19 「というわけで、これから出かけます」
「というわけで、これから出かけます。明日以降は休暇を取りますので、緊急時以外は連絡しないでください」
王の執務室で報告をし、くるりと回って出ていこうとしたら、騎士二人がかりで止められた。
まあそうだろうな、とサミュエルは心の中で舌打ちする。
渋々振り返ると、唇を尖らせた王が顔を真っ赤にした宰相とともにサミュエルを見つめていた。
目で「座れ」と命じられ、仕方なく執務室にあるソファに座る。
「時間がないので手短にお願いします」
「ウィンバリー魔法伯! 陛下に何という口を!」
「よいよい、デニス。こいつは何かしでかす時はいつもこうではないか」
「しかし……」
しでかすとは失礼な、と思ったがもちろん口には出さない。
サミュエルは二人のやり取りは時間の無駄だなと思い、腰を上げかけて睨まれた。今更睨まれたところで怖くもない。
「これから火の結界に向かうのは聞いた。しかしな、サミュエル、なぜそこにサンドラ嬢を連れていくのだ? 明後日試験をするのなら、明後日でよいではないか」
「それはダメです。試験をする前に火の精霊に会わせるのは慣例です。さらに言えばサンドラ嬢には光の精霊の守護があり、常に側におります。結界ができるかできないかはわかりませんが、火の精霊との面通しは必須です」
「しかしな、明日から試験が終わるまで、そなたの友人三人をよこせと言うのもわからぬ。難しいことがあるのか?」
「あの結界周りにはほころびがありますので、試験の最中に問題が起こらないように協力が必要です。その点、テレンスなら腕は確かですし、何かあったときにはリンジーに王宮に飛んでもらえます。このチームで動くなら、回復役はイーサン以外に考えられません」
サミュエルの説明に、宰相が渋い顔をする。
「ウィンバリー魔法伯だけでなく、その三人が同時に不在になるのは……」
「何を言うんだ。テイナ辺境伯の時には4人で出したではないか」
「あ、あれは……」
「今回はその時のきっかけとなった令嬢のための試験だ。その時のメンバーで行くのが一番だと思うが、問題があるのか?」
「うう……」
「それにもし、ケント=ボールトマンが出てきたらめんどくさい。俺は負ける気はないが、あいつはドーラ、もとい、サンドラ嬢をまだあきらめていないだろう。彼女が他国にわたるのはこの国にとって大きな損害だと思うがな」
「……、確かに」
ケント=ボールトマンがテイナ辺境伯領崩壊の原因なのはすでに報告している。奴がこの国の危険人物リストに載っててよかった。
「というわけで、これらは決定事項です。この後、三人に会って、上の者にも許可を取りたいので、早く書類作ってください。頼みましたよ」
「サム!」
立ち上がりかけたのを王に止められた。
サム、と呼ばれるときはたいてい碌な目に遭わない。父上と同世代の王は悪い人間ではないのだが、生まれついて王なので自分みたいな普通の人間の気持ちは理解しづらいのだろうとサミュエルは思う。自分の頭に描けないことは常に否定するので説明するのがいちいちめんどくさい。
「一つ聞くが、サンドラ嬢はもうお前のモノか?」
突然の問いにサミュエルの頬が火照る。
「ええ。もう俺の大事な人ですよ」
赤くなったまま答えると、王はにやありと口元を大きく引き伸ばして笑った。
「すでにお手付きか。ロリコンだな」
「ち、違いますよ! それに彼女は16歳で成人してます」
「お前の年の半分じゃないか。まったく」
王はにやにやと笑いながら、引き出しから出した書類にさらさらとサインしてサミュエルに渡した。
「ほら、これを持っていけ。どうせ明日あたり、光の神の神殿に行くのだろう? 二度手間になるからな」
薄く王家の紋章が入った結婚証明書は神殿で出している一般のものより法的有効性が強い。
ぽかんとして書類と王と宰相を順番に何度も見つめると、二人は同じ苦笑を浮かべていた。そして大きくため息を吐く。
「そなたとサンドラ嬢はこの国にとってなくてはならないものなのだよ。結婚に反対して他国にでも逃げられたらたまらん」
「ウィンバリー魔法伯、貴方があの家に住むようになってから王都は安定しているのです。歴代の魔法伯のときよりずっと治安もいい。魔力が安定して負のエネルギーが王都に溜まらないから、人々も明るくなった。私たちは感謝しているのです」
甘いことを言うが、何か裏がありそうだ。
サミュエルは眉をしかめたが、しっかりと結婚証明書は畳んで懐にしまった。前言撤回など王にはよくあることなので、油断はできない。
「渋い顔をするな、サム」
王はほう、と息を吐いた。
「正直、宰相とお前くらいしかわしの顔色に左右されぬ者がいないんでな。この国で落ち着いて、魔法伯を死ぬまでこなしてくれれば、文句はない」
「いや、そこそこ働いたら引退させてくださいよ」
「それは難しいな。まあ、家精霊がそなたより気に入る家主を見つけたら考えてやってもいい」
リオのご機嫌次第か、とサミュエルは少し安心した。
リオはなんだかんだ言ってサミュエルには親切だし、今後、より強い魔術師が現れればそちらを選ぶだろう。のんびりドーラと生きていければどこでもいいか、と心でのろけたサミュエルだった。
「話はここまでですね。それでは私は一週間ほど休みます。今日はこれで」
思いがけない収穫を手に、立ち上がってお辞儀をする。
「一週間!?」
宰相が奇声を上げたが、気にせずにさっさと執務室を出た。
王は何も言わなかった。結婚するのだから新婚休暇を取るのは当たり前だものな。貴族の中には一か月くらい新婚休暇を取る者だっているのだから、短くてよかったと思っていただこう。
友人三人の職場に寄り(全員王都から離れていたので移動魔法で飛んだ)、事情を説明すると、三人はその場で三日半の休暇を申請した。半端だなと思っていたら、今日の午後からついて来てくれると言う。
三人の職場の上司は突然の休暇申告に眉をひそめたが、サミュエルが陛下が出した結婚証明書を見せて頭を下げたら、納得した。逆に魔法伯が簡単に頭を下げないでくださいよと、呆れ笑いされるサミュエルに、その場の人々が和む。
「さっそく自宅に戻って準備してくる」
そう言って、昼前にはサミュエルの家に行くからとそれぞれ自宅に戻っていった。
家に戻る途中、ちくりと嫌な魔力を感じたサミュエルは、腕に巻いていた紐の一部を切り取り、魔力を込めて息を吹きかけた。
ぱちり、と火花が飛び、家のすぐ近くの草が燃える。
草の燃え残りの近くにはヒト型に切り取られた紙があり、小さく『発見・確認』と書かれていた。
こんなことをするのは一人しかいない。不快感で胃の周りが重たくなる。
サミュエルは肩に下げていた袋の中からペンを取り出し、人型の紙にある『発見・確認』の上に2本の線を引いて、その上の余白に『受取拒否』と書いた。そして自分の魔力を流し、持ち主の元に戻してやる。
こんなことができるのは、一人だけだ。
「ケントには立ち入り許可出してないからな」
魔法伯の屋敷は庭なども含めて家精霊の許可がなければ入れない。無理に入ろうとして別の場所に飛ばされたと言う逸話は数多いし、入ったところでリオにぶっ飛ばされるのがオチだ。
ケントは天才だが、魔力道は並だ。魔道具を使って探知などはできても侵入はできない。リオは道具一つにしても嫌なものは入れない。
「さて、戻ってきた先見の道具、奴はどうするかな?」
少しの黒さを持つ笑みを浮かべて、人型の紙が飛んで行った方角に目を向ける。
場所がわかれば、ケントは毎日でも来るだろう。サミュエルのことは苦手のはずだが、満面の笑顔で遊びに来たとか言いそうだ。目的のためには手段を択ばないのはケントの十八番だった。
だが、来たところで、ドーラを見せる気は全くない。自分の魔力をすべて使っても、あいつをドーラに触れさせることはない。
話し合いで済まないときは、この国に入れないようにテレンスに結界でも張ってもらうかな。
そんなことを考えながら、敷地に入る。
一歩踏み入れた時、背後から友人たちが次々にやってきた。
それぞれ大きな荷物を手に抱えている。いつの間に用意したのか、と目を丸くするサミュエルに、親友たちはニヤリと笑いながら答えた。
「そりゃ、あれだけ挙動不審なら、ねえ?」
「ま、思ってたより遅かったがな」
「ほんと、ヘタレな親友持つと苦労する」
楽しそうに笑う三人が敷地内に入ると、ピコンと音がして扉からリオが顔を出した。
その後ろには小さな可愛い頭が見えている。よかった、無事だった。
サミュエルはにこにこと微笑みながら、小声で三人に言った。
「ケントが来た」
三人の顔が露骨に強張る。
「中には、入れなかったよな?」
「ああ。リオは知らない奴をやすやす侵入させるような家精霊じゃない」
「嬢ちゃんは、見てないか?」
「たぶん」
「じゃあ、私たちも知らないことにしましょう。彼女の前ではケントの話はしないようにね」
「頼む。まだ怯えるんだ」
「わかった。僕らに任せて。女の子を泣かせる男は全部敵!」
「だな!」
「ありがとう。心強いよ」
ドーラにバレないよう、小さく頭を下げたサミュエルに、三人は笑顔を作って頷いた。
その後、すぐにいつもの調子に戻る。
「そういえば、サンドラちゃんが起きてるときに僕たち会えてないんだよね?」
「だよな。親友の嫁にちゃんと挨拶して来いって、うちのにも言われてるんだ」
「私も治療の時くらいですからね。プライベートでもいろいろとお話ししたい」
とりあえず会わせろ! と叫ぶ三人の前に、リオが突然現れた。いきなりのことで驚いて同じタイミングで飛び上がる三人に、家の中から小さく笑い声が漏れる。
「馬鹿なことを言ってないでさっさと入ってください。昼食後、出発しますよ」
そう言うと、リオは現れた時と同じくらい唐突に消え、ドーラの隣に並んで手招きした。
「そういうことだ。まあ、入ってくれ」
サミュエルに招かれて家に入った三人は、光り輝く光霊にも驚いて、やっぱり同じタイミングで飛び上がり、ドーラを笑顔にしたのだった。
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