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21 食後、サミュエルはドーラを連れてリビングに移動した

 食後、サミュエルはドーラを連れてリビングに移動した。

 リオが全員分の茶を淹れ、今日の動きの確認をする。明後日までの一連の流れは親友たちに話をしてあるため質問などはなかったが、新たにできた問題をいかに回避・対応するかが悩ましい、とサミュエルは思っていた。


 だがなによりもまず、どうしてもしたいことをするために決意を固める。


「まず最初にこれを皆に頼みたい」


 サミュエルは王にもらった結婚証明書を出すと、さらさらと自分の名前を書いた。うん、と頷いた後、ドーラに渡す。


「これは?」

「陛下がくれた結婚証明書だよ。これに結婚をする当人たちと立会人の名前を書き、光の神の神殿に提出して祝福を受けると、結婚が認められる」

「そうなんですね。初めて知りました」

「というわけで、ドーラ、ここに、こ、こここに、な、なま、名前を……」

「あ、はっ、はいっ!!」


 どもりながらペンを差し出すサミュエルと真っ赤になってそれを受け取るドーラを、三人の親友と精霊たちは生暖かいまなざしで見守った。


「ドーラ様。うちのヘタレ主をよろしくお願いします」


 珍しくリオが感情のこもった目をしている。表情が出にくい家精霊がこんな顔をするのは本当に稀有なことだ。


「ああ、サンドラが結婚してしまう」


 テレンスがため息交じりにに呟く。自分の子どもたちが結婚するときことを想像したのかぐすんと鼻を啜ってイーサンに笑われていた。

 その横ではリンジーが大きな目をくりくりとさせてドーラに向ける。


「ドーラちゃん、出会ってすぐに結婚なんてもったいなくない? 男はサムだけじゃないよ?」


 付き合う女性は多いが結婚まで遊びたいタイプのリンジーからすると、体が癒えてすぐに結婚、しかもまだ16歳、という部分が大変引っかかるらしい。


「その点は私も同感ですねえ。もう少しゆっくり付き合ってもいいのではないですか? サンドラ嬢はやっと体が癒えたばかり。まだ私の手が必要なのですから」


 イーサンも同様の意見だと口にしているが、表情は対照的で、ただ揶揄っているだけだった。要は『サム、待ちきれないんだな。このロリコン』と言いたいのをドーラの前なので控えているだけなのだ。もちろん、ドーラ以外の全員がわかっている。


 そんな中、ドーラは名前の途中で止まっていた。もしや結婚に戸惑いが、揶揄いすぎたかも、と全員が息を飲み、サミュエルは青くなる。しばらくして、ドーラは困惑した顔を上げた。


「どうしてもこれ以上、書けなくて」


 震える手の下にはサンドラ以降の文字がない。どうしてもテイナと書けないと肩を落として呟く姿に、その場の人々は彼女が抱えている傷の深さを思い知った。

 サミュエルがそっとドーラの手の上に自分の手を重ねる。


「一緒に書くよ。大丈夫、これが最初で最後だ」

「うん……」

「古い名前はここに捨てて行こう。これからはサンドラ=ウィンバリーになるんだからね」


 言いながら、頭にキスを落とす。

 サンドラはサミュエルの顔をじっと見ると、安心したようにふんわりと微笑んだ。そしてゆっくり頷くと、二人で『テイナ』と書く。


 軽口を叩いた三人の親友はドーラにごめんねと謝罪をし、立会人のところにそれぞれ署名した。

 インクが乾くまで、サミュエルはとても嬉しそうに眦を下げ、しみじみとし嬉しそうに深呼吸をしながらそれを見ていた。乾くと同時に降りたたんで懐にしまう。


「ありがとう、ドーラ」


 嬉しそうなサミュエルがドーラを抱きしめるのと同時に、その場の全員が温かな拍手を送った。


「これを明日神殿に提出したら、ドーラちゃんは本当にサムの嫁になるんだねえ」


 リンジーがしみじみと言う。

 その横で、テレンスが不思議そうに首を斜めにした。


「ふと思ったんだけどな、サム」

「なんだ?」

「お前にしては珍しく急いてないか? 今日、これから火霊のところに行くのは陛下にサンドラを火の精霊に会わせるよう言われたからって話だが、いつものサムだったら『ドーラの体調が』とか言って引き延ばすだろ?」

「ああ、そのことか」


 サミュエルが答えようとすると、遮るように光霊が口を挟んだ。


『ただ結婚の立会人にしたいだけだろう? 我と火霊の加護があれば、なんだか言う奴に対抗できると思うたというところか?』


 対抗、のところでドーラの顔色が悪くなった。それが誰を指しているのか推測したのだろう。ソファに預けた体をカタカタと震わせる。

 光霊は失言に気づかないようで、話を進めていた。


『まあ、あのような程度の低い魔術師、我だけでも十分に対抗できる。先ほどもそこに来ていたのを適当に投げておいたぞ』

「え?」

『戻ったとき、何やらおかしな気配がしたのでな。家に入る前に見てきた。見つけたとか言いながらこそこそと結界にひびを入れている輩がいたのでなあ、光の神の逆鱗を使ってやった。これでしばらくは夜道で体が光る。どこにいても本が読める体になったので便利にしてやっただけやもしれぬがな』


 はははは、と笑う姿を見て、その場の男たちはこれが精霊ジョークかと思った。


 だが、ドーラは今の言葉で来ていたのが自分を弄んでいた男だと確信してしまった。リオに守られた魔法伯の屋敷に手を出すような魔術師はあの男しか思いつかない。こんなところまで追いかけてきたのだと思うと恐怖で震えが止まらなくなり、過呼吸になってイーサンに手当てをされる。


 リオに睨まれた光霊はやっと失態に気づき、謝った後、自らの光でドーラを癒した。イーサンと光霊に手当てされて過呼吸は収まったが、ドーラの体はカタカタと音を立てて震えている。


「イーサン、光霊さん、少しだけドーラを頼む」


 サミュエルは目を閉じてしばらく沈黙した。何かを探るようにゆっくりと体を回したのち、苦笑しながら目を開ける。


「すまん、俺が甘かった。追い出してくれてありがとう。助かったよ。それにしてもずいぶん遠くに飛ばしたんだな。町外れからすごい勢いでこっちに向かってきてるぞ。今までは気配を消していたんだろうに、怒ってるのか興奮しているから、ちょっと探っただけで奴の存在が手に取るようにわかる」


 誰が、とは言わずにサミュエルは大きく手を振って指先で模様を描いた。バリンと音がして光の粒が部屋中を舞う。それだけで魔法伯の屋敷に張られていた結界が一時的にすべて解除された。もう一度、大きく手を振ると、空気が全部入れ替わったような清々しい気が敷地を包み、隅々まで浄化される。


「それに、見落としがあったのが今の言葉でわかった。テレンス、リオ、頼む。張り直してくれ」

「あいよ」

「はい」


 テレンスが眉を寄せて小さく呟きながら手を差し出すと、リオがその指先をつかんで家周りの結界を張り直した。薄い膜のような光がリオの手のひらから外に向かって広がっていく。


「リオ、確定条件追加してくれ。ドーラの魔力は敷地内もしくは俺と一緒にいるときの許可するが、単独で外から来るのは許可しない。急ぎで頼む」

「主、それは?」

「ケントの奴、ドーラの魔力を持ち帰ってたらしい。それを使って結界に穴を開けようとしたんだろう。あいつの魔力だけじゃこの家の結界に手だしできないが、ドーラのなら有効だ。なんせドーラはリオに許可を得ているから」

「サンドラの魔力、ああ、テイナで引き出してたやつか?」

「ああ。見てないから確証はないが、ケントのことだ。魔石かなんかに詰めて隠し持ってたんだろうな。結界にひびが入ったってことは、リオに許可されてる魔力を得ているってことだ。ドーラの魔力をまとっていたら、お前らみたいに普通に結界を抜けられる」

「承りました、主」


 リオの服と同じ暗い赤の光が雫のように空間に落ちて広がった。目には見えないし、体感もできないが、強力な力で守られているのだけはわかる。


 それでもドーラはひたすら怯えて縮こまった。痛みと苦しみを与える存在は16歳の少女にとって恐怖以外の何物でもない。

 昨夜、少し話が出ただけで魔力を暴走させそうになったほど怯えたドーラの姿を思い出すとサミュエルの心は痛んだ。小さな体を腕で囲い、柔らかく宥めるように何度も何度もキスを重ねる。


「まだドーラには知られたくなかったんだがなあ」


 サミュエルのため息に、光霊はしょんぼりし、小さくなった。小さな光の玉にまでなってしまった光霊をリンジーが捕まえる間、サミュエルはずっとドーラを抱きしめていた。


「怖くないよ。今は俺が、いや、俺たちが君の側にいる」

「……、でも、私、あの人に、痛い、い、いた、い、だけじゃ、なく、たっ、たくさっ、さっ、触られ……」


 両手で顔を覆って震えるドーラの頭にサミュエルは何度もキスを落とした。落ち着くまで大丈夫と耳元で囁き続ける。やがてドーラがゆっくりと顔を上げると、鼻の頭と唇にちょんちょんとキスをしてにっこりと笑った。


「こんな風に触った?」

「ん、ううん……」

「大丈夫。なんなら俺がもっと触る。心配いらない」


 ドーラの白い首筋に口をつけて強めに吸い、赤い印をつける。ひそかに強い守りの魔法も入れてみた。ドーラに悪意ある魔法が襲うと一度だけ反射する、そんな術。


「とりあえず一つだけど俺のって印だよ。あいつはこんなことしなかったろ?」


 チクリとした痛みに小さく悲鳴をあげたドーラは、そこに所有印をつけられたことを知って真っ赤になり、サミュエルの胸に顔を埋めた。驚きと恥ずかしさでピタリと震えが止まる。


「こ、こんな、見えるところにぃ」

「ふふふ、ドーラは誰にも渡さん! 次は見えないところにもたくさんつけるから覚悟してくれ」

「……、バカぁ」


 ううう、と呻きながら胸を拳で叩くドーラが可愛くて、サミュエルの頬は緩みっぱなしだ。


「おー。サムったら童貞の癖にやるなあ」

「そうですか? 気障で逆に童貞臭いような」

「まあいいじゃないか。童貞に見栄張らせてやれよ」

「童貞言うな! お前ら、あとで憶えとけ」


 友人に揶揄われ、リオに生暖かい目で見つめられて、ふてくされるサミュエルだが、その目はドーラに対する愛情で溢れていた。サミュエルの三人の親友たちも温かい目でドーラを見ている。

 申し訳なさそうにくるくる回っている光霊がドーラの手の中に落ちてきた。それをそっと抱えると、大きく数回深呼吸をした。


「皆様ありがとうございます」


 ぺこり、とお辞儀をする。それから光霊をそっと撫で、これからもよろしくお願いしますと言うと、サミュエルの手をきゅっと握った。


「取り乱してごめんなさい。でも、たくさん嫌なことをされたのをときどき思い出してしまって、まだ怖いんです」


 握った手に力がこもる。


「でも、皆様がいてくださるので、頑張ります。あの人を見たら、怖くてまた震えちゃうと思うから、見ないようにします。だから、だからあの人が来たら、やっつけてくださいねっ」


 必死で恐怖を押さえているのに、周りを笑わせようと言葉を選んだドーラに、サミュエルと三人の親友たちはもちろんと力強く応えた。


「任せて下さい、ドーラ様。新しい女主のことは私が守ります」


 リオがにこりと微笑んでそう言ったのと、何かが屋敷を覆う結界に阻まれて弾かれたのはほぼ同時だった。




 ガツンガツン! と何かがぶつかるような音がして、家の中の空気が揺らぐ。


「やれやれ、今日はお前ら以外の来客予定はないんだがな」


 サミュエルが目配せをすると、テレンスは小さく指を動かして窓の外に指先を向けた。それだけで音は止んだが、今度はギャンギャンと騒ぐ声が届く。幸いなことに何を言っているのかわからないが、その声でドーラの体はカチンと固まった。その耳にサミュエルがちゅちゅっとキスを落とす。


「嫌な音は聞かなくていい」


 外からの音だけを遮断すると、続けて目の上にも同じようにキスをして特定の人物を今だけ映さないようにした。どちらも1時間で効果が消えるよう指定する。それは同時にその時間内の始末をつけるということだ。

 サミュエルは手早く全員を集めると、指先に魔力を集めてリオ以外の全員の額に触れた。


「リオ、ドーラとイーサンと光霊さんを連れて先に物置で待っててくれ。テレンスとリンジーは俺と来い」

「おうよ」

「りょーかい」

「30分で合流する。暇だろうが物置のモノには手を出すなよ。そこではリオに従ってくれ」

「はい」

「わかりました」

『我はそちらでなくてよいのか?』

「光霊さんが来てくれたら頼もしいが、ドーラの守りを強くしたい。俺の命より大事な人を頼む」

『ふふふ、いい答えだ。任せておけ』


 光霊が丸い光になってドーラを包む。強張っていたドーラの表情が柔らかくなり、ゆっくりと顔を上げると、サミュエルはその唇に触れるだけのキスをした。


「それじゃ、ちょっと行ってくるよ、ドーラ」


 皆がいる場所でのキスにドーラは顔を真っ赤にし、ただコクコクと頷いた。


 それからすぐ、リオはドーラたちを連れて火の結界石のある小屋への転送陣につながる物置に向かった。

 物置は屋敷とつながっていないので一度庭に出る必要があるが、屋敷の裏手なので表で騒いでいるケントに見つかることはほぼない。さらに先ほどテレンスとリオが結界を強化したので、外から中を見るのは二人以上の魔力を持つ者にしかできないので安心だ。


「それじゃ、俺たちも行くか」


 サミュエルはめんどくさいと嘆く二人を連れて玄関を開けた。






読んでいただいてありがとうございます。

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