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22 屋敷の裏手には物置と呼ぶには少し大きな建物がある

 屋敷の裏手には物置と呼ぶには少し大きな建物がある。今までは立ち入りを禁止されていたので中を見たことがなかったから、リオが扉を開けてくれた時はちょっとドキドキした。


「さあ、早く中へ」


 急かされて、急いで飛び込む。

 そこは髪の根本がジリジリするほど不思議な空気で満たされた場所だった。

 天井が光っているおかげで窓がないのにほんのりと明るい。外から見るよりずっと広くて、壁際にグルっとおかれた天井までの棚にはぎっしりと封書が並べられ、床には大小さまざまな箱が所狭しと置かれていた。奥のほうには上の階に続く階段まである。


「こんなにたくさん疚しいものがあるのね」


 呟いたら、隣にいたイーサン様がぶはっと噴き出した。


「なるほど、たしかにこれは『疚しい』ですね」


 棚にむき出しで置いてあるピンクの瓶を一つ取り、くるりと回してすぐに戻す。


「それは?」

「ふふ、媚薬です。少し前に王都で出回ってものすごい問題になったんですよ」

「びっ、びやっ!?」

「ああ、大丈夫ですよ。サムは使わないと思います。それにこれを使ったら犯罪者になります。そういう法を先月サムが作りましたから」


 にこりと笑うイーサン様をリオがちょっと睨んでいる。


「お二人とも、ここでは休めませんので、上に行きます。付いて来てください」


 イーサン様はリオにごめんと言うと、私の背をそっと押して後ろに着いた。


 階段を上がると、オレンジ色の大きな魔法陣があり、すぐわきに書き物ができる程度の机と椅子が二つ並んでいた。机の上にはキャンディーが入った瓶が置かれている。サム様が買うにしては可愛らしい彩の瓶だなあと思っていると、リオが一つどうぞと差し出してきた。


「これは私が用意しました。主はのめり込むと食事を抜くので」


 なるほど、リオの趣味なのか。

 一つもらって口に含むと、甘酸っぱいイチゴの味で満たされる。横でコロコロと飴を口の中で転がしているイーサン様と共に椅子に座ると、背中が急にざわっとした。何と言うか、背中の薄い膜を一枚べりっとはがされるような気持ち悪さにくらりとする。


「ちょっとごめんなさい」


 私の背中に大きな手が乗せられた。サム様はがっちりとした体格をしているが、イーサン様はどちらかと言ったら細身だ。私よりも頭二つ分くらい背が高くて、とても綺麗な顔をしている。

 きっとモテるんだろうな、と思っていると、ふんわりと暖かな水のようなものが体に入り込んで気持ち悪い何かを流す感じがした。


「まったく、本当にあいつは執念深いと言うかなんというか」


 嫌そうな顔をして指先で何かをつまみ上げる。


「光霊様、申し訳ないのですが、これを頼みます」

『心得た』


 私の周りでフワフワしていた光が男性の形を取ると、その手でイーサン様の手にある何かをつかんだ。ちょっと光が強くなり、くちゃくちゃになって消える。


「それは?」

「サムが気づかないように隠してあったんですね。自分が来たら発動するようにしてるなんて、ストーカーもいいとこです」


 イーサン様はもう一度私の背中をさする。それだけで水で流したようなさっぱり感があり、何かが流れ落ちたのがわかった。


 口の中の飴が溶けてなくなるに従って、私の心も落ち着いた。サム様がつけてくれた印もあるし、護ってくれる方々もいる。こんなに恵まれているのに怖い怖いと逃げるのはダメだ。

 怖くて震えが止まらなくなるとは思ったが、覚悟を決める。


「イーサン様、あの人のことを教えてください」


 頭を下げると、イーサン様は少し困った顔をし、リオと光霊さんを交互に見た。だが二人も同じように知りたがっていて、私が望むならと後押ししてくれる。それで私は精霊たちが私のために聞かなかっただけだと知った。改めて守られていると強く感じ、勇気が出る。


「私はあの人に、あそこで口では言いたくないことをたくさんされました。だから、正直なところ知りたくないし、とてもとても怖いんです」

「……」

「でも、私がこんなでは皆様に迷惑が掛かりますし、私自身も嫌です。サム様の妻だと胸を張って言えるような私になるために、お力を貸してくれませんか?」


 頭を下げると、イーサン様は困ったと言いながら両手を顔に当てた。


「私が話すとただの悪口になりますからねえ」

「悪口、ですか?」

「ええ。実は私、あいつのことが大っ嫌いなんですよ。そりゃもう、生理的に受け付けないタイプです。一言で言うと、笑顔が気持ち悪い」


 悪口。大っ嫌い。生理的に受け付けない。笑顔が気持ち悪い。


「ヒドイ……」


 あんまりな言葉に、対象が自分を苦しめた男だとわかっていても笑ってしまった。




 それから、イーサン様はその男、ケント=ボールトマンのことを教えてくれた。


「あの男は私やテレンスたちとは学院時代から、サムとは魔法大学の同期です。もっとも、そういう同期は20人くらいいるんですがね」


 ケントはサム様が留学から戻ってくるまで、天才の名をほしいままにしていたそうだ。

 大学に入る前、10代の子どもたちが通う学院と呼ばれる教育施設では常に試験の成績は一番。頭がいいのを鼻にかける嫌なガキだったという。


「とにかく子どものころから人を見下すような発言ばかりする奴で、当時から小さかったリンジーはよく弄られてました」


 魔力はさほど多くないので実技はそこまで振るわないがそれでも5本の指に入るほどの使い手だった。イーサン様によると『小狡いやり方で魔力を節約し、見栄えの良い結果が残るようにしていた』らしい。市井の手品師がよく使う手だそうだ。それでも学院では有効で、結果に残ったところはすごいと思う。

 学院を首席で卒業し、魔法大学にも奨学生として入ったケントは、当然入学式での代表挨拶は自分のはずだと思い込んでいた。

 ところが。


「代表はサムだったんです」


 代表が自分でないと知ったときのケントの顔は見ものだった、とイーサン様は意地悪な笑みを浮かべた。


 サム様は国の宰相であるウィンバリー公爵の三男という肩書を除いても優秀な生徒だった。自分たちより10歳年上で、他国を点々と10年もの間留学して各国で認められた元留学生。年の差だけでも近寄りがたいのに、火・水・風・土の4属性を持ち、柔軟で広く太い魔力道を持つため魔力の量は桁違い。魔力過多一歩手前の強力な魔力を保持している上に、それを使いこなすことができるという、まさに別格の存在だったという。


「まあでも、あの性格でしょう? 最初は近寄りがたいなあと思っていた私たちもすぐに親しく会話する仲になりました」


 自分を遠巻きにする同期に気さくに挨拶をし、進んで会話の輪に入る。人の話をよく聞き、わからないときは質問をし、自分のこともあけっぴろげに話し、義理堅いサム様に、一人また一人と近づく者が増え、気づけばクラスに溶け込んでいたそうだ。

 また、サム様は意外にも(というか納得というか)よく凹んで落ち込んでいたらしい。

 グループ学習では率先して取り組むも失敗をして凹み、女性の甘言に踊らされて凹み、変なことを言ったと凹み、騙されて凹み。そんなところも周囲に親しまれる要因ではあったとのこと。


 だが、もちろん全員がサム様と親しくなったわけではなかった。


「一番はケントでしょうね。奴は自分が一番だと思っていたので、テストの結果が出るたびに歯噛みしてましたよ」


 魔法大学は試験の結果を廊下に貼る。生徒たちに成績を知らしめることで下位の者に奮起を、ということらしい。

 留学生だったサム様は当然のようにすべての試験で満点を取っていたそうだ。さすがサム様。

 ケントは倫理と魔法実技以外はすべて満点だったとイーサン様は言った。


「あいつは『文明を壊して再構築する魔法』が一番だと常に言っていました。魔法大学で教えている『人の役に立つ魔法』などきれいごとだとも言ってましたね」

「『文明を壊して再構築する魔法』ですか?」

「ええ。奴は『文明が完成すれば国は亡びる。もっと上を目指すためには完成してはいけない。完成したものは叩き壊すべきだ』と口癖のように言ってまして、何人か似たタイプの男が賛同してました。もっとも卒業後は信奉者たちからも見捨てられたようです。そんなことを言う魔術師は宮廷には不向きですから、魔術師として働けなくなると思ったのでしょうね。ケントは一時期宮廷で働いていましたが、それも成績が優秀だったから雇われただけで、不祥事を起こしてすぐに首になりましたよ」

「不祥事?」

「奴は宮廷図書館の奥で鍵付きの部屋に置かれている禁書を持ち去ろうとしたのです。そしてその本にあったのが、サンドラ嬢、貴女を苦しめた魔力搾取の方法だったのですよ」


 魔力搾取。ああ、あれはそういう名前がついていたのか。

 私が体を震わせると、リオがそっと肩に手を乗せた。肩から優しいぬくもりが伝わってきて心が落ち着く。


「大丈夫です。続けてください」


 心配そうに見つめるイーサン様に頷くと、ため息をつかれてしまった。それでも優しいまなざしは労わるように私を包んでくれる。


「辛くなったらやめますからね」

「はい」


 私の声に、イーサン様は優しく微笑んでくれた。


「実はサンドラ嬢が眠っている間に、リンジーとサムが何度かテイナに飛んで現地調査をしています。私も持ち帰ったものをサムと調べました。サムは禁書を暗記するくらい読み込んで、貴女に使われた装置の解析し、復元にも成功しています。たぶん自分で実験もしたでしょうね。私が読んだ報告書には対応策までしっかりと書かれていましたから」


 魔力を吸い上げられていた時の苦しさと喪失感を思い出す。私が知らないところでサム様がそんなことをしていたなんてと思うと、心がぎゅっと痛んだ。


「ですからそちらの件で貴女を苦しめることはありません、というか私たちがさせません。安心してください」

「……、あの装置を着けた時、あの人は『私が苦痛や恐怖を感じると吸い上げる魔力の量が増える』と言ってました。最初は殴ったり踏まれたり蹴られたりするだけでしたが、そのうち、私の服を剥いで体を」

「サンドラ嬢」


 イーサン様の大きな手が私の背を柔らかく叩く。


「その情報はサムに話してあげてください。私が先に知るときっと凹みますから」


 その言葉に、ポロリと涙が落ちた。


「貴女は何も悪くないのです。魔物に噛まれただけです。気にしなくていい」

「……、魔物に噛まれたら死んじゃいます」

「大丈夫です。息があれば私が完全回復させてあげますよ。心配無用です」


 にっこりするイーサン様だけど、それはそれで怖い気がする。

 ふふ、と笑うと、イーサン様はほっとした顔になった。


「それにしても奴は碌なことをしない。だから私は大嫌いなんですよ」

「そうなんですね」

「学院生の時からそうです。私はこう見えて伯爵家の四男でしてね。奴はボールトマン子爵家の妾の子で、正妻の子よりも魔力も学力も上だったためか、正妻の子である令息たちをひどく見下していました。正妻の子だからと偉そうにするなとよく言ってましたね。それでよくケンカもしていました。私は関わりたくなかったので無視していましたが、絡んできたときはちゃんと対応してあげましたよ」


 微笑む目がなんだか怖い。何をしたのか聞きたかったけど、怖くて聞けなかった。


「まあそれが根底にあるから『文明を壊して再構築する魔法』などを信奉したのだと思うのですが、私はそんなのきれいごとだと思っています」

「きれい事?」

「ええ。だって、その魔法を使えば自分も壊して再構築されるでしょう? 今の自分が嫌だから再構築したい、ただそれだけの浅い思想です。今の自分に満足しているなら出てこない発想ですし、今をきちんと生きるつもりなら破壊しようなんて思いません。まともに研究してそういう魔法を探していた執念は立派だと思いますが、自分の役にしか立たないのではただのナルシストでしかありませんよ。まったく、気持ちが悪い」


 そう言えばイーサン様は宮廷魔術師なのに大神官から直々にスカウトが来るほどの治療魔法の達人だと聞いた。それで私の治療にもあたってくれたとも聞く。運び込まれた時はすぐに死んでしまうと思われた私をここまで回復させてくれたのはイーサン様だ。他の癒し手はケガは治せても病を治療するのは難しいそうだが、イーサン様はすべてを癒せるのだという。まさに人のための魔法を使う人だと思う。

 そういう人から見れば、ただ傷つけるだけの存在であるケントが大嫌いで気持ち悪いのは納得だ。


「それにね、あいつはサムに執着しているのです」

「え? サム様に、ですか?」

「執着、では生温いかもしれません。そこに愛があるのではと思うほど、奴はサムにこだわっています」

「愛……」

「越えられない壁、という存在のサムは嫉妬と羨望の対象なんでしょう。またサムが下手に構うから……」

「構う……」

「難問を持って絡んでくれば矛盾点を丁寧に指摘して励まし、ともに一位だったなと笑顔でほめ、実技の下手なところはアドバイスをしたりね。サムは奴の思想は問題があるかもしれないがそれはあくまでも個人の自由だし、なによりまじめに勉強する姿は偉いと、その点は認めていました。禁書の件で多大なる迷惑をこうむったときはさすがに怒って関わりたくないと言ってましたが、私たちよりも奴を嫌ってはいないのではと思います」

「嫌ってない……」


 なんだかだんだん腹が立ってきた。


「私のほうが愛しているので問題ないです!」


 思わずぽろりと出た言葉に自分でびっくりする。みるみる真っ赤になる私を、イーサン様だけでなくリオと光霊さんが優しい目で見ていた。うう、恥ずかしい。


「サンドラ嬢をサムが選んだ理由がわかりましたね」


 イーサン様はくすくすと笑いながら、リオにもう一つ飴をもらって口に入れた。


「ああ、甘い。甘いのは幸せです。私は好きですよ」


 それが飴の話ではないことなどすぐわかる。リオが口に飴を押し込んでくるので、そのまま美味しくいただいた。




 サム様たちが物置で待つ私たちのところに来たのは、約束の30分を少し過ぎたころだった。






読んでいただいてありがとうございます。

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