23 扉を開けると、門の前で暴れる男がいる
扉を開けると、門の前で暴れる男がいる。
「こうして見るとあいつも老けたな」
サミュエルは自分のことを棚に上げてうっかり呟いた。
悪態を吐きつつ結界を蹴り上げているのは、間違いなくケントだった。卒業したのが2年前で、宮廷を追い出されたのが2か月後だったから、一年半くらいぶりか? それにしてはずいぶんとくたびれているという印象だ。それでも元がいいから落ちぶれた感はない。
ケントのトレードマークともいえる全身真っ白のコーディネートは、残念ながらあちこち汚れていた。たぶん光霊が弾き飛ばしたときに湿原にでも落ちたのだろう。袖や裾の泥が目立ち、特に尻にはべったりと泥がついている。
そんな男の全身は内側に灯りを仕込んでいるように眩しく輝いている。まるでドーラを救出に行った時に見たテイナの砦のようだ。
「なにやってんだ、あいつ」
「光霊さん、いい仕事しすぎ!」
隣にいたテレンスがこらえきれずに吹き出した。リンジーなど腹を抱えて笑い転げている。二人とも大嫌いなケントが祭りの時の飾りのように点滅して光っているのが面白くて仕方ないようだ。
さすがに気の毒になり、サミュエルは泥汚れだけ洗浄魔法で落としたが、そのせいで点滅の明暗がさらに際立ってしまった。夜だったらさらに目立つだろうなと思いつつ、せめて点滅だけでもと少しだけ調整してやる。
「そ、そこにいるのか!? サミー!?」
こざっぱりしたことで近くにいるのがわかったらしい。サミーと呼ばれてサミュエルは盛大に眉を寄せた。テレンスとリンジーは腹をよじって笑っている。
サミーは子どもの頃の愛称で、留学していた時絡んできた悪友が好んで使っていた呼び名なので親友たちには使わないよう頼んでいたものだ。故に、サミュエルはむうっとした。
「サミーはやめろ、ケニー」
「そっちこそ、ケニーと呼ぶな! うう、見えん……」
ケニーも同じような幼児用の愛称で、ケントを馬鹿にするやつらが嫌がらせて使っていた。それを知っているのでわざわざ使ったら、想定内の返事がくる。
「仲良く見えるからやめろよ、サム」
テレンスが苦笑しながら指を一振りした。それだけで、門の前のみ外の景色がワントーン上がる。
テレンスとリオが施した結界は、二人以上の魔力を持つ者にしか外から中を見るのはできないため、道具に頼って魔力道を広げる努力をしなかったケントには見ることができない。話し合いをするなら顔を見てとサミュエルがいつも言っているので、一部分だけ修正したのだ。
「ほれ、そっちからも見えるようにしてやったぞ」
「う、テレンスか。相変わらず結界だけはすごいな」
「突き抜けた特技が羨ましいからって拗ねるなよ。俺は需要があるからなあ」
「ちっ、庶民が」
「それでもお前より金稼いでるから。悔しかったら俺のところまで登っておいで」
「くぅ~!!」
地団駄踏むケントだが、結界に阻まれて中には入れない。
三人と一人は門を挟む形で向かい合った。その間には薄くて強固な結界があり、サミュエルとリオに許可されているものしか入れない。
ケントは手持ちの道具を駆使して対抗しようとしていたが、全て徒労に終わった。中にはテイナで作ったらしき道具もあったが、先ほど条件付けしたおかげで薄い膜には穴一つ開かない。
「それはテイナの魔石だよな?」
ドーラの魔力を感じたサミュエルは口元を上げて尋ねた。笑顔の形なのに目は笑っていない。隣にいるテレンスとリンジーの背中に冷たいものが落ちていくが、ケントはのんびりと肩を竦めた。
「そうだよ。領地を去るときに辺境伯が餞別にとくれたものだ」
「嘘を吐け。あのテイナ辺境伯がそんな粋なことするもんか」
「ずいぶんと失礼なんだね、サミー」
「お前ほどじゃないよ、ケニー」
バチバチ、と見えない火花が飛ぶ。
だがそれも長くは続かない。サミュエルは時間がもったいないとばかりに先に口を開いた。
「テイナの砦で起きた魔力暴走の件でケントに聞きたいことがある。各地に指名手配されてるはずなんだが、上手にかわしてたんだな」
「いやだなあ、人聞きの悪い。なんで僕が指名手配なんてされるのさ」
「それはケントが辺境伯お抱えの魔術師だったからだ」
「それこそ買い被りだよ。僕はただこき使われてただけ。魔術師なんか他にもいたよ」
「ずいぶん謙虚になったもんだな」
「苦労したからね。でも、辺境伯には感謝してる。おかげで僕の研究、そこそこはかどったんだよ」
ほら、と懐から小さな瓶を取り出す。
「これが何かわかる? わかんないだろうなあ」
ニヤニヤしながらサミュエルの目の前で瓶を振る。それはテイナの砦でドーラを救出した時に見た魔力を溜めていた瓶に似ていた。それよりずっと小さいが、中には鈍く光る液体が入っている。
「結構使っちゃったからもうこれしかないんだけどね。でも、すぐにまた溜められるようになるから問題なし」
自慢げな言葉だけで、それがドーラに使っていた装置を改良して得た物だとわかった。だがそこに入っているのはドーラの魔力ではない。ドーラの魔力はもっと輝いて綺麗だし、なにより純粋に力が強い。
とはいえ、短期間で入れ物から溢れて暴走するほど大量な魔力ではないものを集めて保存できるシステムを作れるのはすごい、とサミュエルは素直に感心した。
「すごいな。改良したのか?」
「ふふん。これがなにかすぐにわかるサミュエルはさすがだなあ。もちろん、装置は日々進化してるよ。僕は天才だからね」
「その中に入ってるのはケントの魔力だろう? 少ないのをよく絞ったなと思った」
「ぐうっ、いちいちイラつく言い方するな」
「いや、素直にすごいと思ってるよ。ケントの魔力道は中程度だけど頑固なくらい堅いだろう? そこから魔力を抽出するのはかなりの苦痛だと思う。それを我慢しても研究する熱心なところは尊敬できる」
「う、うう……」
もっと瓶を近くで見たいと目を凝らしていたら、どういうわけかケントが瓶をサミュエルの前にかざした。ありがたいとしげしげ見ていたところで、両肩に親友の手が置かれる。
「サム、そういうとこだぞ」
「ケントが悶えているのは見ていて楽しいけどね」
テレンスとリンジーは同時にため息を吐いた。
「なんのことだ? すごいのはすごいだろう? 俺みたいに参考文献や資料もないのに一人でここまで構築できるのは天才としか言えん」
「う、ううう……」
何があったのか知らないが、目の前のケントは心持ち頬を赤くして身悶えしていた。細面の若い男がこちらをちらちら見ながら身をくねらせているのはなかなかに気持ち悪い。
「サミュエ、さ、サムは、僕が天才だと思う?」
「ああ。方向性は悪いが、志が同じだったら強い味方になったと思う。だからこそ残念な気がするよ」
ちらちらと視線を送ってくるケントをサミュエルはまっすぐに見つめた。続けてポケットからケントの持ち物より小さな瓶を取り出す。中にはテイナでドーラを苦しめていた大きな瓶に入っていたのとは少し違うがキラキラと輝く液体が半分ほど入っていた。
それを目にした瞬間、ケントの動きが止まる。
「ケントが残していった装置を俺なりに解析して作った。中身は俺の魔力だ」
「え、な、なんで!?」
「言ったろ? 俺には禁書という参考文献があって、お前が残した装置という現物の資料があった。そこから同じものを作るのは訳ないし、改良するのも難しくはない。それに俺の魔力は自分で言うのもあれだが多いから、失敗してもさほど痛みを感じなかったしな」
瓶の口に指を置き、少し目を閉じる。それだけで瓶の中身はいっぱいになり、溢れた分がサミュエルの周りにキラキラと散った。
「ず、ずるい! また僕の研究を横取りするのか!?」
ケントが怒りもあらわに飛びかかろうとして、結界に阻まれひっくり返った。目を爛々と燃やしてサミュエルを睨みつける。
「ずるいと言われても、お前がテイナにこんなものを忘れていくのが悪いんだ。解析するのは俺の仕事だろ? 魔法伯なんだから」
「そんなの言い訳だ! 僕が苦労して作り上げたものをあっさりと」
「まあ、それは悪いと思ってる」
サミュエルは素直に頭を下げた。意表を突かれたケントが目を丸くして口を開ける。
「だがな、そもそもケントが悪い。きちんと手順を踏めば国から研究費が出るほどのことなのに、自分勝手に間違った方法で行ったからこうなったんだ。今じゃこの方法は国で管理することになったからな。ケントが改良したのを使うのは違法となる」
「ひどい! ひどすぎる!」
「俺もそう思う。だからテイナでの事情を含めて話を聞くために指名手配したんだ。まあ、話を聞けばお前が俺の可愛いドーラをどれだけ不当な目に合わせたもわかるんだがな」
ドーラの名を出すと、ケントは誰だっけという顔をしたが、すぐにポンと手を打った。
「ああ、あの子か」
腕を組んでうんうんと頷く。
「あのぼろきれみたいだった女の子な。最初はただ針を刺してりゃ魔力を搾取できてたんだけど、慣れちゃったらうまく取れなくなって苦労したっけ。いろいろ試して、感情が動いた時のほうが魔力の質と量がよくなるとわかったから、イノブタ姉妹にいろいろやらせて、結果、殴る蹴るより性的な接触をしたほうがたくさん魔力を出すことがわかったんだった」
「……」
「うん、あれは僕も楽しかったよ。結構かわいい子だったし、最初はツルペタだったのが、だんだん女になってきて。あちこち触って一番感じたのが性器じゃなくて胸だったのは子どもだなって思ったけどね」
得意げに聞いていないことまでを話すケントは周りの温度が急激に冷えたのに全く気付かなかった。同様に、リンジーとテレンスがサミュエルからじわじわと離れたのにも気づいていない。
「そうそう。実はちょっとした保険もかけてるんだ。この距離ならできるんじゃないかなあ」
ふふふと楽しげに笑いながら、内ポケットから小さな瓶を取り出し、振る。
同時に、小さなさざ波のように魔力が湧き、どこからともなくきらりとしたものが半分ほど中に注がれた。
だが、全て満ちるより早く、瓶が爆ぜて粉々に砕ける。
「うわわっ!」
反射的に手を振って破片を避けたケントはそのまましりもちをついた。
結界の内側に破片とキラキラした液体が飛び込んでくる。
触れるまでもなく、それが何かを理解したサミュエルは体が震えるのを押さえることができなかった。ぶわりと溢れた魔力がサミュエルを中心に広がる。
「バカ、やめろ!」
テレンスがサミュエルを小さな結界で包み、リンジーが自分とテレンスを魔力がまだ広がっていない場所に転移させた。だが、もろに喰らったケントは飛ばされて向かいの屋敷の壁に激しく打ち付けられる。
「これ、ドーラの魔力だよな?」
魔力の広がりは結界で押さえられたものの、テレンスの魔力ではサミュエルの行動は止められない。結界を弾き飛ばさないだけの理性は残っているが、サミュエルは酷く腹を立てていた。ケントの手が再びドーラに触れたと思うとそれだけでふつふつと怒りが湧いてくる。
「さっき、結界に条件を付けた。それは『ドーラの魔力は敷地内もしくは俺と一緒にいるときの許可するが、単独で外から来るのは許可しない』というものだ。だから今、お前が手にしていたのはテイナで取ったものでなく、中にいるドーラのものとなる。なんでドーラの魔力がお前の手元に引き寄せられた?」
「そ、それは、最後にちょっとだけ細工をして、近くにいたらいつでも使えるようにしたからで……」
「ふぅん……」
「ででで、でも、もう、使えない! 急に壊れた! これしかつながりがある瓶はないから、もう無理だから!!」
ガタガタと震え、地面に尻を着けたまま後ずさるが、サミュエルは許さない。
「お前がドーラの魔力をいじましく持ち歩いてるのはわかってる。全部出せ」
「ひっ!」
「早くしろ。爆ぜたいか?」
言いながら、一歩ずつケントに近づいていく。門から出ても魔力を抑えているテレンスの結界は有効なはずなのに、サミュエルが近づくにつれ、ケントははっきりと生命の危機を感じた。
これは、誰だ?
少なくともケントが知っている、いつも口の端に困ったような笑みを浮かべていた男ではない。自分の命くらい簡単に握り潰して消滅させられるほどの魔力を持つ、とんでもない力の持ち主だ。
自らが打ち付けられた壁にすがるように体を押し付け、引き攣った悲鳴をあげながら、ケントは荷物を投げた。ポケットの中のものも手あたり次第投げる。その中にはテイナ領を捨てた時に持ち出した魔石やドーラの魔力を詰めていた小瓶もあった。どちらもすでに魔力をなくしている。
「な、なんでか、知らないけど、いいい、今、僕が使った術式は、壊されたみたいだから、もう、これ以上は、取れない、うぐっ!」
ドカっ! と重たい音がして、しゃがみこんでいたケントの体が一瞬浮く。
「い、痛い……」
「ドーラはもっと痛かった」
「お、お前は痛くないだろう!? 偽善者め」
「偽善で結構。お前に会ったら性的不能にした上、足腰立たないくらい痛めつけてやる予定だったしな」
くるり、とサミュエルの指先が弧を描く。それに合わせてケントの体が浮き、壁を背にして立つ形になった。両腕は体にぴったりとくっつけられた状態で光の輪に締め上げられている。首と足も同様だ。
「ご近所に迷惑だから、リオのお仕置きスペースに行く」
「お仕置き、スペースぅ!?」
「ああ。家の真下の地脈のとこにある、隔離された場所だ。魔力なしだと死ぬが、ケントなら平気だろ? そこで話を聞いてやる」
「ひっ、ま、待て! 話し合おう! 家精霊が作った場所なんか、俺の魔力で入ったら……」
「そのためにテレンスとリンジーも来る。いい子にしてろよ」
言いながら、自宅に引きずっていく。
恐る恐る話を聞いていた友人二人はうわあと呟いてため息を吐いたが、嬉々として従った。
読んでいただいてありがとうございます。
長くなったので切りが良いところで分けました。次回もサムのターンです。




