18 翌朝、目を覚ますとサム様が隣で眠っていた
翌朝、目を覚ますとサム様が隣で眠っていた。
一瞬、状況がわからなくて目が点になったけど、すぐに思い出す。
あの後、私は嬉しさのあまり涙が止まらなくなってしまい、サム様の胸で泣きじゃくった。ただ、そこから先の記憶がない。きっと、そのまま眠ってしまったんだ。
よく見ると、今も右手がサム様のシャツの胸を握っている。そこだけ皺になっているので、私のせいでサム様を自分のベッドに入れてあげられなかったのは一目瞭然。がっしりとした逞しいサム様が、このベッドで、しかも小さいとはいえ私と二人で眠るのはすごく大変だったろう。
「ん、ドーラ、起きたんだ?」
恥ずかしさと申し訳なさで身悶えていたら、サム様が起きてしまった。
私の赤い顔が目に入ったのだろう、綺麗な金色の目が細くなり、柔らかな笑みを作る。
そのまま、サム様は私の額にキスを落とし、肩の下に手を入れて腕の中に閉じ込めた。
「ああ、よかった。夢だったらどうしようと思ったよ」
言いながら、頬と鼻先にチュッチュッと唇を落とし、合わせるだけのキスをする。
朝からこんな上級者の恋はできません! とサム様の胸に顔を押し付けたら、ドキンドキンと大きな鼓動が聞こえた。思わず耳を当ててその音に聞き入ってしまう。
「こらこら、そんなことするとおっさんが舞い上がってるのがバレるだろ?」
サム様は笑いながら私をそっと離し、起き上がった。まだベッドの上の私にかがみこんでキスをし、髪を撫でてくれる。笑顔が甘くて溶けてしまいそう。
「うう、そんな蕩けた顔して。おっさんを萌え殺す気かい? 困ったお嬢さんだ」
「こんな顔にさせてるのはサム様ですよ」
「……、あああ、もう! 昨日何もしなかった自分を褒め称えたい!」
「何も? ……、あっ!」
もの知らずの私でも、年頃の男女がすることくらいわかる。
サム様が何を言っているのかに思い当たり、一気に顔に血が集まった。
でも。
なんだろう、この沸き上がってくる幸せな気持ちは。
サム様は、私が眠っているからといって、無体なことはしなかった。
ただ温かく抱きしめるだけで、私が安心して眠れるように、ずっとそばにいてくれたのがわかる。
本当に、私をいじめていた人たちとは全く違う。
無理に触ってくることもない、痛いことはしない、嫌なこともしない。
私の魔力を利用しようとも思っていない。逆に私が生きやすいようにと、自分の時間を削ってまで毎晩調整してくれていた。
私を尊重し、痛みを分かち合い、愛してくれる。
私の体だけを抱くのは簡単だと知っていても、気持ちの準備ができるまで待っていてくれるんだ。
体の底から湧いてくる気持ちで心がいっぱい過ぎて苦しい。
「サム様、私、サム様のことが本当に本当に、本当に好きです」
ぽろりぽろりと涙が落ちる。昨日から私は泣き虫になってしまったみたい。何をしても涙が止まらないなんて、初めてだ。
サム様は私の脇に手を入れ、体を起こすと、そのままぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「ありがとう。俺もドーラが大好きだ。ドーラが嫌になるまで、俺のドーラだからな」
「嫌になることなんてないので、一生、サム様のドーラです!」
「そうか。じゃあ俺は一生ドーラのサミュエルだな」
「はい! ずっとずっと大事にします!」
「うっ、なんだこのかわいい生き物は……」
私の涙が止まるまで、サム様は私を抱きしめてくれた。
身支度を整えて食堂に行くと、サム様がリオと光霊さんと三人で食卓を囲んでいた。
精霊二体にものすごい勢いで問い詰められ、身を小さくしているサム様はすごく困った顔だけどなぜか笑っている。
「ドーラ様、おはようございます」
私に気づいたリオがにっこりと笑った。そして目にもとまらぬ速さで私のところまできて、手を取ってくれる。
「おはよう、リオ。昨日はありがとう」
「いえいえ。私の躾が至らぬせいでドーラ様にご迷惑をおかけしましたこと、謝罪します」
ぺこりと頭を下げたリオに、サム様が抗議してくる。
「躾って、リオ、酷いな!」
『まあ、そう言われても仕方ないことであろうな』
サム様の向かいに座っている光霊さんがくっくと笑った。なぜだかすごく機嫌がいいみたい。リオと何を話したのか気になる。
『それはともかく、お主、火霊の試練を受けるとは誠か?』
火霊の試練?
「ああ、火の聖女の試験のことね」
そのあとの出来事のインパクトが強すぎて一瞬忘れてたけど、昨日はサム様からそんな話が出ていたんだった。
火の聖女の結界石が稼働できるかの試験。
王様がサム様に命じたのは私にその試験を受けさせること。
うまくいけば火の聖女の結界が守られる、行かなくてもただの小娘が死ぬだけ、王様にとってはそれだけのことなんだろう。
昨日までは私なんてどうなってもいいと思っていた、サム様のお役に立てるなら死んだところで構わないとも思っていた。
でも、今はできれば生きてサム様と年を重ねたいと思っている。
ただ、そのためには私にも覚悟はいるんだろうな。
サム様がこの国を守ろうと全存在をかけているように、私はサム様にすべてを捧げたい。
「私ね、サム様と一緒に火の聖女になりたいと思ってるの」
はっきり答えると、光霊さんは驚いたような動きをし、リオは拍手をしてくれ、サム様は唇を尖らせた。
「ドーラ、俺は聖女じゃないよ」
「でも、聖女の役目の代理を務めているのですよね? 立派な聖女です!」
「ドーラ様、このでかい図体の男を聖女というのは無理がありますよ。せめてドレスを着せなくては」
「……、リオが言うとシャレにならん」
ふくれっ面のサム様と対照的に、リオはとても機嫌がよかった。私を光霊さんの隣に座らせて、サム様と同じ朝食を出してくれる。いつの間に準備していたのか、ふわふわのパンケーキはとてもおいしかった。
「珍しいな、リオが朝からパンケーキ作ってくれるなんて」
パンケーキが大好きなサム様は嬉しそうにフォークを動かしている。
「主がドーラ様を襲わなかったご褒美です」
いつもの口調でリオが告げると、ちょうど口にパンケーキを入れたサム様が盛大に咳込み、咽せた。
「ちょ、何言っ、ゲホゲホ」
「あの流れからのドーラ様の寝落ちでしたので、少し心配はしましたけど、さすがヘタレキング。裏切らないなと感心しました」
「……、聞いてた?」
「家精霊の嗜みです」
無表情に頷くリオ。ヘタレキングってなに? と聞きたかったけどやめた。
私の隣にいる光霊さんも同じように頷いてる。
「ひょっとして、聞いてたの?」
『うむ。少しでも不埒な真似をしたら、即刻お主を光の神のもとに連れ帰ろうと思っていたのでな!』
だが少しだけ目をつぶってやった、と胸を反らされて眩暈がした。泣き疲れて寝ちゃっただけでも恥ずかしいのに、全部聞かれてるなんて!
「大丈夫ですよ、私たちもわきまえております。お二人が仲良く頬をくっつけて幸せそうに眠っていてよかった、と微笑み合いはしましたが、それだけですよ」
「しっかり見てるなあ!」
『当たり前だ。庇護者が悲しむのは本意ではないのだからな』
大きく頷き合う精霊たちにサム様は呻くだけだったけど、私は彼らの暖かな気持ちが嬉しくて泣きそうになった。
今までこんなに気遣ってもらうことなかったな。
魔力過多だから利用され、魔力がなくなれば捨てられる。かけられる言葉は嫌なものばかりで、いいことなんて何もなかった。
でも、ここに来てからは甘やかされてばかりだ。
そのことで引け目を感じてたけど、こんな私をサム様は好きだと言ってくれた。優しく抱きしめてキスされて、私をサム様のものだと言ってくれた。
サム様が自慢できるような私になるために、私も自信をつけたい。
『それで、火の精霊のところにはいつ行くのだ?』
パンケーキを食べている私に、光霊さんが尋ねた。
そういえば、私もそれを聞きたかった。
「そう言えば昨日はその話まで行ってなかったな」
サム様はフォークを置いて頭を抱えている。話の途中で私が魔力暴走を起こしかけたせいなのに、申し訳ない。
ごめんなさいと頭を下げたら、リオがなぜか舌打ちしてサム様の頭に拳骨を落とした。落とすなら私のほうなのに! と心苦しく思っていたら、リオにこつんと叩かれた。
「段取りが悪いおっさんのせいですが、ドーラ様も何かうじうじとしていましたのでこれで手打ちですよ」
そう言って、サム様には顎で先を続けるよう指示する。リオ、強いなあ。
サム様は苦笑しながら最後のパンケーキを食べた。
「火の聖女の結界には毎日行ってるから、ドーラさえよければ今日の午後にでも行こうと思ってる。今日は火霊との顔合わせだけにして、明後日以降試験をしようと考えているが、どうかな?」
「行きます!」
「即答ありがとう。そうしたら午前中に色々済ませて明日から少し休みを取ってくる。うちで待っていてくれるかい?」
話が具体的になって、急にドキドキしてきた。
でも、明確な目標ができて嬉しい。私の魔力が役に立つといいな。
そんなことを思いながらパンケーキを食べていると、光霊さんが私の肩を叩いた。
『我もついて行く』
「いいの?」
『ああ。火霊に会うのは久しぶりだしな』
そしてサム様に向かって言う。
『光と闇はほかの元素のすべてと共存する。故に火の結界石とやらに乙女が害されることはないし、定期的に魔力を放出できることで安定するからむしろ聖女は天職だろうよ』
天職なんだ。
そう言われるとほっとする。私でもできることがあったんだ、と素直に嬉しい。
『ただし』
光霊さんは私を見ると、わずかに光を陰らせた。
『人間は欲深い故、乙女の魔力を結界だけに使わせなんだろうな。特にお主の言う王とやらは乙女自身を欲しがるやもしれぬ。その時はどうする?』
サム様はにこりと笑った。
「そのために今日は顔見せにだけして、明後日試験にしようと思ってる」
『そのため、とは?』
「明日は光の神の神殿に行ってドーラと結婚する。王は人のものには手を出さない性分だからな。立会人として、火霊さんと光霊さん、証人は俺の悪友三人に頼むつもりだ。王には絶対言わないし、今日、火の聖女の結界に行ったらドーラはそこで保護してもらおうと思ってる。あそこならここよりずっと安全だしね」
突然の話に驚いて固まってしまった。
え、結婚、明日!?
そんな話いつ出たっけ!!?
「というわけで、リオは俺が帰ってくるまで絶対にドーラをここから出さないでくれ。誰かが来ても入れないように。たとえ俺の知り合いでもだ」
「了解しました。やるときはやるのですね、主。見直しました」
「俺はリンジーに声をかけてイーサンとテレンスを連れてきてもらう。もし万が一王に拘束されそうになっても、リンジーの転移魔法とテレンスの結界があればなんとかなるだろう。少しバタバタするが、リオ、よろしくな」
「お任せください」
リオはノリノリでドレスをどうしようと言い出した。
私は置いて行かれたような気持ちで困惑している。
「光霊さんは光の神に結婚の許可をもらってくれるとものすごくありがたいんだけど、だめかな?」
『心得た。お主らを引き離すものには災厄を与えるよう進言しておく。楽しみにしておれよ』
「ありがとう。心強いよ」
私は手を伸ばして向かいに座っているサム様の袖を引っ張った。
「サム様、結婚って?」
「あ、ごめん。今言う」
「え?」
そう言うと、サム様はゆっくり立ち上がり、私の横に来て膝をついた。
何が何だかわからなくてオロオロしているだけの私の手を取り、そっと口をつける。
「ドーラ、俺の半身、俺のすべて。これから先もずっと、共にいてほしいので、結婚してください」
え!? これって……?
「サム様、順番が逆だと思うんです」
「うん、ごめん」
「最初にプロポーズして、それから結婚式の話、ですよね?」
「うん」
私はプロポーズの返事を待っているサム様を睨んだ。結婚なんて大事なことを流れで決めてほしくなかったんだ。しかも私の同意はない。いくら断らないからと言っても、そこが一番寂しい。
「サム様?」
じっと見つめていると、サム様は伸びあがって唇を合わせた。不意打ちに鼓動が跳ねる。
「でも、ドーラ、俺と結婚してくれるんだよね?」
「それはもちろん、あっ!」
口を押えると、サム様はぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「朝、ドーラが俺をずっとずっと大事にするって言ってくれたから、結婚してくれるって信じてたけど、実は断られたらどうしようって怖かったよ。勝手にいろいろ決めてごめん。ありがとう、ドーラ。愛してる」
ああ、私、この人にかなわないんだな、と思った。
「次は相談してくださいね、旦那様。私は一生貴方のものですから」
そして、一生かけてこの人と幸せになろうと心に決めた。
読んでいただいてありがとうございます。
明日の朝ご飯をパンケーキにしようと思った回でした。




