第29話 少しの間おやすみなさい
瞬く間にノアと私の結婚式の話題は妖精界に広まっていった。
さすがは噂好きの大気の精霊たちだ。すぐさま妖精王のオベロンと妖精嬢王ティターニアが私たちに会いに来てくれた。
ノアの目覚めに二人とも自分のことに喜んでくれたほどだ。彼は少し照れくさそうにしていたけれど。
丘の精霊王ミデルはエーティンと一緒に様子を見に来てくれて、ノアが目覚めたことを喜んでくれた。私がミデルと話していると、ノアは不機嫌そうに私を抱きかかえて恥ずかしかった。
その反面、彼が嫉妬しているのだと思ったら、少しだけ嬉しい。
あっという間に秋は過ぎていく。
ウェディングドレスを緑の佳人と家事妖精が用意してくれて、試着も済んだ。ベールは自分で縫おうと思ったのだが、その前に冬が訪れる。
森の木の枝は枯れ落ち、空には暗雲たる重々しい雲が広がっていた。もうすぐ雪が降るだろう。
(すっかり森は眠りについたわね。……春に向けて十分に休むため)
私もまた春の妖精だ。冬の寒さに耐えきれず、睡魔がよし寄せる。
気づけば私の視界は真っ暗だ。
「サラ」
「ん……」
優しい声音に私は重たげな瞼を開く。
トクン、トクンと心音が聞こえる。体は毛布にくるまれて入れ温かい。
ゆっくり動く振動が揺りかごのようで心地よかった。
「……ノア? 私」
「無理に起きなくていい。……もう冬に入るだろうから、今度は君が眠る番だ」
「まだ……寝たくないわ」
視界の端に代わる代わる景色が見える。馬に乗っているだろうか。視点が少し高い。
けれど目覚めた私にノアはキスの雨を降らす。くすぐったくて、私は思わず身じろぎしてしまう。
「ノアと……一緒にいたいもの」
「そんなに愛らしいことを言われると、寝かせたくなくなる」
だって一人で待つのは寂しいもの。
百年間、眠り続けるのを待っていた時に私はそう思った。やっとノアと一緒の時間が過ごせると思ったのに、秋はあっという間だった。
冬は妖精の護衛役が眠りについている森を守る。ノアは一人で冬を越すのだ。屋敷があるので、そこで暖炉に日をくべながら、しんしんと積もる雪を眺める。そうしてきたらしい。幸いにも家事妖精は起きているだろうから、完全に一人ではないだろう。
「私も一緒に冬を越せたら……いいのに」
「百日足らずでサラに会えるなら待てる。なに、待つのも存外悪くない」
「ノア」
大きな手が私の頬を撫でる。
手の平の温かさに私は瞼を閉じた。
「おやすみ、愛おしい人」
「ん……」
夢を見た。幸福な夢を。
青い花が一面咲き誇る中で、その中心に青々と茂る巨木がそびえたつ。
巨木の下には、木漏れ日が差し込んでおり誰かが眠っている姿があった。
黒い小さな獣と、若草色の髪の少年。
すやすやと寝息を立てている。
「ようやく眠ったか」
低いけれど甘くて優しい声が耳に届く。
声の方へ顔を上げると、そこには──。私のよく知った人が笑っていた。
彼の名前は──。
***
「ノア」
目が覚めると、春風が私を包み込む。
私の目覚めを合図にして雪が溶け出し、雪の中から春の息吹が芽吹く。
「おはよう。サラ」
「ノア……おはよう」
視界に飛び込んできたのは、美しい黒髪の偉丈夫だ。赤い瞳は熱を宿して私を見つめている。黒の燕尾服はいつ見ても似合っていた。思わずため息が出てしまう。出会った時とは異なり、甘い笑顔に私は頬に熱が篭るのを感じた。
森の中心である巨木の根本で、私は毛布に包まって眠っていた。寝苦しくないようにたくさんの綿が敷き詰められている。良く見れば綿の妖精が密集していたようだ。ウサギのような体つきで、全身が綿のように柔らかい。
「サラが眠った後に綿の妖精が集まってきたんだ。どうやらお前を気に入ったようだ」
「もふもふで、かわいい」
「幸福を与える妖精だが、このところ幽世界が不安定で姿を見せなかったが、こんなに増えるとはな」
「妖精界が少しでも良くなるといいわね。もちろん、ノアの領土の回復も」
「ああ、そうだな」
ふわふわと浮遊する綿の妖精は私の髪に引っ付いたり、体にまとわりつく。人懐っこいようだ。
『好かれているのです』
『綿の妖精ばかり狡いのですぅ』
『サラ、起きたのです。春なのですです』
大気の精霊は相変わらず自由気ままに、私の周りで囁く。
「サラ、愛している」
「私も、ノア。好き、愛しているわ」
どちらともなく唇が触れあう。啄むようなキスをしていると──。
「どうやら予定通り起きたようだね」
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