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17 パタン、と扉が閉まって、リオと光霊がドーラの部屋から出ていった

 パタン、と扉が閉まって、リオと光霊がドーラの部屋から出ていった。

 扉のすぐ前で立ち尽くしているサミュエルには狭い廊下で騒いでいる精霊の声が聞こえているが、心臓が激しく鳴っていてそれどころではない。耳鳴りに近い音量でなり続ける鼓動のせいで頭が痛くなってきたくらいだ。


 視線の先には困惑顔のドーラがいる。ベッドの横に座り込んでサミュエルをただ見上げているが、頬が薄く光っていた。光霊に包まれていたために光が残っているわけではないと、すぐに分かったサミュエルはドーラの正面に行き、膝をついて両の手のひらで頬を包んだ。しっとりと濡れた肌が手に吸い付くようだ。


「ごめん」


 そのままそっと顔を上げさせて、唇を合わせる。

 触れてすぐ離れただけのキスだったが、ドーラは目を大きく開いてサミュエルを見つめた。青紫の瞳に涙が溢れていく。


「医療行為なんかじゃなかった。ごめん」


 手のひらを濡らす涙を感じながら、もう一度唇を重ねる。今度は柔らかく下唇を食み、上下の唇の合わせ目を舌でなぞる。舌はドーラの唇を割り、中にもぐりこんで口の中を柔らかく探った。歯の裏側を、舌の裏を、唇の後ろを、ゆっくりと撫でる舌の動きは今までになかったものだが、ドーラの固まっていた心をほぐすように優しい。

 お互いを確認するような、優しいキスだった。


 どのくらいそうしていたかわからない。

 やがて、ドーラの体から力が抜け、崩れた。荒い息でくたりとしているドーラを抱きしめると、自分の鼓動が速まるのがわかる。


「俺は君のことが好きらしい。らしい、でごめん。初めてなんでわからないんだ。こんなおっさんが何言ってるんだろうなあ」


 ふう、と息を吐きながら、サミュエルはドーラの髪を撫でた。


「ドーラは若くてかわいい。今まで大変だった分も幸せになってほしいが、その幸せは俺じゃなくて、イーサンたちくらいの年代の男の役目だと思った。だから、たとえ俺が毎晩唇を合わせても、医療行為ならファーストキスにカウントされないと思ったんだ」


 情けないな、と自嘲すると、青紫の目がゆっくりサミュエルを映す。少し濡れた青紫は雨上がりの花のようだ。美しさに吸い込まれるように、目元にキスを落とす。


「それに、ドーラがなついてくれることに罪悪感もあった」

「え?」

「だって寝ている間に同意なしに、だよ。睡姦だろう? 魔力の調整なんだから、起きているときにだってできるんだ。自分の卑怯さに吐き気がしたけど、ドーラのためだと言い訳していた」


 そう、ずっと言い訳をしていたのだ。

 光霊に頼まれたとか、魔力の調整とか、いつか好きな男と幸せになってほしいからとか、そういう名目をつけていた。

 だけど真実のところは『ずっとこのままでいたい』だけだった。ドーラにキスをできるのは自分だけ、バレたら終わりだ、そんなずるい男なのだ。


 そこをリオはちゃんと見抜いていた。普通、家精霊と家主の付き合いは淡白で、共棲関係にあることが多いが、リオはサミュエルを主人として扱ってくれるし、時には家族のように叱ってくれる。

 おかげで、目が覚めた。

 ちゃんと自分と向き合い、ドーラに謝罪し、気持ちを伝えることにした。

 気持ち悪いとなじられ、フラれても仕方ない。臆病で卑怯な自分はただ受け入れてドーラに贖罪するしかない。


 そう思っていたが。

 ドーラはキスを受け入れてくれた。

 少しは希望があるのかもしれない、そう思ってもいいのだろうか?


「こんな酷いおっさんでごめんな。好きは免罪符にならん。望まない好意を押し付けられるのは迷惑だと知っている。だから嫌なら突き飛ばしてくれ。無理なら言葉で『嫌だ』と言ってくれてかまわない。ただ『気持ち悪い』だけは勘弁してくれ。心が折れる」


 青紫の瞳にはしょぼくれた32才の男が映っている。


「……、気持ち悪い」

「うっ」

「なんて、言うわけないじゃないですか」


 そう言うと、ドーラは伸びあがって頬にキスをした。反射的にサミュエルの手が頬を押さえるのを見、くすりと笑う。


「私がサム様にキスされてるとわかったとき、どれだけ嬉しかったか、どれだけ幸せだったか。こんな貧弱でみっともない、誰に何をされたかわからない体の私に、サム様は温かい熱を送ってくれました。サム様以外の男性となんて絶対こんなことしたくない。もしサム様以外の人にキスされたら、調整じゃなくて暴走をさせるだけだと思う」


 言いながら、ドーラはサミュエルの胸に額を強く押し当てた。何度か深呼吸をし、大きなため息を吐く。


「ふふ、サム様の心臓、私と同じくらい速い」


 すりすり、と頬ずりされ、サミュエルはますます顔を赤くした。両手の置き場がないのか、手を広げたままオロオロする。


「夢かもしれない……」


 きゅっと頬をつねる。痛い。夢ではない。しかし今どきの夢は痛覚もあるかもしれないからあながち夢じゃないとも言い切れないし……。


 などと明後日の方向に逃避していると、ドーラは頬を膨らませ、両手でサミュエルの頬を押さえた。そして、再度伸びあがって唇を合わせる。


「夢じゃないです! 私はサム様が大好きです!」

「!!」

「医療行為って言われて悲しかった。私はここに来てからサム様以外の男性にはほとんど会っていないけど、サム様以外の人にこんな風に触られたくない。意識があってもなくても、です」

「……」

「今まで、私はずっと死にたいと思ってた。酷いことをされて、何度も生きていたくないと思った。でも、貴方に会って私は毎日癒されています。サム様が望むなら聖女の試験を受けたいと思うくらい、役にも立ちたい。そう思えるようになったのはサム様のおかげです」


 ドーラの言葉はサミュエルの気持ちを少し楽にはしたが、逆に苦しくもした。

 ドーラの『好き』は子が親に向けるような、保護者への愛であり、男女の愛ではないのではと思ったのだ。もしそうだとしたら、おやすみのキスくらいまでで納めておかなくてはならないが、今の自分では無理だと思う。ドーラが『パパ、この人と結婚します』とリンジーみたいな男を連れてきたら、うっかり殴り飛ばしてしまうかもしれない。


「ありがとう、嬉しいよ」


 言葉に反して気持ちは重くなる。

 ドーラは不思議そうな顔をしたが、何か気づいたように目を大きくし、むぅうと唸って唇を尖らせた。


「ひょっとして、私の好きとサム様の好きって違います?」


 やっぱり……。


「サム様の『好き』って、傷つけられていた女の子に対する同情の気持ちですか? それとも保護者みたいな?」

「え、いや、違」

「もしそれだったら、はっきり言ってください。大丈夫、私、傷つきません。サム様は素敵な大人の男性だから、きっと、女の子にもてるでしょうし、美しくて優しくて大人の女性からもたくさん声がかかってますよね。今までは私のせいで一緒にいられなかったのかもしれないけど、魔力調整だけしてくれれば我慢します」


 ドーラが早口でまくし立てるが、何を言っているのかわからない。というか、ドーラは別人の話をしているのだろう。サミュエルは自分がまるきりポンコツなのを自覚している。大人の素敵な男性など、少なくともここにはいない。


「ちょっと待ってドーラ。状況を整理しよう」


 サミュエルはドーラと向き合って座り直し、お互いの両手を取った。


「まず俺から行くよ。俺はドーラをただ一人の女性として愛している。それはいい?」

「はい。私もサム様を一人の男性としてお慕いしています。これもいいですか?」

「あ、うん。その上で、俺は毎晩ドーラに無断で魔力調整と称したキスをしていた。これは許してもらえる?」

「もちろんです。最近は誰かが私の痛みや苦しみを取り去ってくれているのを知ってました。それがサム様だとわかってとても嬉しいです」

「よかった。ドーラはこんなおっさんでいいのか? 初めに連れ出した保護者だからってことはない?」

「そんなことありません! もともと私は『バアン』って音とともにあそこから助けてくれた人にずっと会いたいと思っていました。それがサム様です。今になって思えば、その時からずっと、私はサム様のことが好きだったのだと思います」

「そっかあ。正直あのときはすごい大変だったんだが、がんばった甲斐があるよ。嬉しいな」

「それでは次は私です。サム様のような大人でかっこいい男性が今まで一人だなんて考えられません。本当に私でいいんですか?」

「ドーラがいいに決まってるじゃないか! ところで、大人でかっこいいって、誰だそれ?」

「目の前にいるサム様です」

「それは偶像だなあ。俺の前にいる世界に一人の美少女に言われて悪い気はしないけど、正直困る」

「せ、世界に一人の美少女もいません! おあいこです!」


 もお、と言って唇を尖らせるドーラはとてもかわいい。抱き締めて一生囲ってしまいたいくらいだ。


「とりあえずこんなところか。お互いの状況がわかってよかっ、た、って、えええ???」


 サミュエルはドーラの手をぎゅっと握ってしまった。全身が熱くなってくらくらする。

 ドーラも自分も言葉を思い出したのか、ポフンと音を立てそうな勢いで顔を赤くしている。指先まで可愛らしいピンク色だ。


「そ、そうだったんだ。気づいてたんだ」

「は、はい。でも都合のいい夢だと思ってました」


 同時に照れて下を向く。握った手は汗でしっとりとしていたが、離そうと思わなかった。むしろ離れたくないと言いたげに力が入る。


「こんなおっさんでいいんだ」

「私みたいな小娘でもいいですか?」


 同時に言い、顔を上げ、どちらからともなく笑った。


「改めて、俺の恋人になってくれるかな、ドーラ?」

「心からお慕いしています。サム様」


 そのまま、どちらからともなく唇を合わせた。心が溶けて一つになるようなような気がした。






読んでいただいてありがとうございます。


他作品にかかりきりで間が開いてしまいましたが、やっと甘々シーンが書けました!

今の私ではこれくらいでも砂糖吐きそうです。ラブラブ難しい。

それにしても、箇条書きで愛を確かめる二人っていったい……。先は長そうです

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― 新着の感想 ―
[一言] サミュエル良かったね! やっと前進か…(笑)
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