16 サム様の体を押して逃げるように部屋に入った
サム様の体を押して逃げるように部屋に入った。
扉を閉めたら思ったよりも大きな音が鳴ってしまったけど、気にする余裕がない。
気が付いたらベッドの横に座り込み、膝立てて顔を埋めていた。
涙が止まらない。涙腺が壊れてしまったのかもしれない。こんなに止まらないのはあの小屋に閉じ込められて無理やり魔力を吸い出されていた時以来なかった。
ずっと手のひらで押さえていた唇には先ほどの感触が残ってるのに、なんでこんなに寂しいんだろう。
目を閉じていると、サム様の言葉が蘇ってくる。
一国の魔法伯がなぜ私なんかを保護してくれたんだろうとずっと思っていた。魔力暴走で辺境に甚大な被害を与えたのに何のお咎めもなく、穏やかな日々を過ごせているのが不思議だった。
『実は、ドーラと初めて会ったとき、光霊さんと契約した。ドーラを、乙女の守護となることを我と光の神に誓うなら、乙女をしばらくお主に預けると』
『う、じ、実は、乙女と口を合わせるたび、魔力を俺に移せるようにされた。つまり、ドーラの魔力を口から吸いだすことで魔力暴走を防げる』
いろいろ疑問に思っていたことが一気に解決した。
そうか、ただ、光霊に頼まれただけ、だったんだ。
キスしてくれていたのも、魔力を吸い出して暴走するのを防いでくれていたから。魔力暴走を起こして国に危害を加えないよう、ただそれだけのことだったんだ。
「医療行為……、か……」
呟いたらまた涙が零れた。
サム様は私とのキスをずっと医療行為だと思ってやってくれてたんだと思ったら、悲しくて悲しくてたまらなかった。
眠りの中、温かなものを与え続けてくれる存在がいたのは知っていた。体の中に溜まった厭わしいものを拭い去ってくれるとても大きな存在、私を腕の中に囲い込み癒してくれる、愛しいものを手のひらで優しく包み込んで守ってくれる、存在。
それがサム様だったらいいと、ずっと思っていた。
だから、本当にサム様が抱きしめてくれてたのを知って、胸の奥が温かくなって。むしろもっとしてほしくて。自分から初めて求めたというのに……。
「ふ、ふぐっ、う、うぅ……」
押さえた手の隙間から嗚咽が漏れる。
きっと明日もサム様は私に口づけして魔力を調整してくれるんだろう。
でも、それは私と同じ気持ちでするわけじゃない。医療行為だから、しなくてはいけない処置だから、唇を合わせてくれるんだ。
わかってる、サム様は素敵な人だし、大人の男性だ。こんな貧弱でみっともなくて、魔力を搾取する手段だったからとは言え体中を撫でまわされるようなはしたない子供になんてもったいない。きっと、美しくて優しくて大人の女性が傍らにいるんだろう。私のせいで一緒にいられないだけなのかもしれない。
そう考えるだけで、なんでこんなにつらいの?
ぽわん、と胸の周りが光ってくる。
光は体の内側から湧き出るように輝くと、頭の上で丸くなった。そのまま宙に浮いて、くるくると回っている。
『どうした? なぜ泣く?』
光は回りながらゆっくりと降りてきて、私の頬に触れ、涙をぬぐった。心なしオロオロとしている気がするのは気のせいだろうか?
『我は酷い目に遭ったお主がまだこの地にて心残りがあると言う故、できる限り叶えたつもりだ。お主の言う『バアンって言った人』と共にあるようにし、其奴にお主の保護を命じた。なのになぜ泣く?』
光ー光霊さんーは止まらない私の涙に困惑しているようだ。幸せにしたのに何で、と思っているみたいで、点滅しながら回ってる。
私は心に沈んでいた疑問を思い切って口にした。
「なんで、サム様に、キスしろなんて言ったの?」
『は? キスとな? 口合わせのことか?』
「そうよ。私は魔力の調整のためにそんなことをされたくなかった。サム様に罪悪感なんて感じてほしくなかった。もっとほかのやり方があったと思うのに、なんで、そんなことを言ったの?」
光霊さんは回るのをやめ、私の目の前でフルフルと震えた。
『ま、まさか、嫌だったのか?』
私の中でぷつんと何かが切れた。
「嫌に決まってるでしょう!」
切れてしまったら、思いが溢れて止まらなくなる。
「サム様に毎晩キスさせてたなんて、酷すぎる! あの方はとてもお優しいから、光霊さんが私のためだって言ったら、ご自分が嫌だと思っても従うわ! こんな見ず知らずの汚い小娘に毎晩キスしなくちゃならないなんて、何の罰ゲームよ! 私はここで保護してもらえただけで、一緒にいられるだけで幸せなのに!!」
『!!!???』
「サム様だって本当はキスなんてしたくないのよ! 医療行為だと思って我慢しているの! 私の魔力を受け取って利用しているのを申し訳ないと思ってるの! 調整するのに他に方法がないから仕方なくしてくれてるの! こ、光霊さんのせいで、そんな思いをさせて、酷い……」
『……、なんということだ…』
私の叫びを真正面から受け止めた光霊さんはへたへたと足元に落ちた。
『人が誓いと言ったら口と口を合わせることだ、そう思っていたからこそ、毎回お主を守る誓いを忘れるなという意味を込めたつもりだったのだ……』
そうだったんだ……。
私のことを思って、だったんだ。
でも、でもやっぱり、受け入れられない。光霊さんは光の神の乙女を守護する霊だから、人の考え方と違うとは思ってたけど、サム様に理不尽なことをさせていたのはひどい。
光霊さんは弱弱しく点滅しながら私の膝を登ってきた。
『ひょっとして、お主はあやつを好いておるのか?』
好き? サム様を? 私が?
カッ、と頬に血が上る。体中の血がいきなり走り出したみたいに早くなった感じがして、全身が熱くなる。
思わず頬に手をやり、目を閉じた。
『ドーラ』
私を呼ぶサム様の声が胸の奥に響く。それだけで胸がいっぱいで、ほかには何もいらなくて、手触りのいい布でくるまれたような気持になる。
サム様の唇は少し湿っていて柔らかかった。大きな舌が口の中をめぐるとき、私の伝えられない言葉を一つ一つ聞いてくれているような気がした。
初めて、心から安心できると思った。
「これが、好きってことなんだ」
私は茫然とした。
そうか、私はサム様が好きだから、キスされてるのを知って嬉しかったんだ。
私にとってあのキスは医療行為じゃない。だから、そう言われて悲しくて、悔しくて、涙が溢れてしまった。
私なんかがサム様を好きだと思うのはおこがましいけど、気持ちに気づいてしまった。止まらない思いはどうやって沈めたらいいんだろう?
気持ちの置き場がわからなくて落ち込んでいると、膝に乗っていた柔らかな光がゆっくりと広がって私を包んでいった。
とても暖かくて、気持ちがいい。
サム様がキスしてくれているときに似た温かいものに浸っている感じ。
『すまなかった。我のせいだな』
光霊さんに声が胸に直接響く。
『お主が辛いと言うのなら、今度こそ光の神のもとに連れて行くが』
最後まで言い切らないうちに、扉が開き、風を伴って飛び込んできた。
「ちょーっとまったあああ!」
誰かと思ったら、リオだった。すごい勢いだったのに髪一筋の乱れもない。完璧に整った姿で目の前に立ち、にこりと笑っている。
「あなたが光霊ですか? 私はこの家の精霊です。ようこそ魔法伯の屋敷へ。私たちはあなたを歓迎します」
『あ、う、うむ。丁寧なあいさつ痛み入る』
「というわけで、邪魔ものは退散です。食堂へお越しください」
リオはとても丁寧にお辞儀をしたと思うと、突然私を包んでいた光に手を突っ込み、ぐっと引っ張った。ずるりと何かが抜けた感覚がしたと思ったら、光の玉がリオので握られている。自分をつかんだ存在に驚いたらしき光の玉が派手な点滅を始めても、リオは無視して微笑んだ。
「ドーラ様、貴女はここでお待ちください。今から主が来ますから」
「え?」
「や、やあ……」
顔を上げると、開いた扉の前で立ち尽くしているサム様が、とても困った顔をして私を見ていたのだった。
読んでいただいてありがとうございます。
また少し間が開いてしまいましたが、続きを読んでもらえて嬉しいです。
前回のあとがきで『次回はもう一人(?)助っ人呼びます』と書きましたが、光霊さんは助っ人どころか足を引っ張っただけでした……。




