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第22話 絶望の中での選択

 吹き出した蒸気が収まったのか、やけに静かだ。私は恐る恐る目を開けた。飛び込んできた景色は、人間界でも妖精界でもなく──上も下も左右も全てが真っ白の空間。その中を様々な古代文字が浮遊し、自動的に術式に組みあがっては消えている。足元は絨毯のようなふわりとしてなんとも頼りないものだった。


「これは……結界? いえもっと複雑な……」

「ここは異界の狭間(はざま)。一とゼロの間であり、自分の故郷でもある。妖精だろうとここに来るには骨が折れるはずだ」

「……生まれ故郷? 貴方は一体」


 ベリルの体を乗っ取っている精霊魔術師レムルは、眉根を吊り上げた。


「これから死ぬお前には関係のないことだ」


 簡潔にそういうと、レムルは私に向けて手を(かざ)した。

 刹那、体の至る所に光の魔法円が浮かび上がる。触れても術式は消えず、円に描かれた文様は様々な古代文字を混ぜ込んだ複雑なもののようだった。


「さて──準備はできた」


 今までベリルの体を乗っ取っていたレムルの声は別の方角から聞こえてきたので、私は慌てて振り返った。何もない空間にどんよりと影を落とした何かがいた。目を凝らすと藍色のローブを纏った男だと気づく。フードを深々と被っている為、表情は見えない。けれど纏っている雰囲気から彼がレムルだということはすぐに分かった。

 そして彼が現れたと同時に、ベリルは意識を失いその場に崩れ落ちた。


「ベリル!」

「気を失っているだけだ。他人よりも自分の心配をするんだな。その魔法円は第一王妃の呪いを形にしたもの……時限式爆弾といっていい」

 ──もしかしてミデル様に会っても、すぐに何も起こらなかったのは……。


 そう考えて私は頭を振った。今考えることは、ノアが助けに来るまで(しの)ぎ切ることだ。


 ──魔法を駆使して抵抗すれば時間は稼げるはずよ。今のうちに防御の魔法を……。

「爆ぜろ」


 呪文もなくたったそれだけで、私の片腕は石化し──亀裂が入る。爆破しないことに私は違和感を覚えるものの、腕の激痛によって思考がまとまらない。


「……やはり。何かで運命を捻じ曲げて結果を変えたか。これは興味深い」

「どこが……!」

「威勢のいいことだ。爆ぜろ」


 次に左目が石化する。パキパキ亀裂が入り、片方の視野が奪われたせいで視野がだいぶ狭まってしまう。それでも私は焼け石に水と分かっていても呪文を口走る。


防御(エイワズ)導きの星よ加護を(テイワズ・アルジズ)

「爆じろ」


 二つの魔法は黒い魔法円をかき消してくれたが、それでも背中の一部が石化してしまう。


 ──このままじゃ……。

「LAー」


 ふと耳に心地よい声が響いた。


「LA-。LA-。LALAAA-」


 囁きに近い歌声は私にしか聞こえないのか、とてもか細い。

 不思議な声が大きくなるにつれ、私の足元から半透明の草木が芽吹き──温かな光が私を優しく包み込んでいく。


 ──これ……呪印じゃない。温かくて心地よい……。


 私を中心に足場にも半透明の草木が咲き乱れていく。そして小さな──青い花が顔を出す。


「因果律がありえない……。さらに数値が上昇するのか……! おお、これは素晴らしい!」


 レムルは周囲の変化に興奮しながらブツブツと呟いていた。この状況に酔いしているのか、私には見向きもしていない。その間に私は見覚えのある花へと視線を移す。


 ──この花は……。


「LA」と花は唄う。子守歌のように。愛しさと慈愛に満ちた声は重なり、この空間を満たしていく。


「|フォーゲット・ミー・ノット《わすれなぐさ》」


 私の言葉に応えるかのように青い花は、私の石化した部分に巻き付いて癒していく。呪いを解く光に私はそっと花を撫でた。


「ありがとう」


 目を伏せて私は祈った。

 もしかしたらノアが気づくかもしれない──。そう思い、彼の名を呟く。


「ノア……。私はここにいます」


 ふと私はあの時、ノアと一緒にの絶えた呪文を思い出す。あれからそんなに時間が経っていないのに、ずっと昔のような──そんな懐かしさが感じられたからかもしれない。

 ノアが居ない。

 それだけで心細く、足が震えてしまう。


 ──弱気になったらダメ。後ろにはベリルが倒れているのだから……!


 私は自分を鼓舞すると、深呼吸をしてあの時と同じ呪文を紡いだ。彼が待ってくれている──そう信じて、私は勇気を振り絞る。


「運命を導く女神ノルニル、輪から外れしモノの道を導き給え──調和(マンナズ)


 半瞬、私を取り囲んでいた花が真昼にも似た輝きを放つ。それは「ここにいる」と言わんばかりに主張する。


「素晴らしい! ここまで因果律を狂わせるとは……! 十三番目、実験に付き合って頂いて感謝する。なに、十二番目に魂を移したらまた実験を再開するのだから心配するな」


 レムルは高らかに歓喜の声を上げた。すでに私の周囲に光の魔法円は組み込まれており、今にも発動しそうな危うい光を放っている。


「全て十秒後に爆ぜろ」


 全て。その瞬間、私の背後が煌めき出す。ベリルの倒れている場所に大きな魔法円が浮かび上がっていた。黒光りした文字が浮遊し、光は一気に放たれる。


「な……!」

「さあ、どうする!? 見殺しにするか、十二番目を助けて自分で死ぬか。好きな方を選ぶといい」

 ──ベリルをどかした瞬間、爆発する。でもこのままじゃ……!


 逡巡(しゅんじゅん)したのは、一瞬だけ。

 なぜなら体が勝手に動いていたのですから。

 ふと、ノアの姿が脳裏に過った。

 仏頂面(ぶっちょうずら)だった彼が少しずつ微笑みかけてくれたこと。

 いつも突拍子もないことを言い出して、私をドギマギさせたこと。

「怖いないのか」と距離感を確認するような質問。

 私の目が覚めたら、臆面もなく愛の言葉をささやいて、抱きしめてくれた。今までよりももっと大事にしてくれた。ホムンクルスの寿命は短い。延命すること、姉妹たちのこと。手伝うといった領土の回復……恋愛に割ける余裕なんてなかった。

 それなのに……ノアは……。

 いつだって真剣で、真摯に接してくれたのに──私は仕事上の契約だと、誤魔化した。向き合いたいと思いながらどこかで怖がって臆病になっていた。

 だから「好き」だとノアに告げることは出来なかった。唇を重ねても、その言葉だけはどうしても──。


 ──ああ。こんな事なら、もっと自分の気持ちを言葉にしておけばよかった。


 眩い光と共に轟音(ごうおん)が響いた。

いつも読んでいただき、ありがとうございます♩.◦(pq*´꒳`*)♥♥*


「続きは?」「ノア早く来て!」「いつも楽しみです!」と思ってくださったら嬉しいです。

下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。

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