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都市伝説は終わらない  作者: HA
一章-闇バイト狂詩曲-
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1-0-1。英雄

時刻はすでに二十時を回っていた。


近くのディスカウントストアに駆け込み、適当に見繕った無地のパーカーとチノパンに袖を通す。糊の匂いがキツい安物の生地はゴワゴワとしていて、肌馴染みも最悪だ。


なお出資元は、ミニバンに残されていた水島の財布である。死人に口なし、死体に食わせる飯はなし。ありがたく使わせて貰うとしよう。



「.....さむっ」



秋の夜風は鋭く、休息も取れずに歩き続けた身体には酷く染み渡る。誰に聞かせるでもない乾いた独り言は、白い吐息となって冷気に溶けていった。


だというのに。今や塞がった傷口の下は、煮えたぎる鉛でも流し込まれたような熱を帯びてドクドクと脈打っている。


そして、頭の中では。これから向かう先についての最悪の予測が渦巻いている。頭と傷口と心、全部がちぐはぐの温度を放っている。



「....鬼が出るか、蛇が出るかってな」



キハーナは、あの倉庫街に遺物が潜んでいることを事前に、かつ正確に把握していた。そして今は、わざわざ部屋から闇バイトの指示書を拾い上げ、行けと命じている。


違法な荷運びや、チンピラの末端作業で終わるはずがない。今から向かう場所にも、恐らくバケモノの類が鎮座している。そうでなくとも、危険が蔓延ってるのは間違いない。



ポケットに手を突っ込みながら、指定された集合場所へと歩みを進める。アスファルトを蹴る自分の足音だけが、閑散とした通りに不気味なほど響いていた。


街灯の頼りない光が、シャッターの降りた寂れた街並みを等間隔に照らし出している。何かの滑走路を歩いているようだと、くだらない言葉が頭をよぎる。



「.....ここか」



目的の十字路が見えてきた。点滅する黄色い信号機の下、薄暗いアスファルトの上に、不自然にウロウロと動く影が一つ落ちていた。













同僚、だろうか。



黒いラインの入った、いかにも量販店といった風情のジャージ姿。まだ童顔の面影を残す若い男が、不安げに眉を寄せながら、キョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡している。


肩からは、まるで泊まりがけの旅行にでも行くかのような、不必要に膨らんだリュックサックが下げられていた。



「同い年....いや、年下。高校生か」



見るからに寂れた空気感から浮いている、素人丸出しの佇まい。闇バイトに怯える新人というより、初めて散歩に連れ出された小型犬のようだった。


こちらの足音に気づいたジャージ姿の男がビクッと肩を跳ねさせた。だが、僕の姿を確認するなり、その強張っていた顔がパッと安堵に緩む。



.....嫌な予感がする、すごく。



「そこの君━━━━」

「あ、お疲れ様です!.....って言うのも変か。あんたもバイトの人?いやー、マジでよかった!俺一人なんじゃねぇかって凄い心配してて!」



静まり返った夜の住宅街に、怯えを誤魔化すような、やたらと響く早口がぶつけられた。


警戒心で張り詰めていた神経が、別の意味でゴリッと削られるのを感じる。苛立ちと、この先への危惧というか。



「....うるさいよ、()()

「うっす!すんません!」



一切悪びれる様子もなく、男は背筋をピンと伸ばして条件反射のように頭を下げた。


体育会系か。どこの部活のノリか知らないが、これから犯罪まがいの裏仕事に向かおうという人間の態度ではない。


"君"から"お前"へと呼び方がグレードダウンしているというのに、それにも気づく気配がない。勘弁してくれ、こういう手合いの相手が一番苦手なんだ。



「お前、指示出す側じゃないな?」

「俺は正真正銘のただのバイト!名前は英雄(ひでお)で、取り敢えずヒデって呼んでください!あっ、これは愛称というよりコードネーム的な感じで.....」

「なんでコードネームを本名から取るんだよ」



明らかに映画の見過ぎだ。いや、映画でも自分の名前を抜き出すやつなんて、B級のギャグアドベンチャーが精々だろう。


首元ではなく、別の場所が痛む。胃だ。水島の元で僕がバイトしていた時は、不真面目ながらも作業はしていたと自負している。その対義語みたいなやつだ。



「....あのさぁ。なんで初対面の人間に、裏仕事でフルネーム名乗るんだよ。頭沸いてんのか」

「いや、俺もテンパってて!先輩、こういうの慣れてる感じですか!?そもそもこれ、何やらされるんですか!?もしかして━━━」

「声がデカい」

「デカくもなりますって!見てください、これ!」



言うが早いか、肩から下げたパンパンのリュックを前に抱え込み、ジッパーを乱暴に開けて中をガサガサと漁り始めた。


この男。いや、ヒデという男は珍しい人間ではない。根が真面目で実直。故に何事にも全力で取り組むことしか頭にないタイプ。


キャッチボールでも始めたら、毎回完璧なフォームでド真ん中にストレートを投げてくれるだろう。いや、というかそうする。その未来が目に見える。



「俺、ワンチャン遠洋漁業とか連れてかれると思って、一応パスポート持ってきたんですけど!」

「は?」



街灯の下、リュックから引っ張り出された青色の手帳がこれ見よがしに突きつけられる。パスポートである。馬鹿でも分かる海外旅行の象徴が、馬鹿の手の中にある。


闇バイトで海外に飛ばされるなら、それはもう誘拐だ。遠洋漁業にしても、洋上でパスポートを確認する手段があるわけがない。


だというのに、こいつの目はやたらと真っ直ぐだ。どうやら本気で言っているらしい。



「落ち着け。頼むから。整理させろ」

「えーと、荷物の整理なら.....あ、出した方が?」

「黙れってことだよ」



こめかみを揉みながら、深くため息をついた。


これ以上こいつのペースに巻き込まれるのは御免だ。踏み込まれないように冷たい壁を作ったとして、それすら乗り越えてくるからタチが悪い。



「船には乗らない。パスポートはしまえ」

「え?それなら沿岸寄り.....」

「違う、漁船から離れろ」



リュックの中身を横目に見ると、着替えのTシャツからタオルが入れられていた。マジに漁船に乗るつもりだったのか、コイツ。


当たり前だが、パッと仕事を済まして解散するのが闇バイトの鉄則だ。泊まりがけの仕事なんて、それこそ骨をそこで埋めるような案件だろう。



「.....仕事の内容は?」

「聞かされてない!」

「喧嘩慣れは━━━」

「いかのおすし!」



殺意が湧いた。


不審者について行かない、という標語は通用しない。これから自分達が不審者側、というか犯罪者もどきに足を突っ込むのだから。


苛立ちを抑えながら、何か言い返そうかと。頭の中の罵詈雑言フォルダーを漁り始めようとした、その瞬間。



こつ、こつと。

呼び声のような、もう一つの足音が。

耳障りな程に反響しながら、近づいてきた。

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