第27話 つがい
青々とした森に、苔が生えて精霊たちが浮遊する。
魔力が濃いと精霊たちは実体化して、気ままに森を散策していた。妖精は相変わらずお喋りで噂好きのようだ。私はそんな彼らと毎日楽しく過ごしている。
本当はノアの暮らしていた屋敷で生活したい気持ちがあるが、ここで彼が眠っている以上、私もついつい森で暮らしてしまう。
ひらひらと桃色の羽根をはためかせて、私は森の見回りをしながら果物を探す。東の森はここ百年の間により成長を遂げ、豊かになった。それこそ冬はなくずっと春ばかりが続いている。
まさに楽園。様々な色の花が咲き乱れるが、森の中央だけは青色の花で満ちていた。
小さくて可愛らしい宝石のような花。そこに囲まれるように眠っているのは、黒い獣だ。傷を癒すため、ずっと眠り続けている。
私の大切な──つがい。
私はこの森の妖精姫として、転生した。ホムンクルスの肉体は森に吸収されたことで、森の一部として私は蘇った。というのが正しいのかもしれない。
もっとも今の私には立派な羽根もあるし、外見の姿も少し成長している。薄緑色の髪は、孔雀石のような艶やかな青緑の美しいものへと変わり、貧相な体つきもすこしはふくよかになったはず。とくに胸あたりが……。
白いフリルをあしらったドレスに身を包んで、私は森にとどまり続けている春を見守っている。森の中心にある巨木の下、そこで丸まって寝ているのは黒い獣──私の伴侶だ。
黒くて艶やかな毛並み、固く閉じた六つの目。
犬──良く見たら狼に近いかもしれない。
「ノア。今日もいい天気ね」
そっと頭をなでるとわずかに瞼が動いた。夢を見ているのかもしれいない。
傷はいえたけれど、未だ彼は目を覚まさない。
それでも彼に寄り添えば心音が聞こえる。ずっと起きていたのだから、彼にとってこれは休息なのかもしれない。
次に目を覚ましたら、森が成長していることに驚くかしら。
私の姿を見て喜んでくれたら──嬉しい。
「……サラ」
その名を呼ぶ声に振り返ると、妖精王オベロンと同じく妖精嬢王ティターニア、そして丘の精霊王ミデルの三人が佇んでいた。
みな百年前と変わらない。妖精の時間の流れは緩やかだ。私は突然現れた客人を快く迎え入れた。
***
私は緑の佳人とコボルドに協力をしてもらって、即席の東屋を作った。お茶や菓子はノアの屋敷に住み着いている家事妖精が用意してくれたものだ。
「んー。いつ来てもサラのところの菓子や紅茶は美味しいわ。人間界での経験の差かしら?」
「かもしれません。もうずっと前のことなのですけれど、食事に関しては妖精になっても変わらな見たいです」
微苦笑する私に、ミドルは「君らしいよ」と微笑んだ。
彼は私の事をエーティンの生まれ変わりとして、親身に相談に乗ってくれたり、訪ねてきてくれる。けれどそれは以前のような熱量のある恋に似たものではなく、もっと穏やかで温かい家族のようなものだ。
数年前に十二人の姉妹とも再会し、時折ミドルが一緒に連れてきてくれることが増えた。
「ずっと独りで寂しくはないかい?」
「ノアがいるもの」
これが私とミデルの必ず交わすやり取り。
いつもはそれでこの話題が終わるのだが──。
「ファンヴァラがずっと眠っているのは、春の妖精である君がこの地にいるとしたら?」
「…………」
その話も何度もしたものだ。
春と冬が共にあることはない。ならば私とノアはもう共にあることは難しいのだろう。それを認めるが嫌で私はノアの傍を離れなかった。けれど、百年も春が続けば、森が休むことが出来ない。
森を休ませるのも大事なこと。
「私はこの地を離れることは──したくない。だから、ノアの傍で眠りにつくことにするわ。そしたら何かが変わるかもしれない」
私の言葉にミデルは辛そうな顔を見せ、オベロンとティターニアは「君がそういうなら」と承諾してくれた。二人はミデルほど私の眠りに反対してはいなかった。
帰り際、オベロンは私の傍に歩み寄る。いつもの少年のような明るさとは異なり、王としての雰囲気を纏っていた。
「サラ、季節は春と冬だけでもダメなんだって知っている?」
「え、ええ……」
「うん、わかっているなら大丈夫だね」
オベロンの言いたいことがくみ取れず、私は小首を傾げた。
そんな私に彼はウインクを投げる。
「なに、神様だってそんなに意地悪じゃないってことだよ」
「妖精王?」
「サラ、次に会うときは二人で出迎えてくれるのを楽しみにしているわ」
ティターニアはオベロンの言葉の意味を理解しているのか、笑顔で去っていった。
夕暮れ色が空を独り占めすると、私は温かな毛布を用意してもらって、ノアに寄り添うように横になった。よく考えれば妖精になってから眠ったことはほとんどなかった。
昔はよく眠っていたのに。そんなことを思うほど私はずっとノアが目を覚めるのを待っていた。
眠ってしまったら、会えないのではないかと思ってしまって──眠ることが出来なかったのだ。
「でも……。そうよね。少しだけなら──」
何かを変えるには勇気がいる。いつもと違うことをするのは少し怖い。
だから愛しい人の傍らで、恐る恐る目を閉じる。
暗闇。けれど、ノアの心音が聞こえてくると怖さは消えていた。心地よくなり、気づけば私は意識を手放していた。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
最終話まであと少し





