第24話 帰還を願うもの
「ノア!」
私は思わず彼を抱きしめる。もう会えないと思っていたからこそ、力いっぱい抱きしめる。もう片腕しかないけれど、片目しか見えないけれど──。それでも、嬉しかった。
「よくもオレの妻に」
ノアの視線は旋回しているドラゴンへと向けられた。だが私は上空ではなく、レムルが居た場所を見渡す。
──いない? それともこの空間から逃げた?
「ファンヴァラ、今は彼女の治療の方が先だ。急いで戻るよ」
「……!」
私へと視線を向けると、ノアは石化している私の体を見つめた。フォーゲット・ミー・ノットの力で石化は解除されつつあったが、それでも失った腕は治ってはいないのでだいぶ痛々しい。
ノアの反応におどおどしていると、彼は私を優しく抱きしめた。
「そうだな。お前が無事なら──今はそれでいい」
「ノア……。ありがとう」
ノアがフッと微笑むと、すぐさま行動を開始する。
切り裂かれた空間から脱出し、妖精界へと急ぐ。妖精王の先導もあり、すぐさまノアの領土である東の森付近まで戻ることが出来た。
透き通るような青空。生気で満ち満ちた深緑色の森が私たちを出迎える。
「サラ、体は平気か?」
「たぶん、大丈夫」
森に着くとすぐさま緑の佳人や森の守りが温かく迎えてくれた。私はすぐさま森の中心で傷を癒すことになった。
妖精王オベロンはベリルを連れて、心配しているミデルのいる屋敷に戻った。なぜベリルの危機に、彼が現れなかったのか。それは彼にかけられた呪いが発動しないためだと話してくれた。今頃、ティターニアが呪印を解除しているらしいことを教えてくれた。
ずっと掛けられていた呪いになぜ誰も気づかなかったのか。
それに対してオベロンは「妖精には、他人に呪われる。なんて経験ないからね」とあっさりしていた。妖精は基本的に楽観的な種族らしい。呪うよりも相手を攫うか、閉じ込める性質だとか。それはそれで怖い。
──そっか。私を通してレムルの話を聞いていたのね。
「お前の魂はエーティンだというのも聞いていた。……ミデルの傍にいたいか?」
森の中を歩きながらノアは私に囁いた。声が少し震えている。
彼の顔を見ようとしたが、日差しが眩しくて見えそうにない。いいや見えなくてよかったのかもしれない。
「ううん。……私はノアのつがいだもの。貴方の傍がいい」
ずっと素直になれなかった想いが嘘のようだ。私の言葉にノアは「そうか」と優しい声で答えてくれた。私の頬を撫でる手が心地よい。
彼の心音も落ち着く。愛される分、私もノアを愛したい。
「ノア……」
「ああ、着いた」
彼の声に、私はノアと同じ視線を向けた。
森の中心は開けており、青い花が満ち溢れており、とても美しい。
「もしかして、これ全部フォーゲット・ミー・ノット?」
「ああ。お前が呪いを解いた後でここまで咲き誇ったんだ」
「奇麗……」
青い宝石のように煌めく花に私は見惚れてしまった。
この美しさなら確かに、騎士が恋人にプレゼントしたくなった気持ちがわからなくもない。
──それにしても、あのドラゴン。追われていたのはフォーゲット・ミー・ノットの時と同じく、呪われていたような……。
「LA。LAAAA……」
あの時聞こえた歌声が私の耳に届く。
か細い声ではなく、それこそ何重にも重なった声はもはや合唱と呼べるほど力強く、心地よい子守歌のように感じられた。
その声に引き寄せられてか、妖精界の空に亀裂が入る。
ガァアアアアアアアアアアアア!
その咆哮に大気は震え、森は悲鳴を上げた。
いち早くそれがなにかノアは気づいたようだ。だが、その顔には明らかな動揺と苛立ちが混じっていた。
「まさか、ヴィーヴルの生き残りか?」
「ヴィーヴル?」
そういえばどこかで聞いたことがあったような。いや正確には体感したことがあるだろうか。
私の中に断片的な記憶が過る。
大地と空に愛され祝福された種族──蝙蝠の翼を持つドラゴン──ヴィーヴルは、花の精に告げた。
「次の冬が来たらまたこの地に寄ろう。そうしたら、寝床を貸してくれるか?」
「つつしんでお受けしましょう。──大地と空のいとし子」
それはドラゴン──ヴィーヴルと花の精の約束。遥か昔、古の──誓い。
「このまま森に突っ込む気か……!」
「ノア、彼は帰りたいだけ。約束を果たすために」
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