第19話 ミデルとの邂逅
数時間後。
私が眠っている間に完成された東屋がある。
緑の佳人の作り出した緑の苔のふわふわのソファと、オークの木で生み出されたテーブル。家事妖精の用意した茶菓子とお茶がずらりと並んでいる。もてなしの準備は完璧だ。そう完璧であり、ノアの希望通りの展開となった。
「あはははっ! 見てごらんティターニア。あのファンヴァラがデレている姿なんて滅多にみられるもんじゃないよ!」
「もう、オベロン。笑い過ぎよ」
緋色のふわっとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳、雄々しい鹿の角を生やした童顔の少年はソファから転げ落ちるのではないかと思うほどお腹を抱えて笑っていた。古代ローマの服に似た白と金色の刺繍が目立つ衣服だった。チュニックと呼ばれる絹の生地とこげ茶の革製のサンダル。背中の虹色に煌めく羽根。
見た目は子供なのだけれど、それだけじゃない。そんな雰囲気のある人だった。対してティターニアは金髪の艶やかな長い髪、金色の瞳。陶器のような白い肌、目鼻立ちが整った美女で、年齢は二十代と大人の姿だ。白いフリルのあしらったドレスを着こなしている。
「ファンヴァラ! いいね。うん! 実にいい」
「サラ、説明しなくてもわかるように、あの大笑いしているのがオベロンだ。悪戯が大好きだから気をつけろ」
「う、うん」
「やっほー♪ あー、えっと……」
「は、はじめ……まして……サラと申します」
私は声を出すのがやっとだった。なぜなら、ノアの希望通り膝の上に乗って彼に身を委ねているのですから! ええ、もう半分やけくそでした。自棄っぱちで彼の膝の上に乗ったのが運の尽き。ノアは私を抱き寄せるし、あ、あろうことか頭や頬にやたらキスをしてくるのです。
──この上なく確実に、ノアは私の心臓を破裂させる気だわ!
本当の《つがい》ならこれぐらいのスキンシップは──理解できなくはない。最初から私がノアの提案した契約内容を勘違いしていただけ。協力者、私にとっては仕事上のパートナーと受け取ったのですが、彼は伴侶としていたのだから。
よくよく思い返せばノアに「パートナー」としての肩書を選んだ時、目を見開いて驚いていた。あれは求婚をすんなり受け入れたことに対しての反応だったのだろう。
──迂闊すぎる。もっと言葉を重ねていれば勘違い気づいたのに……。かといってこれ以上話を掘り下げればノアの顔に泥を塗ることになる。
ノアの溺愛ぶりに私は嬉しく思う反面戸惑う。嬉しくない訳はないのだが、やはり恥ずかしい。そんな私の心情を察してか、向かいに座るティターニアは朗らかにほほ笑んだ。
「オベロンが煩くてごめんなさいね。……でも愛しい子たちの仲睦まじい姿をみて私も嬉しいのよ」
「あの……いえ……」
彼女に向けられた視線は穏やかで温かなものだ。慈愛に満ちた笑みに私は心底安心する。静養する間、ティターニアといろいろ話が出来るならこの世界についてもう少し詳しくなれそうだ。楽観的かもしれないがそう思えた。
「いやー、さすがは死の精霊王の領土。来るのに時間がかかってしまったよ」
私が声の方へ視線を向けると、五十代の初老の男が東屋に訪れた。隻眼の男は厳つい眼帯に、無精髭を生やし、服はフルプレートの甲冑に身を包んでいる。「これから戦場にでもいくのではないか」と、思わせるような装いに私は絶句した。
「……別に。お前を招待したつもりはないのだがな」
ノアの声が一段と低くなり、あからさまに眉間に皺を寄せて客人を睨んだ。
「おいおい、ファンヴァラ。邪険にするのはキミの勝手だが、せめて紹介ぐらいさせてくれないか」
そういうと初老の男は私を見つめた。真っすぐに──矢で射抜くような強い眼差しに、息が止まりそうになる。男は片膝を着くと騎士のような仕草で私の手にそっと触れた。
「初めまして、麗しの君。私は妖精丘の王ミデルだ。今日は私の妻エーティンも連れてきているので、少し話す時間を貰えると嬉しいのだが」
「エーティン! 彼女たちも来ているのですか!?」
私は思わず身を乗り出してしまった。ミデルの方へ体が傾いたのだが──ノアの腕が抱き留めてくれた。ミデルは「残念」と言った顔をしていたが、
「ええ、連れてこれたのは一人だけですが会って頂けますか?」
「ノア……。少しだけ会ってきてもいい?」
顔を上げてノアを見つめる。氷のように凍てついた瞳を伏せると盛大な溜息をもらした。
「ああ」
「ありがとう」
「ただし、お前の護衛役として眷族を影に潜ませておく。いいな」
「うん」
過保護なところは変わらなかったが、それでも譲歩してくれることが嬉しかった。「早く戻ってこい」と額にキスをされた時は心臓が飛び出しそうになったけれど。
──うう……。人前で……恥ずかしくて死にそう。
私はそっとノアの膝から離れると、薔薇庭園へと向かった。どうやらそちらにエーティンが待っているらしい。優雅にエスコートしてくれるミデルは、どこか道化染みた仰々しさがあったが紳士に変わりはなかった。
──私に向ける視線も悪意はなかったし、悪い人……じゃないはず……。たぶん。
「サラだったかな」
「は、はい」
「そう畏まらないでほしい。緊張もね……」
私が頷くと彼は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「私の配慮が足りないばかりに、キミを危険な目に合わせてすまなかった」
頭を下げる彼に、私は何か言うとするが声が出ない。
「キミにエーティンの記憶は残っているかい?」
「少し……なら」
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