十九、相剋。その3
十九、相剋。その3
暗闇。
多くを黒一色に染められた暗闇。
微かにトンネル出口の光が薄っすらと輪郭が認識できるほどではあるが照らしていた。
トンネルの入口だったものは巨人兵の攻撃によりその原型を失い、岩や小石、土の塊がうず高く積もり外との繋がりを断ち切っていた。
そんな盛り土状態の入口から十数メートル離れた位置に五人は居た。寸前のところで一時的に巨人兵の襲撃から逃れ、その場にへたり込んでいた。五人の肌や衣服は土埃で汚れていた。器官に埃が入り込んだのかその場に居た五人全員が咳き込む。五人が咳き込む音が、閉鎖された環境であるトンネル内に木霊する。また、瞳に埃が付着し、顔全体の神経に刺激が走り、痛みが刺さっていく。
「みんな大丈夫か?」
康義は目をこすりながら、なんとか見える視界で周囲を確認し他の四人が無事であることを確認する為にかすれた声で言葉を口にした。
「康義さん。大丈夫です」
まずそう応えたのはさゆみだ。康義に対し、口を手で隠しながら曇った声で反応した。
「お父さん。私も」
そう応えたのは恵だ。その場に座り込んでいた恵だったが、ゆっくりと立ち上がり康義の方向へと顔を向けた。
「父ちゃん。俺も雪も怪我は無い。大丈夫だ」
雪の肩を支えながら立ち上がる司。司の言葉に雪も首を大きく縦に動かしていた。
徐々に周囲の闇に目が慣れ、周囲の状況が段々と認識できるようになる。
その眼前に広がるのはトンネルに飛び込む前となんら変わらない多くの自動車が幾つも止っている状況であった。
道路に停車している四駆自動車。
車線上で停車しているスポーツカー。
横転した軽自動車とそこへ正面から突っ込んでいる大型バス。
地面に片付けられないまま放置された玩具のように転がっているオートバイと誰かが被っているヘルメット。
地面に散らばっている粉々に砕かれたフロントガラス。
そこらに転がっている自動車のタイヤ。
道路の真ん中で堂々と我が物顔で居座っているトラック。
「あんま外とかわらないね」
目の前に広がっている光景を見て恵は小さく呟いた。
「やっぱり酷い」
外の光景を思い返しながら雪の口から感想が出てくる。
トンネルの内部が上下左右に揺れる。トンネル全体の揺れが天井から砂が零れ落ちる。
「揺れてる」
さゆみは土が零れる天井を見つめている。五人が無言のまま時間が経過していくなかでもブロックの狭間から土が零れ落ち続ける。舗装されてから幾つもの時間が経過したアスファルトに小石がピンポンのように弾ける。
「あの大きなもの、まだ近くに」
天井を見上げる雪の脳裏には、巨人兵が動き回る姿がフラッシュバックされていた。それは雪だけでなく他の四人にも脳内も同じようなものだった。
雪の隣に居た司の鼻を何かの刺激が襲う。
「何か匂う」
司の言葉を合図に他の四人は鼻の感度を一段上げた。
「?」
しかし、他の四人にはその刺激臭が鼻のセンサーをすり抜け、司の言葉に納得していない表情をしていた。
「こっちか」
そんな周囲の目を気にせずに臭いの方向へと近づいていく司。そんな大胆にずんずんと移動していく司の後を四人も追った。
「あっ。確かにするな」
後ろを追う康義だったが、康義の鼻にも刺激臭が届く。
「そうだろ父ちゃん。多分、臭いの原因はもうすぐだよ」
振り返ることなく康義の言葉に反応する司。その言葉には妙な自信が混ざっているのが感じとれる。そして、小型タンクローリーの前に立ち止まった。
小型タンクローリーに備わっているタンク下部から小さな亀裂が入り、ぽたぽたと液体が零れ、道路のアスファルト上に水溜りならぬ油溜りができていた。
「明らかにこれね」
恵は口元を抑えながら、臭いの発生源を見つめていた。その先で表面が怪しく黒光りする油溜り。
五人が油溜りを見つめている最中もトンネルは全体が振動で僅かに揺れていた。
康義は視線を油溜りから天井へと向ける。
「このままこのトンネルに居ても、もう一方の出口を埋没させられたら、ここから出られなくなるな。なんとかしないと」
「何か手がありますか?」
何かを考えている康義に雪は質問を投げかける。
その言葉をきっかけに今まで見ていたトンネルから油溜りに視線を戻した。
「一応は」
「父さん。それは?」
康義の言葉に次は康義が何を考えているのかを不思議な表情で恵は康義の顔を見る。
「まず、この振動だ。この振動はリズムがある」
「リズム?」
「ああ」
頷きゆっくりと天井を見上げる康義。康義が上を見上げるタイミングからと遅れて、他の四人もまた再び見上げた。未だに天井から少量の砂がコンクリートの隙間から零れ落ちてくる。
「リズム?」
「そう。リズム」
その間も康義だけでなく誰も天井から視線を切らずにいた。そして、大きく激しくぐらぐらと音をさせながら揺れている。すると、ぴたりと揺れが止まる。
「止まった」
瞬間的に揺れが止まったことに驚く司。それに動じずじっと見つめる康義。
「ほら」
数秒程度揺れが止まっていたいたが、康義の言葉を合図にまた揺れ始める。
「揺れた」
全く少しも瞳を閉じることなく、じっと天井を見つめている雪。当然、皆の身体にも振動が伝わっている。音も微かに届いていく。
「これがどういう意味をもつのですか?」
天井を見ていたさゆみだったが、視界を康義へと移す。
さゆみの視線を受け、静かに頭を上から下へと動かし頷く。
「この振動に一定のリズムが重要で、この振動に間隔が一定でなかったり、極端に振動の揺れが小さかったりすれば、それはあの巨大な物体が複数動き回っていることが想定することができる。ということは?」
教師が授業中に生徒へ投げかける様に質問を康義は投げかけた。投げかけられた質問に答えようと言葉を返す司。
「わかった。一体だ」
「ああ。その通りだ。先ほどこちらに攻撃をしていたものどうかかは分からないが、この周辺にいるあいつは一体のみだというのが断言できる」
康義を除く四人は、その言葉を受けて納得した表情を浮かべる。
「父ちゃん。そうだとしてもこれからどうするの?」
「さっきも言った通り、このままここに居ても、もう一方の出口を破壊され閉じ込められてしまえば、どうしようもなくなってしまう。だから、入口を破壊される前にこのトンネルを脱出しなければならない。幸いなことに外で活動している数は一体だと判明しているから、あの一体の気を逸らすことさえできれば脱出するチャンスがあるはずだ」
その説明に話の筋道は理解はできる。しかし、あの巨人兵を回避する手段が、康義以外は見えてはこなかった。
「父さん。言っていることはわかる。けれど、どうやってあいつの気を逸らすことができるの? どうすればこのトンネルを脱出することができるっていうの?」
テキパキと説明する康義に対し、その場に居た他の四人を代表して恵が共通して頭に浮かんでいた疑問を投げかけた。
「確かにこの状況からこのままで抜け出すのは難しい。近くに水も川もない。けれども、思い出してほしい点がある。司があいつの攻撃から直撃を免れた時のことを」
その言葉に司は自分を土埃で汚れで包まれた右手で指差し”へっ!?”という理解が追いつていないような表情をしていた。
「俺?」
「そう」
「司が攻撃の直撃から免れた時。あの時、どうだったかしら?」
恵の脳裏には司が巨人兵から強烈な熱線から免れた映像が瞬間的に映っていた。それは、他の司・さゆみ・雪も同じ映像が脳裏に流れた。
「司が攻撃を免れたということしかわからないけど」
脳裏に浮かんだあのシーンを振り返り、自分なりに分析したさゆみは感想を言葉にし、皆に分析結果を伝える。
「その通り。司は攻撃を免れた。では、なぜ司は攻撃を免れた?」
「司くんが攻撃を免れた理由」
雪が康義の問いを復唱し、その理由を脳裏に当時の映像を何度も何度もリフレインさせながら探していた。脳裏に映し出されるものには、棒立ちしていた司の近くを巨人兵が放つ熱線が通過し、赤色と黒色と混ざり周囲を照らす程の大きな爆発が起こり、司の身体を吹き飛ばし、そのまま浮遊をし続るが、数秒後には雑草で覆われた斜面に打ち付けられ、四人の足元にまで転がる司の姿が再生される。
「確かにあいつの攻撃が直撃していない。いや、してないんじゃなくて、しなかったということ」
自信を持って答える司。
「そう。まさにその通りだ」
その言葉に頷く康義。
当時、自分に降りかかったことを司は思い返す。確かにあの時、眼前に広がるあまりにも酷い状況にただただ呆然としていた状態だった。そんな状態にあったのだが、司に巨人の攻撃は直撃しなかった。全くと言ってもいいほどかすりもしなかった。
「でも、どうして」
恵はその理由が未だ把握できていない状況を言葉にする。
「認識していると思うけど。あいつによる初回の襲撃から、我々は逃れることができた。それはあいつが我々の体温を水で下げたから、あいつが我々を見つけることができなかった。それは、実際にあいつと遭遇した時に照明できたと思う。ただ、その際にもう一つの疑問があの時に生まれていた」
「もう一つの疑問」
康義の質問がさゆみの芯を捉えることができず、消化不十分なのが表情にあからさまな様子で表れる。
「そう。それがさっき挙げた司の話だ。なぜ、あの時、司は攻撃を免れることができたのかということ。そして、俺の中である一つの仮定が浮かび上がった」
「一つの仮定とはなんです?」
雪も詰め寄るかの勢いで言葉を返す。
「それは、あいつらの検知する温度の範囲に下限が存在したと同じ考え方で、上限も存在するんじゃないかという仮定だ。もし、この仮定が事実だとすれば、司が生還できた一番の要因だったんじゃないかと思う」
「でも、父さん。それをどうやって証明するの?」
「実はもう照明されているんだ」
「父ちゃん。もしかしてさっきの襲撃」
「司の言う通りさっきの襲撃が証明と言ってもいい。あいつらは先制攻撃か、動きの遅いものへの攻撃が得意で、移動してるものや自分達の持っている検知の範囲外への攻撃は、得意ではないということ」
「確かにおじさんが言っている通り、三回目の襲撃時に先にこちらがあいつの存在に気が付いて動いたのはあったけど、それだけじゃ私たちが逃げ切ることができなかったと思います」
「そう。あの時に確かに逃げ切る要因はあった。それが、あいつ自身の攻撃による爆発による高熱それだ。爆発で生まれた熱が、あいつ自身の熱を感知する範囲から外れて、攻撃も外れたということだ。ただ、水とは違い、時折、あいつの感知範囲の温度に我々の体温が反応してこちらへの攻撃を続けたということだろう。だから、的外れな攻撃になっていたんだ」
「康義さんが言うように私たちを攻撃するけど、全部の攻撃が私たちを追うような攻撃ばかりだった。もし、あいつが先回りをする攻撃を行っていたら私たちは生きていないかもしれなかったわね」
「でも、父ちゃん。あいつはなんでそんなにガバガバな攻撃なんだろう」
「司の言う通りではある。だが、なぜそういった理由があるのかはわからない」
「父さん。あいつらは人類を全滅が目的なんじゃないの?」
恵や司の質問になんとも顔いろな渋い表情を康義浮かべている。
「それは分からない。やつらに合理性なんてものは持ち合わせてはいない。ただ何かの目的を達成しようとただただ黙々と作業を続けているにすぎないんだ」
「目的」
雪は色んなことを脳裏に思い浮かべながら静かに呟いた。
「父さん。ところで、さっきこのトンネルから脱出するって言っていたけど、今まで話していたこととどう関連するの? どうやってトンネルから脱出するの?」
恵は康義にこの場からの脱出方法案を確認した。すると、康義は目の前に零れ落ちるガソリンの油黙りだった。まるで自己主張するかのように黒光りする油溜り。
「ガソリン?」
「そう。ガソリン」
「康義さん。ガソリンってこのトンネルを燃やそうというの?」
「父ちゃん。そんなことしたら俺達も死んじゃうよ」
「司。そうじゃない。物資を回収したときのものがあるだろ?」
康義はそういいながら背中に担いでいたバックを親指で指さした。
「バック? もしかして火炎瓶?」
「そう、火炎瓶を作る」
「でも、おじさん。火炎瓶であいつを傷つけることができるのですか?」
「真田さん。火炎瓶を使う目的が違うよ。当然、自衛隊が攻撃をしても傷つかなかったあいつに攻撃をしても傷つくなんて考えられない。でも、さっきも言った通り、あいつのセンサーをごまかすことができる」
「まあ」
康義の筋の通った説明に頷く司。
「作った火炎瓶を自分たちが逃げる付近に投げつける。割れた火炎瓶は燃え上がる。炎が燃え上がっているタイミングで、逃げる方向に走っていく。あいつは攻撃をするが、炎の影響で狙いがぶれるはずだ。逃げた先で隠れ、また同じ動きを繰り返し逃げる」
「父さん待って。それって現状から言えば、その可能性は確かに高いけど、高いだけで確定ではないよね。だとすれば結構ギャンブルじゃない?」
「雪の言う通りこの方法はギャンブルだ。ただ、これが本当の狙いじゃない」
「康義さん。どういうことですか?」
「火炎瓶を使ってトンネルを飛び出すのはおとりだ。この五人の内、一人が最初にトンネルを飛び出し逃げる。そうなると当然、あいつはおとりを追うことになる。あいつがここを離れたら、その隙を見計らってこのトンネルを抜け別方向に逃げる」
「それじゃおとりはどうなるの?」
「上手く逃げるしかない」
康義が一連の計画を説明し追えるとその場に居た誰もが言葉を呑んだ。
巨人兵が奏でる重低音とトンネル揺らす音のみが響く。
「そのおとりは俺がやる」
「おとりは俺がやる」
「康義さん!?」
康義の覚悟を言葉にした時、さゆみは言葉を詰まらせた。
「さゆみ。これが親としての役割だ。それに雪さんの親御さんがこの場に居たとしても、そんな判断をしていたんじゃないかなと思う。今、この場に居る皆を守る洗濯を」
康義の言葉に雪は今にも崩れそうな表情を浮かべている。
「父ちゃん」
「心配するな。また戻ってくるさ。少しの間、頼むぞ」
「わかった」
何かを覚悟する司。康義にはその何年前までは、子どもそのものだったが、どこか大人へと成長しているように感じられた。
「じゃあ、みんな手伝ってくれ」
その号令とともに五人は準備を始めた。




