第28話 春と冬の間にあるもの
あたたかな温もりに私は幸せな気持ちでいっぱいだった。
ノアが目を覚まさなくなってから、寂しさは募るばかりで、今思えば不安だったのだろう。でも今は穏やかな気持ちでいられる。
いつからだろう。
頬に当たる風は心地よさが消え、少しだけ肌寒くなる。身を縮こませていると、誰かが頭を撫でくれた。体を抱き寄せて急に暖かくなる。誰?
うっすらと意識が浮かび上がる中、聞こえたのは低い声。
聞き覚えのある──優しい声だ。
「サラ」
「ん……」
想い瞼を開くと──世界はオレンジと黄色に色づいた森が広がっていた。
森に降り注ぐ紅葉や銀杏の葉が絨毯のように敷き詰められていた。
「おはよう」
顔を上げると私の傍らには、六つ目の獣が目を開いていた。艶やかな黒い毛並みだったのだが、私が目を覚ますと、人の姿へと変わった。
燕尾服を着こなした偉丈夫へ。濡れ烏色の外套を纏い、黒く艶やかな長い髪、造形の整った顔立ち、白い肌、琥珀色の双眸はとても愛おしそうに私を見つめていた。
そして私を横抱きしながら、こつんと額を合わせる。自然と唇が重なり合う。
彼との再会に私は涙が止まらなかった。
「ノア……ノア!」
「泣くな……。お前に泣かれると弱い」
涙を拭う仕草は優しい。私の涙を止めようと、彼は頬にキスを繰り返す。
それがくすぐったくて、少し恥ずかしい。
「やっぱり私が眠ったから……」
「いや、オレの魔力は空っぽだったからな、数百年ぐらいは眠っていたはずだ」
「数百年? でもまだ百年しか……経ってないけど?」
「……目覚めを速めたのは、お前が春の妖精となったからだ」
「私?」
小首を傾げる私に、ノアは目を細める。いつの間にか凍てついた表情を見せていた人が、柔らかな笑みを見せるようになった。それが堪らなく嬉しい。
「オレとお前は番ゆえ、魔力は繋がっている。だからこそ春の妖精としてお前が百年、この森を守ったからこそ回復が早まったんだ」
「…………!」
私は彼の言葉にまた泣いた。傍に居た私の選択は間違いじゃないということが嬉しかった。
ノアは私の長い髪を梳くように撫でる。
「前の髪の色もよかったが、今の色もお前に会っている」
「本当?」
「ああ」
「ノア、好きよ。大好き」
「ああ。ようやくお前からその言葉が聞けた。オレも──お前を愛している」
再び唇が重なると、甘く幸せな味がした。
***
春の妖精の私と、死を司る──冬の妖精であり、精霊のノア。二人が一緒に居ることのできる季節。それは春と冬の中間にある短い夏と秋だ。普通は秋の方が短いのだが、ノアの治めている領土の気候は秋の方が長い。
オレンジに緋色、黄色に橙──鮮やかな森の色合いに、私とノアは獣道を歩む。ただの散歩だったとしても、愛しい人と一緒に歩くのはそれだけで胸が弾んだ。私たちのゆく道にコボルドや大気の精霊が祝福してくれる。
「しかし、お前の望みが一緒に森の散策とは……」
「他にもありますよ」
「それは初耳だ」
「人間らしいと思うかもしれませんが、花嫁になってみたかったんです。白の薔薇と、セントジョーンズワートとフォーゲット・ミー・ノットで作ったブーケを手にして、貴方の花嫁になれたら素敵だなって……」
ノアが眠っている時に、願った夢。いろんな人たちから祝福を受けた結婚式──それこそ夢物語だとわかっていても、人間だった憧れは私の中に残っている。
そんなことを話したら、ノアに失望されるかもしれない。そう思っていたのだが、言葉に出てきてしまった。
「結婚式か。オレにはよくわからないが、サラ。お前が喜ぶならやろう」
「え?」
「そうだな。せっかくなのだオベロンを巻き込んで、盛大にやるなら春先ならオレも起きていられるだろう。雪解けで春の花が芽吹く頃なんかはどうだ?」
ノアは私の顔を見ると、フッと微笑んだ。
「オレの番の願いなのだ。叶えてやりたいと思うのは当然だろう」
「でも、その……」
「お前の望みをオレも叶えたいし、サラには笑っていて欲しい。それともオレのような獣では嫌か?」
「嫌じゃない!」
言い切る私にノアは幸せそうに笑みを深めた。
「なら決まりだ」
後数話で最終回です♩.◦(pq*´꒳`*)♥♥*
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