11 朝、目が覚めるといつもこれは夢なのではないかと思う
朝、目が覚めるといつもこれは夢なのではないかと思う。
温かみのある薄いオレンジ色で包まれた部屋。
柔らかなベッドと枕。
私の背丈ほどの窓からは明るい光が差し込んでくる。
夜着は手触りがよく清潔でサイズも合っている。
そこで目覚める私も毎日湯を使わせてもらえて清潔だ。
毎日違う服に着替え、その服もちゃんと洗濯されている。
着替えて、ダイニングに移動すると、中からはとてもいい匂いがする。
そっと中に入る。
「おはよう」
暖かい笑顔で迎えてくれる人がいる。
席に着くと、そっと朝食が現れる。
夢よね、といつも頬をつねる。
ちゃんと痛い。
「ドーラ様は毎日同じことをするのですね」
暗い赤のワンピースに白いエプロンをした女性がジュースを注ぎながら微笑む。
その手が頬をつねる私の手に触れ、そっとおろしてくれることで、毎日夢じゃないことを確認している。
今日で7日経った。
夢ではないと、やっと最近実感できた気がする。
最初にこの家で目覚めたとき、何が何だか全く分からなかった。
まず感じたのは暖かなものに包まれていること。
ゆっくりと指を動かし、足先を動かし、曲がっている膝をゆっくり伸ばし、体中の感覚で状況を把握するところから始めた。
全身を布でくるまれて、誰かの膝に乗せられてぎゅっと抱えられているのを知る。どうやら今までのところから別のところに移されたあとのようだ。
また何か痛いことをされるのかもしれない。
そう思い、我知らず震えていると、その誰かが気づいた。
「ああ、目が覚めたかな?」
どこかで聞いた声?
「怖がらせてすまない。俺はサミュエル=ウィンバリー魔法伯。君の保護者になった男だ」
「ウィンバリー魔法伯様?」
「ああ、サムと呼んでくれると嬉しい。君はテイナ辺境伯の三女のサンドラ嬢だね?」
三女?
私があの辺境伯の?
そんな、ありえない。私があの双子の妹だなんて。
「わかりません……」
私は小さく首を振る。
怖い。
私はいったい何者なんだろう?
私はサンドラ。でもそれ以外は何もわからない。8歳の時にあそこに連れていかれて以来、私を名前で呼ぶ人はいなかったし、そもそも人として扱われていなかったと思う。
じくり、と心が痛む。
じんわりと体の芯が熱くなる。
「ああ、大丈夫だよ。怯えなくていい。ちょっとごめんね」
そういうと、サム様は少しだけ私を包んでいる布をずらし、頭のてっぺんに自分の額を当てた。急に知らない男の人の顔が迫ってきて驚いたけれど不快じゃない。
サム様が額をつけた場所からすっと熱が引いていく。体の中で沸き上がった熱をサム様が引き受けてくれたようだ。
「今日は色々大変だったね。というか今までずっと大変だった。俺が言っても慰めになるかわからないけど、一人でよく耐えたと思う。君は頑張った。えらい。おじさん感動したぞ」
そっと頭をなでる指がとても暖かい。今までに聞いたことのない穏やかな声もすっと心に入ってくる。
この声、たしか……。
「バアンって、言って」
「え?」
「お願い」
「え、うん。こう、バアン……。これでいい?」
ああ、やっぱり、バアンの人だ。
私を助けてくれて、守ってくれた、初めての人だ。初めて、もっとそばにいたいって、思えた人。
「助けてくれて、ありがとう、ございました」
よかった。お礼が言えた。
満足したら急に眠気が襲ってきた。
私はサム様の体に寄りかかるようにして眠った。
魔法伯の自宅というのでとても広い豪邸を想像したのだけど、実際は部屋が5つほどの少し広めの邸宅だった。聞けばここは特別な場所に建っているため、魔法伯でないと住めないし、魔法伯が住んでいなければこの地はとんでもないことになるのだとのこと。
その証拠に、この家には特別な家精霊がいる。家精霊は暗い赤のワンピースを着た妙齢の女性で、ベッドで目を覚ました私の手に優しくキスをしてくれた。ちょっとびっくりした。
私は二階にあるサム様の隣の部屋をあてがわれ、ほぼベッドの上で一日を過ごしている。
私の体は大事な成長期に酷使されていたため、同じ年の人より成長してないそうだ。16歳なのに見た目は12歳くらいとのことで、十分な養生が必要だという。養生しながらの魔力調整で数年後には回復するとも言われていた。さらに言うとここに来た時は瀕死だったらしい。
死にかけていた私を献身的に看病してくれる家精霊は名をリオという。リオさまと呼んだら家精霊は従者と思ってもらって構わないのでリオで、と言われた。以来リオと呼ばせてもらっている。
リオは私にこびりついた酷い汚れと臭いを丁寧に洗ってくれたけど、同情の目は向けなかった。それがなんだかとても嬉しかった。
リオの作る食事はとてもおいしくて、幸せになる。
よく話すときと黙るときとの差が激しいけれど、リオの手は魔法のように私を人に戻してくれた。
恐縮しながらお礼を言うと、リオはにこりと笑って私の手を取る。
「気にしないでください。貴女の魔力がおいしいのです」
よくわからないけれど役に立っているならば嬉しい。
サム様は毎日忙しいようであまり会えない。
会えた時にはテイナ辺境伯での暮らしを聞いてくるけど、毎回とても申し訳なさそうな顔をするのでかえって悪いなと思う。
もっといっぱい話したいのだけど、お仕事だから仕方ない。
その話をしたら、次の日から朝食の時間にサム様が顔を出すようになり、一緒に食事をするようになった。あまりたくさん話はできなかったけれど、サム様の顔を見ているだけで一日がとても幸せだった。
ただ、少し不満がある。迷った末、私はサム様に打ち明けることにした。
「サンドラ嬢は今日は何を」
「あの」
「ん?」
「……、できれば、サンドラ嬢と呼ばないでほしいのです。もっと、親しくなりたいのです……」
サム様はぽかんと口を開けた。お嫌だったのかも、と反省したけど、後悔はしない。
「親しくしていい?」
「もちろんです」
「それは、うん、嬉しいなあ……」
サム様は顔を真っ赤にし、両手で顔を覆った。
「君の知らないときにあんなことやこんなことをしているこんなおじさんでも親しくしてもらっていいのかなあ。知ったら嫌われると思うけど怖くて話せない小心者のおじさんがこんなご褒美もらっていいのかなあ。あああ……」
「あ、あの?」
あんなことやこんなこと? 嫌われる?
何の話だろう?
「あああ、ごめん。えと、サンドラだからサンディとかかな? でもそれだと俺のサムと被るのか。俺は嬉しいけど、ううむ」
真剣に考えてくれることがなんだか嬉しい。思わず顔が笑ってしまい、熱が上がってきた頬を押さえていると、横からリオが呟いた。
「ドーラとかいかがですか? かぶりませんよ」
「おおっ、それはいいな!どうかな、ドーラ嬢で?」
ぱああっと顔を輝かせて笑うサム様。見ているとこちらまで笑顔になってしまう。
「嬉しいです!これからは私のことをドーラって呼んでくださいませ」
「よかった。それじゃあドーラ嬢」
「ドーラ嬢でなくてドーラで!」
「う、お、ああ。じゃ、じゃあ、ドーラ、これからよろしく」
自分を助けてくれた人がサムでよかったと思い、心の底からにっこりと微笑んだ。
ここに来てから、毎晩不思議な夢を見る。
大きくて暖かな人が来て、私に優しく触れる夢。
その人に触れられると私はドロドロに溶けて流れ、水のように蒸発して空に混ざる。
きらきらと光のかけらになった私はその人の上に降り注ぎ、体の中をゆっくりと回って口から出てきて人になる。
その人の姿ははっきりと見えないけれど、大きく手を広げて差し出せば、包み込むように抱き締めてくれる。
そうして私は再びその人と一体になり、また離れ、またつながる。
柔らかで暖かな光がずっと私たちを包みこんでいる。
幸せで幸せで、涙が溢れる。
ただそれだけの夢。
あるとき、私は手を伸ばして自分からその人を抱き寄せた。
その人は一瞬動きを止めたけれど、そっと私の顎に手をかけ、唇を合わせた。最初は合わせるだけだった唇は暖かくて優しくて、私の中でぐちゃぐちゃになった何かをなだめてくれるような気がした。
それがとても気持ちよくて、思わず微笑んだ。
それなのに。
「君が俺の手を離れるまで、頑張って守るから、許してくれ」
唇を離すと、その人はこう呟いた。
その声はとても苦しそうで、心が痛んだ。
読んでいただいてありがとうございます。
サンドラの愛称をドーラにしました。某空賊のマダムではございません。大好きなんだけどね!
ドーラ視点でもサムが変なことを口走っているのは仕様です。




