛び降り、目の前へと歩み寄った。


建設現場のブルーシートが、風に煽られてバタバタと無骨な音を立てる。秋の虫の寂しげな鳴き声が、途切れ途切れに響いていて。


その二重奏は、生と死の境界線を無様に彷徨った僕の耳には、酷く場違いに聞こえた。



「闇バイト。もう一回、行ってきなさい」



彼女は、笑っていた。

なんとも美しい、死神の笑顔だった。

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