12 「聖女、ですか?」
「聖女、ですか?」
「うむ。そなたのところにいる娘、光の加護があると聞いた。聖女かどうかを試してもらいたい」
王宮にある陛下の執務室に朝一番で呼び出されたと思ったら、こんなことを命じられた。
サンドラの件は報告してある。(夜中に魔力を調整していることはもちろん伏せているが)
嘘をついていたこと、不手際でテイナ領に壊滅的なにダメージを負わせたことで、テイナ辺境伯は領地を王に取り上げられた。
最もテイナ辺境伯及びその家族は砦から死体が出て全員死亡が確認されている。体は焼け焦げていたが顔だけはそのままで確認は簡単だったらしい。
現在は王弟のマーティン殿下が王籍から降りて領地の修復に全力を注いでいるそうだが、領土は酷く荒れていて、魔物も活性化しており、このままでは領地として成り立たなくなると言う。
「そこでだ、サンドラ嬢とやらに、火の聖女の結界石が稼働できるかどうかを試してもらいたい」
やはり来たか。試すだけで済めばいいが……。
サミュエルはため息を吐くのを堪え、頭を垂れた。
夕方、久しぶりに早く帰ると家精霊のリオが玄関扉の前で待っていた。中に入ろうとすると絶妙な加減で阻止してくる。正直とても疲れているし、長くなりそうな話もあるのでやめてほしい。
「今日はふざけられる気分じゃないんだ……」
サミュエルが足を止めてうつむくと、リオはいつもと違う雰囲気を感じ取ったのか立ち竦んだ。
「主、出ていくとか言わないですよね?」
「……」
「主?」
「すまん、今後の状況次第では魔法伯を返上するかもしれない。そうしたらここには住めなくなる」
「何があったのですか? 王が無理難題を押し付けてきやがりましたか? それでしたら私が」
「おかえりなさいませ!」
話の途中で扉が開いた。
黄色のすっきりしたワンピース姿のドーラが笑顔で駆けよってくる。いつもはこんなことはないのだが、何かあったのだろうか?
ふと横を見ればリオがサミュエルとドーラに交互に目をやりながら変な動きをしている。いつにないことだ。ますます怪しい。
「サム様、私、生まれて初めてクッキーを焼いたのです! 是非食べてもらいたくて、お帰りをお待ちしてました!」
心から嬉しそうな笑顔が眩しい。
これから話すことの内容はその笑顔を曇らせるものだと思うとサミュエルの気持ちは沈んだ。だがそれはそれだ。ドーラの初めてを暗いものにすることは避けたい。夕食とクッキーをおいしく頂いてから話しても問題はないはずだ。
「ありがとう。夕食後のお茶と一緒にいただこうかな」
「はい!」
「実はその後、話があるんだ。少し長くなると思う。話が終わったらすぐ休めるように、着替える以外の身支度を済ませてくれるとありがたいな。入浴とかそのあたりだが、リオ、頼めるかい? 食事は俺が用意するよ」
「……はい」
先ほどの話の続きが気になるようでリオは不満そうだ。早く話せと言いたいのだろうが我慢してもらおう。
リオにドーラの世話を任せている間に、さっと着替えて夕食の支度をする。
リオがほとんど済ませているので、温めて配膳する程度だからサミュエルにもできる。今はリオがしてくれるが、ドーラが来る前は自分でやっていたことだが、なぜかリオには不評だ。今までの家主は全部自分に任せてくれたのにと頬を膨らませて苦情を言われる。どこが違うのかサミュエルにはさっぱりわからない。
サミュエルとしては掃除洗濯食事とすべてリオにやってもらっていると思っているのだが、リオ的には違うらしい。服の泥を払ってから家に入ったり、ちょっとした水撥ねを拭いたり、たたんでもらった洗濯物をしまったり程度しかしてないのに、仕事を取られたと怒られる。サミュエルにはそれが不思議だった。
そんなことを思いながら、三人分の料理を食卓に並べた。
食卓は四人掛けのテーブルに四つの椅子が並んでいる、町の食堂なんかが使っているタイプだ。貴族的な大きなものはこの屋敷には似合わないし、そもそも置いたらダイニングがいっぱいになる。イーサンたちが遊びに来ると「狭い!」と笑うが、彼らも寛いで帰るのだから使い勝手がいいに違いない。
家妖精のリオは食事をとる必要はないのだが、サミュエルが一人での食事は味気ないと不満を言った日からともに食卓を囲んでいる。
ドーラが来た日、給仕に回るのでもう一緒に食事をしないとリオが言うと、サミュエルはそうかとだけ呟いて一人で食事をとった。いつもは楽しそうにリオと話すサミュエルがその日は無言で食事をし、ごちそうさまと呟いて早めに寝室に引っ込んだ。サミュエルが何か言ったわけではないのだが、次の日の朝からリオはいつも通りともに食卓を囲んでいた。それだけだがサミュエルはとても嬉しそうだったのでリオは満足し、そんな自分を不思議に思った。
今日はドーラが好きな大きいウインナー入りポトフだ。皮の固い丸いパンと玉ねぎとニンジンを擂ったドレッシングが添えられている。温めなおしてよそるだけなので料理をしたとも言えないが、皿やカトラリーの準備をしていると無心になれた。
そうしているうち、ドーラとリオが来た。入浴はしなかったと言うが、体を拭いたらしくすっきりとしている。
「サム様、真ん中に置いていいですか?」
「いいよ。これはおいしそうだな。ひとつ味見していい?」
「主。食事が先です。子どもですか?」
ドーラが花のように笑う。
それだけで冷えた心が温かくなるようだ、とサミュエルは思った。
「聖女、ですか?」
「ああ。ドーラはどこまで知ってるかな?」
夕食後、食卓を片付けてリオにお茶を入れてもらってから、話をする。
居間や客間がないわけではないが、ドーラとサミュエルが話をするのはもっぱらこのダイニングだ。居間の半分ほどしかない部屋だがそれがいい距離になっている。リオが作ったクッションと背当てがある椅子も座り心地がいいし、なにより家族の雰囲気がある。
「ごめんなさい。私、何も知らないのです。ずっと、閉じ込められていたし、母は私を嫌悪していたから……」
ドーラはきゅっと目をつむる。
ドーラの過去をサミュエルは書類でしか知らない。過酷な状況だったことは想像できたが、ずっと耐えていたドーラには思い出したくないことだろう。サミュエルは心から謝罪した。
「それじゃあ、聖女の話を最初にしよう。それからこの国の話と結界石について。今日は少し長い話になると思うから遅くなりそうだったら一旦休んで明日の朝また話すよ」
ドーラはこくんと頷いた。
この国には聖女と呼ばれる女性がいる。
聖女は『なる』ものではなく『である』ものだ。生まれつき魔力が高く、精霊に愛され、魔力道を広く持っている女のごく一部が聖女と呼ばれる存在となる。
現在は水の聖女が西の滝に、土の聖女が南の砂漠に、風の聖女が東の断崖にいて、それぞれの役目をはたしている。
火の聖女は15年前に亡くなっているので不在、光と闇の聖女は今まで一度も現れたことがない。
聖女たちは国を守るための結界を張ることを仕事として与えられている。年に数回、それぞれが担う結界石に魔力を注ぐことで国を魔物から守るための結界を張るのだ。
「この結界がないと、国に強力な魔物が多数入ってくる。この国は魔素が強い地脈に囲まれているためにスタンビートが起こりやすく、冒険者たちには人気だが住人にはたまったもんじゃないからな」
聖女は各属性に1人が基本で、結界石がある場所から移動することはほとんどないため、他人に会う機会は少ない。ほとんどが魔力過多として生まれており、結界石に魔力を流すことはその者の為にもなるという。術者は溢れて困る魔力を定期的に石に送ることで安定させることができるし、魔力を得て結界が強くなる。
辺境で暮らすことにはなるが、人が多いところにいればその魔力で他者を傷つけることもあるし、利用されて傷つくこともあるだろう。そう考えればメリットは大きい。
最も、結界石のある場所には聖女しか使えないが生活用の転送陣があるので、孤独を好まない聖女は町に自分の家を持っている者もいると聞く。
「と、ここまでが聖女の話かな。ざっくりだが」
サミュエルは一息入れて茶を啜った。
ドーラはぶつぶつ言いながら指を折っている。
「今は火の聖女様はいないんですよね? そこはどうしてるんですか?」
ああ、とサミュエルは額に手を置いた。
「俺が行ってる」
「え? でも、サム様、男性ですよね?」
「実は内緒なんだがな、聖女の役目は男でも可能なんだ」
はー、と心の底からため息を吐きだす。
「今までずっと女性だったのは魔力過多になる人間は圧倒的に女のほうが多いのと、精霊が男より女のほうが好きって理由らしい」
「どうしてそれをサム様がご存じなのですか?」
「火霊から直接聞いたからなあ」
サミュエルは遠い目を壁に向ける。
「俺も若かったんだよな。まだ17歳だったし、その辺は仕方ないか」
17歳のサミュエルは留学中だったが、その日は夏季休暇で実家に帰るところだった。
何度も通っている道は火の結界石がある結界を通る街道で、普段通り門番もいて、学生証を見せて抜けたのだが、いつにない違和感を覚える。
何かあったかと聞くと、門番ははじめ渋っていたが、サミュエルが王家に認められた留学生だと聞くと、火の聖女の体調が思わしくないことを教えてくれた。
「あのばあさん、この先の村の出身なんだよ。結界石のところから転送陣でここまで来てるって言ってた。最近会えないと思ってたんだが、つい先日、村長のところにその転送陣を消去してほしいって知らせが来たんだそうだ。もう自分は長くないからってな」
門番はとても寂しそうだった。火の聖女と仲が良かったと言い、しんみりしている。
サミュエルは転送陣のところに案内してもらい、書式を見て自分の火の魔力が使えそうだと知ると、試しに少しだけ流してみた。
その瞬間、景色が変わり、大きな山のふもとに飛ばされたことを知った。
目の前には小ぢんまりした木の小屋がある。小屋からは陽炎のような魔力がゆらゆらと漂っていた。
『侵入者!』
『侵入者!』
『侵入者!』
なにかがまとわりついてくる。
サミュエルが手を振ると、なにかは小さな悲鳴をあげて小屋に逃げ込んだ。
その後をゆっくりとついていく。
サミュエルの背丈より少しだけ高い扉を開けると、部屋と同じように小ぢんまりしたテーブルがあり、淀んだ色の大きな水晶玉が乗っていた。
「誰だい?」
その奥にある部屋から声がする。
進むと、中には小さなベッドがあり、老女が横たわっていた。その周りにはゆらゆらと何かが揺れている。老女から立ち上っているようにも見えるし、老女を包み込んでいるようにも見える。
「初めまして。侵入者で申し訳ありません。サミュエル=ウィンバリーと申します。貴女は火の聖女様ですね?」
お辞儀をすると、火の聖女はうっすらと目を開けてサミュエルを見た。
「ああ、いい魔力道を持ってるね。まっすぐで、太くて、柔軟だ。これなら頼めるかねえ」
火の聖女は灰色に濁った眼を開き、体を起こそうとした。しかし力が入らず、身じろぎしただけになってしまう。サミュエルが走り寄って背を支えると、火の聖女はとても嬉しそうに微笑んだ。
「欲をいえば女だったら代替わりしてもらえたがねえ。心は女とかどうだい?」
「ご期待に沿えず申し訳ない」
「女の格好だけでもいいよ」
「似合えばかなえるよう努力もできるのですが、あいにくこんな感じです」
「がっかりだねえ」
「すみません」
頭を下げつつ、火の聖女を再び寝かせる。
話を聞いていたなにかがくすくすと笑った。それはもやもやとした空気の流れのように見えたが、だんだんと一つの形になっていく。
赤々と燃える体をした、美しい女がそこにいた。
『気に入ったわー』
女はにこりと美しく笑いながら、ベッドの横に座っていたサミュエルの顎に指を置いて持ち上げた。
『あら、意外とかわいいじゃない。女の子のが好きだけど、この子となら楽しそうだし、次の聖女が来るまで待っててあげる』
鼻が当たるくらい顔を寄せられる。火で炙られてるような気持だが熱くはない。女から上がる炎が体のあちこちに触れていくがそちらも火傷ひとつなかった。
「すまないが俺は学生なんで、ずっとここにはいられないんだが……」
『あらま。困ったわね。結界がなくなってもいいの?』
「それは困るなあ」
『でしょ?』
「でも人は目標がないと生きていけないと俺は思う。もしここにずっといたら、俺はただ生きているだけの詰まらない男になって貴女に飽きられると思うんだが、それでもいいか?」
『それは嫌』
「それだったら、年に数回、結界が弱くなった時に呼んでくれれば来るよ」
『寂しくなったら来てくれるってこと?』
「貴女が望むなら」
火の女はくすくす笑いながら火の聖女の頬に手を置いた。
『アガタ聞いた? この子、私に成長していく姿を見せに来るって。可愛すぎない?』
「よかったですね、火霊様。私がいなくなっても寂しくないですよ」
『それはないわ。アガタだけじゃなく前の聖女が死んだときだって私は悲しかった。貴女がいなくなったら、私はしばらく力が出ないでしょうね』
「ふふ。そんなこと言わないでください。化けて出ますよ」
『貴女になら祟られてもいい。だから、もう少し一緒にいたい』
「ごめんなさいね。どうやらそれ、そろそろ、無理そう……」
火の聖女は大きくため息を吐くと、サミュエルに目を向けて微笑んだ。
「私が死ぬ直前に、貴方が来たのは、火の神様の導きね。私の力が弱くなって、結界石に魔力を送れなくて、結界が弱くなってしまったの。申し訳ないんだけど、貴方が代わりに、注いでくれないかしら?」
「俺が、ですか? でも俺は聖女じゃ……」
「大丈夫。もともと聖女は精霊が認めてくれた魔力が多い者のことよ。貴方は女じゃないけれど、火霊様が認めてる。貴方は魔力過多ではないみたいだけど、魔力が多いのはわかるわ。お願い、その魔力を、結界石に、注いで、ほしい……」
「聖女様!?」
「突然、こんなお願い、ごめんなさいね……。火霊、さま……。アガタは、たのしゅうございました……。あり、がと……」
『アガタ……』
「たの、み、ます……」
ゆっくりと、火の聖女の目から光が消えた。
サミュエルは結界石に魔力を注ぎ、火の聖女を埋葬して、村に戻った。
「まあ、そういうことで、俺は年に三回くらい、火の聖女の結界石に魔力を入れに行くんだよ」
説明を終えると、ドーラは目を丸くしていた。
「女装していくんですか?」
「どうしてそうなった?」
変なところに食いついたドーラに苦笑する。
「俺が火の結界石に魔力を注いでいるのは各聖女と王しか知らん。実は聖女は男でもいいですなんて話は国を混乱させるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。自分の娘が聖女だと差し出してくる貴族は多いんだ。これで息子まで差し出されたらかなわん。聖女が出た一族には特別給付金がでる。聖女になると一定の地位もつくからな。最もそういう心がある奴は精霊に好かれないから試験するまでもなく落とされるんだが」
「試験、ですか?」
「試験と言っても難しくはない。受ける本人と試験官だけが転送陣で結界石のある場所まで行って、本人が結界石に触れるだけでいい。ただ、結果が悲惨だ」
魔法伯として何度か試験官として付き添っているので、失敗した娘の末路をサミュエルはよく知っている。
「精霊に認められずに結界石に触れた者は罰として全魔力を吸い出される。魔力道は潰され、一生魔法を使えない。酷い場合は発狂して死ぬ。自分の欲だけで聖女になろうとした娘はこっちだな」
サミュエルはため息を吐きながらドーラを見る。
この子にはすでに光霊がついている。だがそれ故に火霊に認められるかわからない。
もしもこの子が結界石によって魔力道だけでなく精神を破壊されたとしたら、自分を許せるだろうか? 火霊を恨まないでいられるだろうか?
自分の心が決まっていないのにドーラを試すことはしたくない、サミュエルは王の命をどうやったら撤回できるか、頭を悩ませる。
「今日のところはここまでにしようか?」
気づけば夜も更けていた。
それを言い訳にして話を打ち切ろうとしたとき、机にせていた手を向かい合って座っていたドーラが手を伸ばしてつかんだ。
「なにか私にしてほしいことがあるんでしょう? 最後まで話してくれないと眠れません」
きゅっと力を込められる。
ドーラの目はとても真剣だった。誤魔化そうとしても無理だろう。
サミュエルはしばらく困った顔をして口をパクパクさせていたが、ぽつりぽつりと話し始めた。
読んでいただいてありがとうございます。
やっと聖女の話が出てきました。何とかタイトル回収できましたかね?
しかし目指していた溺愛は全然できてないのが悲しい……。




