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第25話 その想いを胸に秘めて

 私にはあのドラゴン──ヴィーヴルの気持ちが痛いほど理解できた。ボロボロな翼、全身が漆黒に覆われて邪竜に近く成り果てても、彼もまた約束を守るためずっと彷徨い続けていたのだ。

 たった一つの約束。

 死の淵で、眠り場所を決めたヴィーヴルと、それを受け入れた花の精。

 彼らの願いを叶えてあげたいが、このまま邪竜が森に突っ込めば、復活した森は再び呪いによって蝕まれてしまうだろう。森にすむ精霊はもちろん、妖精たちは逃げ惑う。

 緑の佳人(ドライアド)森の守り手(エント)はヴィーヴルを森に突撃させまいと、木の根を使って迎撃する。ヴィーヴルの羽根や胴を貫くが、彼の勢いを止めることは出来なかった。

 そんな喧騒(けんそう)の中で、私の心はどこか落ち着いていた。


「ねえ、ノア」


 私は急降下してくるヴィーヴルを見つめていた。ノアは何かを察したのか、口を開きかけたが、結局言葉にはしなかった。


「……あの時のように、ヴィーヴルを救えないかしら?」

「なっ……!」

「ほら、あの時のように。貴方の力を通して、浄化を使えば──」

「駄目だ! そんなことをすれば、サラの体がもたないだろう!」


 声を荒げるノアに、私は微苦笑する。

 私だって助かれるなら助かりたい。けれど、この体はそんなに長く持たない。石化した体の影響もあって体の殆どが(きし)んでいる。レムルとの戦いで無茶をしすぎたのだろう。


「でも、このままだったらせっかく蘇った森が──」

「だが……!」

「この領土は私とノアが守る場所でしょう?」


 またあの死の森にしたくない。その想いは一緒だ。一緒に居られるのは短かったけれど、ノアとの時間はとても楽しかった。この場所を守りたい。

 私はそっとノアの唇に触れた。自分から唇を重ねるのは初めてだったかもしれない。

「好き」だという気持ちを伝えたかったけれど、これから先も生きるノアの足かせにはなりたくない。

 ミデルのように縛られてほしくない。

 だから私は自分の気持ちを抑えこんだ。


「サラ」

「行きましょう。私たちのすべきことをするために」


 ノアはグッと歯を食いしばり──抱き上げていた私をそっと下す。青い花が風に乗って揺らぐ。

 歌声が森に響いた。

 ノアは私を後ろから抱きしめ、片手を重ねた。


「……サラ」


 その先をノアは言わなかった。代わりにあの時と同じ呪文を唱える。


「起きろ、起きろ──冬の花(ひいらぎ)。芽吹け、芽吹け。祝福の鐘を鳴らして」

「祝福の鐘を鳴らして、春よここに」

AureusVerr(アウレウス・ウェール)」 

アウレウス・ウェール(金色の春)


 青い花が空へと舞い上がる。

 邪竜となりかけたヴィーヴルを優しく包み込むように、春の祝福が全てを飲み込んだ。


 ***


 どろりと漆黒の塊が森に降り堕ちる。けれど、それを上回る木々や植物の急成長で森の被害を最小限に抑えていた。拮抗(きっこう)する相反する力。

 生と死。

 浄化と邪気。

 二つがぶつかり合い相殺(そうさい)していく。

 その衝撃に、私とノアは耐える。

 ピキピキ、と私を形どっている体が飴細工のように崩れていく。衝撃が予想以上に強すぎるのだろう。それでも私は手を伸ばす。指先が砕かれ、灰となりかけても。

 ノアの伴侶として、最期までともに居ようと。


「サラ!」

「え、ちょ……ノア!?」


 ノアは私を力強く抱き寄せると胸元に体を押し付けた。

 一度だけ私を見つめ、彼の姿は大きく変貌する。黒い獣へと。いつかの六つ目の巨大な犬型のそれは、私が彼の眷族だと思っていた獣だった。艶やかな毛並みに私は包まれる。


「ノア、その姿は……」

「これがオレのもう一つの姿だ。死の精霊としてのオレは──醜いだろう?」


 ギョロリと赤い目が私を見つめる。けれども私は彼に身を預けた。彼の体が少しだけ震えた気がしたが、構わない。


「そんなことない。最初に会った時から、素敵な毛並みだって思っていたし、とても優しいと思ったわ」

「……ああ、そういえばそうだったな」


 ノアから強い力が溢れ出る。これこそ彼本来の力なのだろう。

 死の妖精王であり、皮肉を込めて死の精霊王などとも呼ばれているというが、私には美しい獣にしかみえなかった。彼の咆哮と共に、浄化が勢いを増した。

 誰が死の妖精王と名付けたのだろう。

 森を守らんとするその姿に、気高い魂を目の当たりにして私は彼の傍に寄り添う。それぐらいしか出来ることが無いのだから。

 空から降り堕ちてくる黒い塊は徐々に(しぼ)んでいく。それは隕石にも似た石礫(いしつぶて)となって、森の中心へと飛来する。


防御(エイワズ)導きの星よ加護を(テイワズ・アルジズ)


 私は残っている力を、衝突を防ぐために使い切った。

 視界が傾く中、ノアの温かな毛並みに埋もれ──意識はそこで途切れた。


いつも読んでいただきありがとうございます。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマ、感想・レビューなどもありがとうございます♩.◦(pq*´꒳`*)♥♥*

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