10 ここ数日、体調がいい
ここ数日、体調がいい。
肌もプルプルだし、髪も艶艶だし、なにより体中から活力が溢れてくるような気がする。
32歳で肌艶がいいとかどんな男だと思うが、それはそれで仕方ない。
毎日毎日、特上の光の魔力をとんでもなくけしからん方法でいただいているのだから。
あの日、すべてを焼き尽くすような光が消えた直後、テイナ辺境伯領からすべての魔法が消えた。
辺境伯の領地を一歩でも抜ければ魔法は使えるが、領土ではどんな小さな魔法も使えなくなっていた。まるで領土の魔力がすべて光となって昇華したようだった。
サミュエルの配下や王宮の魔術師たちが調査に入っているが、原因はいまだわかっていない。
いや、たぶん、サミュエル魔法伯にのみわかっている。
その原因と思わしき少女は現在、サミュエルの邸宅にて療養しているのだから。
サミュエルの邸宅は王宮から馬車で5分、歩くと20分のところにある。
王宮勤めの下級貴族の邸宅がある一画だが、サミュエルの邸宅部分だけわずかに広い。ただ、魔法伯という爵位を持つ者の住む邸としては狭いと思われる。
ただ、そこに住めたのはサミュエルだけだったし、サミュエルが住まなければならない事情があった。王都の要石的な場所なのだ。
その家は広い魔力道を持たない者には幽霊屋敷のようなものだった。毎日毎日、ソファが飛んだり女の影が笑いながら走り回ったり大きな物音がしたり使用人が消えたりする。それはすべて暴走する魔力のせいだった。
王都には広い魔法道が通る地脈がいくつかあるのだが、この屋敷の真下のみ、魔力が地上に出やすくなっていて、それを抑えるためには魔力過多に近いほど広い魔力道を持つ者が適度に溢れ出た魔力を取り込む必要があったのだ。
そして、それができる者だけが魔法伯になれる。
ここ数年、そこまでの魔力道を持つ魔法伯がいなかったため、この近隣は大変荒れていた。十年ほど前、サミュエルがたまたま近隣の友達を訪ねてここを通りかかった際、屋敷の精霊に認められ、引きずり込まれて無理やり生活させられるようになり、今に至っている。
そんな邸宅では、現在、一人の少女が眠っている。
光の加護を持つ美少女だ。虐げられていた分とてもやつれているが、ここに来てからは十分な栄養と休息を与えられているため、だいぶ回復してきた。
バサバサで何かわからないものがこびりついていた髪は柔らかく波打つ金色に輝き、青白かった頬もほんのりと赤みがさしている。ずっと閉じていたので見えなかったが、瞳は秋に咲く桔梗の色だ。青紫の美しい色も少しずつ生気が見えるようになってきた気がする。
少女とは何回か言葉を交わした程度でなかなか交流できてない。
忙しさにかまけて夜中に魔力を調整するときだけ顔を見る程度だ。
まだ名前を聞いてないのに最近気づいたが、今更どうしよう……。
そう思っていた矢先にテレンスが彼女の情報を書類にして持ってきた。気が利く友達はありがたい。思わず抱き着いて叱られたのは内緒だ。
「サンドラ、か」
サンドラサンドラ、と口の中で転がす。うん、少女にぴったりな可愛い名前だ。
書類にはサンドラについて調べられたことが載っていた。
読み進めるうちに胸が悪くなる。
その生い立ちは悪夢のようだった。
ケネス=テイナ辺境伯は侍女だったキャロラインという女と情を交わし、子ども、サンドラができると捨てた。サンドラは生まれたときはさほどではなかったが成長するにつれて魔力過多が顕著になり、持て余した母親はサンドラが8歳の時に辺境伯に売った。母親はその時に処分されたらしい。
ケントがサンドラと出会ったのはサンドラが捨てられた直後だったようだ。ケントにとっては嬉しい悲鳴だったろう。あいつの研究脳は大学でも有名だった。何をしたかも記入されているが、あまりにおぞましくて鳥肌が立った。こんな小さい娘に性的虐待までしていたとは……。
足枷を外そうと触れたときにものすごく怯えた理由がわかったのはよかったが、今、自分がしていることはそれとどう違うのだろうとサミュエルは頭を抱えた。
寝ている少女に同意を得ない口づけ、だ。
もう犯罪者として牢屋に入れてほしい!と何度叫ぼうとしたか。
そんな悩みは当然現れていたようで、一昨日、悪友三人に捕まった。
結界まで張られ、厳しく追及され、仕方なく話した。もう半分泣いていたと思う。
三人はあっけにとられたように口を開けたと思ったら、盛大に笑いやがった。
「衛兵さーん、ここに幼女趣味男が来ましたよー」
「よ、幼女じゃない!サンドラは16歳で一応成人だろう……」
「でも同意なしだろ? 犯罪者でーす」
「ううっ……」
「しかも寝てる時って、ダメですよねえ」
「うううっ……」
「「「はっきり言ってヘタレ!」」」
とどめを刺された。
「もうだめだ、俺は死ぬんだ、世間的にも生命的にも精神的にもだめだ……」
さすがに言い過ぎたと思ったのか、ひとしきり笑ったのち、三人はサミュエルの肩をポンポンポンと叩いた。
「それを回避する方法はなあ、たった一つだ」
「そう、一生かけて守ればいいんですよ」
「結婚だねっ!」
「け、結婚!?」
サミュエルの顔が破裂しそうなくらい赤くなる。
あんなかわいい少女が自分の嫁に!?
「い、いやいやいや、それはいくらなんでも……」
「なんでだよ? 夜中に何度も口づけしてるんだろ?」
「いや、あれは、光霊との約束で……。魔力を、な……」
「そもそもサンドラ嬢の魔力過多は貴方にしか調整できないんでしょう?」
「ま、まあそれはそうだが……」
「それにあの子はサムが保護したんだからね。大事にしなくちゃだめだよ」
「う、うう……」
葛藤するサミュエルを見つめる三人。
そのうち、彼らはにやりと笑い、それぞれがサムの耳元で囁いた。
「そんなに困るなら俺が面倒見てもいいぜ。サムは夜中に魔力調整に来ればいいじゃないか」
「ダメだ!テレンスは子供二人もいる親父じゃないか!そんなところに預けられん!」
「あそーう。だったら僕がもらっていくよ。この子可愛いし」
「ダメだ!!リンジーは彼女が三人いるだろう!? そんなところにサンドラはおいとけん!」
「それでしたら私が連れ帰りますよ。一人くらい増えても問題ありません」
「ダメだ!!!イーサンのとこは男ばっかりの寮じゃないか!危険すぎる!!」
脊髄反射のような見事な返しである。
三人は爆笑した。
「じゃあ」
「サムが」
「守れよ」
「もちろんだ!あっ!?」
誘導された……、と気づいた瞬間、サミュエルは頭を抱えて身もだえた。
そんなことがありつつ、今に至る。
毎夜、申し訳ないと思いながら、サミュエルは眠るサンドラに口づけをする。
邸宅の底を通る魔力はサンドラと相性がいいらしく、一日もすると魔力暴走を起こす直前までたまってしまうのだ。溢れる魔力はサンドラを蝕んでしまうため、こうして吸い出してやる必要がある。
そう、これは、不可抗力なんだ。
絶対に、寝ている無抵抗な少女に不埒な真似をしているわけではない!
安心して眠っているこの子がかわいいとか愛しいとかそういう気持ちがないわけじゃないが、またちゃんと話もできてない。これはただの庇護欲だろう。
毎晩、サミュエルは葛藤しているのだが、心の苦悩に反比例して体の調子はすこぶる良い。下手すれば20代前半くらいまで若返っているかもしれない。そのくらい体内の魔力も安定するのだ。
サンドラの魔力は空になった魔法石に与えると保存することもできた。
ケントの仕組みに比べれば効率は悪い。あいつはやはり天才だ。しかし同じやり方をしてサンドラを傷つけたくない、サミュエルは真剣に思っていた。
自分も禁書を読んで対策を練ったほうがいいのかもしれない。
だが……。
「ん、ううん……」
唇を離すとベッドの上でサンドラがにっこり微笑む。
目覚めてはいないので罪悪感が半端ないが、この笑顔を消すようなことはしたくないと思う。
「君が俺の手を離れるまで、頑張って守るから、許してくれ」
自分の唇に指を置く。しっとりと柔らかい感触が甘い魔力とともに感じられた。
読んでいただいてありがとうございます。
間が開いてすみません。それなのにおっさんの肌がプルプルになったと言う回でした。
誤字・脱字報告や感想などありがとうございます。いつも助かってます。




