20 サム様がお仕事に向かわれた後、光霊さんも神様のところにいったん戻ると言って出ていったので、私はリオと二人で片づけをした
サム様がお仕事に向かわれた後、光霊さんも神様のところにいったん戻ると言って出ていったので、私はリオと二人で片づけをした。とはいえサム様の格好良さに当てられてフワフワしているため、リオが入れてくれたお茶を飲みながらぼーっとしているだけなんだけど。
サム様が、プロポーズ、してくれた。
抱きしめてくれた腕の力を思い出して幸せな気持ちになる。少し前まで、誰かに触られることが怖くて仕方なかったときには考えれられなかったことだ。
『ドーラ、俺の半身、俺のすべて。これから先もずっと、共にいてほしいので、結婚してください』
真剣な顔で私を見上げていた金色の瞳は今まで見たどんな光よりも素敵だった。
あの瞳と唇にドロドロに溶かされそうだった昨夜を思い出すと、自然と頬に熱が集まってくる。あんなに素敵な大人の男性が私のことなんかを好きでいてくれるなんて。信じがたいことだけど、事実なのだ。
はふ、と口を丸くして息を吐くと、ちょうど皿をしまい終わったリオが珍しくにこりと笑った。
「ドーラ様がこの家の女主になるのは私も嬉しい」
「お、女主!?」
「そうですよ。主と添うのですから、ここに住むことになるでしょう? 久しぶりに子供の声が聞けそうで私は嬉しい」
そう言うと、リオは私に向かってとても丁寧に頭を下げた。
「ドーラ様、主のことを頼みます。あの人は年だけを重ねたヘタレですが、素晴らしくいい男です。私はこの家の精霊になって500年になりますが、今の主はこの家を最初に建てたポポロ様と同じくらいよい魔法伯だと思います」
リオがサム様を手放しで褒めている。リオはお世辞を言わない代わりに自分が思ったことしか言わない、と以前サム様が言っていた。だから私のことを可愛いと褒めてくれるのはリオの本心なんだよとあの時は続いてとても嬉しかった。もっとも、その後サム様はリオに『あなたも可愛いですよ』と言われて唇を尖らせていたけれど。
そんなことをふと思い出していたら、リオは私の隣に座り、ちょっとだけおしゃべりしましょうと言いながら、サム様と出会った日のことを教えてくれた。
リオがサム様に出会ったのは偶然だったそうだ。
10年前のその日、リオは名ばかりの魔法伯ではなくきちんと地脈を管理できる者をよこせと、王城に伝えたところだった。いい加減、乱れた地脈によって家の中が荒れていくのに我慢ができなくなっていたのだ。
それならばここを離れればと思うかもしれないが、リオは家に縛られている家精霊なので、離れることは死を意味する。まあ別に生に執着していたわけではないのでそれはそれでよいのだが、リオにはここにいなければならない理由があった。
500年前、最初にこの家を建てた初代魔法伯ポポロとの契約だ。
『この家を1000年守ること』
それだけのことなのだが、とてもめんどくさい。
当時、魔法道が通る地脈がいくつかあるこの土地を見込んで王都とした王は、その弟である魔術師に『魔法伯』という新しい爵位を授け、地脈の管理を命じた。他国には魔法伯という爵位がないのはこのためで、最初のころは爵位というよりは宰相や宮廷魔術師長や騎士団長と同じ役職だった。世襲制でなく、魔力や実績などでなるのはこの名残だ。
初代の魔法伯ポポロは地脈を地図にして把握し、王都開拓のために尽力した。
その際、ここにある地脈だけ、魔力が地上に出やすくなっているのを発見。その魔力によって生じたのがリオだ。
当時のリオは精霊ではなく、地脈から溢れる魔力が形になっただけの塊で、自我すらない存在だった。ただの力は奔放で、開拓する人々にとっては畏怖する存在だったので、この地区だけしばらく手付かずだったそうだ。
始めのころはそれでもよかったのだが、王都が発展するに従い、城に近いこの地区の開拓が迫られるようになる。
ポポロは開拓が進まない原因を調査し、やがてリオの存在を知った。
リオ、まだ名もない力の塊には善悪の区別どころか生き物の判別すらできなかったので、意思の疎通は極めて困難だった。人でいったら生まれたての赤ん坊のような存在だったのだろう。
そこで、ポポロは自身の魔法で疑似人格を作り、力の塊に融合させ、名をつけて意思の疎通を図った。
その時にできたのがリオで、リオによってようやく、この土地の溢れ出る魔力を抑えるために有効な方法が、魔力過多に近いほど広い魔力道を持つ者に溢れ出た魔力を取り込んで消費させることだと知った。
そこで、ポポロはこの土地に家を建てて他者の侵入を禁じ、リオを家精霊として契約で縛り付けたのだ。
「まあそんなわけで私が生まれたのですが、最初の主が亡くなった後、次に来た魔法伯はポポロ様の長子でした」
残念ながら、ポポロの息子は魔力道が狭くて魔法の才能がなかった。それを自覚しているが精進することもなく、魔法伯の息子というだけで威張り散らしていたため、リオは早々に腹を立てて追い出してしまっのだと言う。
主がいなくなった建物は荒れ、再び不安定な魔力によって地脈の流れも乱れた。
当時の王はポポロの息子を魔法伯から外し、当時の宮廷魔術師長を新たに任命して屋敷に送り込んだのだが。
「そいつもまた気に障る奴でした。まあ、地脈を整えることはできたので居住の許可を与えましたが、正直今のように一緒に住みたいとは思いませんでしたね」
そんな感じで5人ほど入れ替わりがあったのだが、12年前に当時の魔法伯が亡くなった後、しばらくはリオの眼鏡にかなう人物が現れなかった。
人物的に難があるのならばなんとかなるが、魔力道が基準に達しないのだからお話にならない。
すべての候補者を追い出し、荒れる屋敷や地脈を放置し続けること2年。
「このままでは屋敷が倒壊してしまうなと思っていた矢先のことでした」
その日、サム様は10年間の留学を終えて帰国してから再び学んだ魔法大学を卒業した報告をしに、近隣にあるご友人の家を訪れるところだったそうだ。目的の家はこの屋敷から少し離れた場所にあり、父君であるウィンバリー公爵家ゆかりの方のものだった。
庭にいてサム様を見つけたリオはサム様の魔力に思わず「これだ!」と叫ぶと力任せにサム様を屋敷に引きずり込んだのだと言う。
最初は驚いて抵抗していたサム様だったが、ここが魔法伯の屋敷だと気づくと、すぐに家精霊の仕業だと理解したそうだ。そこですぐに理解できるところがサム様のすごいところだと思う。私だったら混乱して泣いている。
『いつもならばこの道は通らないのだけど、困ったな』
リオに捕まったサム様は眉を下げてで呟いた。
しかし直後にはあっさりと拘束を解き、敷地から出ている。ポポロ以外の今までここに住んだ魔法伯はリオの力に抵抗できなかったのでとても驚いたそうだ。
再び拘束しようとすると、サム様は頭をガシガシと掻きつつ、待っててほしいと頼んできた。
『約束の時間があるから、今はここにいられない。でも戻ってくる。その時に魔力の乱れをできる限り直すよ。話はそのあとで』
じゃっ、と手を振って去っていく姿を、リオは茫然と見送るしかできなかった。敷地の外ではリオの力は微々たるものになる。近くにいれば引きずり込むこともできたのだが、あそこまで離れられてはもう届かない。
人は約束を守らない生き物だと、ここに住んだ人間から学んでいたリオは、せっかくの機会を逃してしまったこと心から悔やんだ。あれだけの人間、そうそう見つからない。どこかにいるのにと思いつつ無駄な時を過ごすのか、そうため息を吐いた。
だが、心配は杞憂だった。
『ごめん、待たせた』
そう言ってサム様が戻ってきたのだ。
ぽかんと口を開けるリオの隣で、サム様はささっと地脈から溢れた力を取り込み、その力を使って荒れた屋敷内をあっという間に修復していったそうだ。途中で数年前に行方不明になっていた使用人が何人も出てきたが、彼らの話を聞いて元の時間軸と場所に戻す離れ業までやってのけて驚いたと言う。そんな離れ業、時の精霊と知り合いでないとできないのではと尋ねたら、大学で学んだ論理を生かせただけで、何とか出来てよかったなどと言って笑っている。
リオはこいつを逃す手はないと心底思った。
そこで、サム様がまだ屋敷内に手を入れている間に王城に連絡し、サミュエル=ウィンバリーを魔法伯にしろと迫った。幸い、サム様が国の宰相であるウィンバリー公爵の三男だったため、あっさりと許可が下りて今に至るのだと言う。
「主は私に無理矢理ここに住まわされていると笑い話にしていますが、このくらいの拘束、主にはあってないようなものなのです。ご自身の役割を理解してくださり、その上でここに住んでくださっています。私にとって、主は初代以来の尊敬する人間です」
そう言って話をまとめたのち、リオはさっと私の手に手を重ねた。
「ドーラ様、私は貴女が主と愛を誓ってくれたことがとても嬉しい。今までこの家にいて初めてのことです。魔法伯は家庭を持つ者もいましたのでもちろん女主も何人もいましたが、私が仕えたいと思う人間は一人もいませんでした」
重なった手をきゅっと握られる。
「でも、ドーラ様には仕えたいと心底思うのです。多すぎるという貴女の魔力はこの真下の地脈のものと相性がいいようで、私にはとても心地よい。もし今の主より早く貴女を見つけたら、私は貴女を魔法伯にしてくれと願ったでしょう」
「それは……」
「わかってます。ドーラ様は私が望んでも断るでしょうね。だけど、ドーラ様一人ではなく、心から愛する方となら? そう思うと、私はとても楽しみなんです」
そっと手を離したリオは私の顔をじっと見つめた。
そして、初めて見るいたずらっぽい目でフフっと笑う。
「それにね。私が言うのもなんですが、うちの主はかなりの好物件ですよ。ヘタレですけど」
リオはもう一度「ヘタレですけど」と言うと、口元に手を当ててにんまりした。
「大事なことなので二回言いました」
リオのサム様への評価が面白い。せっかくサム様の格好いい話を聞いていたのに、思わぬところで可愛らしい姿を見せてもらえて口元が緩む。
「サム様が素晴らしい人だってことはもう知ってるから大丈夫」
私はにっこりと笑ってリオの両手を正面から掴んだ。
「ありがとう、リオ。これからもよろしくお願いします」
そのまま深く頭を下げる。今の私にはこんなことしかできないけれど、リオが私をサム様の妻だと言ってくれるのだから、できるところから頑張りたい。
リオはちょっと固まったのち、私の両手に額をつけて膝をついた。
「ありがとうございます。ふつつかな主ではありますが、末永くよろしくお願いします}
お昼近く、光霊さんが戻ってきてすぐに、サム様がお友達とともに帰ってきた。
知らない方々だったので身が竦んでしまったけど、リオや光霊さんに驚いて飛び上がっている姿が面白くてつい笑ってしまい、緊張が解けた。
サム様が紹介してくれて、私を助けてくださった方々だと知り、お礼を言ったらとても喜んでくれた。中でもイーサン様は死にかけていた私を治療してくれた方で、元気な姿を見られて嬉しいとまで言ってくれて、涙が出てしまう。
「俺のドーラを泣かせるな」
そう言って目元にキスされた時は頭が真っ白くなってしまったけど、嬉しかった。
散々冷やかされて真っ赤になっているサム様はそれでも私を離そうとしない。リオが呆れた視線を向けているけど、私はこの優しい人たちに助けてもらえて本当によかったと心から思い、これから訪れる火の結界ではできることをたくさん頑張ろうと心に誓った。
読んでいただいてありがとうございます。




