第18話 想いあう気持ち
寒くて、死にそうになった。
周囲は猛吹雪で、轟々と地鳴りのような音が響いていた。
その場から離れようにも手足が凍えて、動けない。
死ぬかもしれない。そう思ってうずくまっていると──気づけばふわふわの生き物が私を包み込んでいた。とても温かくて、優しくて、心音がトクン、トクンと耳に心地よく聞こえる。
私が抱きしめると、そのふわふわの生き物は一瞬だけ身を固くしたけれど、少しずつ力が抜けて抱き返してくれた。たったそれだけの仕草なのに、安心する。
いつの間にか吹雪が消えて、地鳴りも遠のき──春風と青々とした若葉が周囲に広がっていく。
「……お前の傍は温かい」
そう誰かが呟いた。聴き慣れた声なのに誰なのか思い出せない。
気づくとふわふわだった抱き心地が消えて、岩のような硬さへと変わった。頬をすり寄せてもふわふわでも柔らかくもない。
──でも、心音は変わらないのよね。なんで?
不思議に思いながらも私はその心音を聞こうと体を預けた。心地よくて、微睡んでいると声が聞こえた。
『でも、あなたには一緒に居られるだけの時間はないのでしょう? その体が壊れるまであと何年もつかしら?』
それは酷く意地悪な──けれど、真実だった。
幸福だと思った夢の揺りかごが、崩壊していく。
目を覚ましたくないと思いながらも、私の意識は浮かび上がり──。
***
目を開くとぼんやりと見覚えのある天井が見えました。視界は霧がかっているのか非常に悪い。夢心地なのもあるのでしょう。
──ここは……。
私は東の森に視察に行ったことを思い出した。そしてそこで青い花の呪いを解いたことも。思い返せば無茶をしたものです。
今の私の体はホムンクルスなのですから、圧倒的に強度に欠けている。それなのに──いえ、それだからこそ、ノアの力になりたかったのかもしません。
「ん?」
寝返りを打とうとしたところで、自分の体が動かないことに気付く。ようやく視界がクリアになっていき──私は目を見開きました。今まで眠っていたのが嘘なくらい、目が覚めました。ええ、覚めましたとも。ノアが私を抱きかかえたまま寝ているのですから!
──なにがどうなって、こんなことに!?
なんとか彼の腕から抜け出そうとするが、抱き枕よろしくがっちりと抱きしめれている。間近で見るノアの寝顔は少しだけ子どもっぽかった。瞼を閉じ、安心しきっているからだろう。
「ノア、起きてください」
そして出来るなら放してほしい。そう思いながら彼を起こそうと声をかけた。
「…………んん」
パッと目が覚めたノアは私が起きていることに気付いたのか腕の力を強め、抱き寄せる。
「え、ちょ……ノア!?」
「俺は起きていない」
子ども染みたことを言い出した。すっぽりと彼の腕の中に囚われてしまっているので、じたばた足掻いてみるも、びくともしない。
「ふぬぬぬ……!」
「あまり暴れるな。頬の亀裂が広がるだろう」
「あ」
「……ずっと眠り続けていたから心配した」
「そんなに寝ていたんですか?」
「そうだ……。ずっと……目を覚まさなかったんだぞ」
ノアは掠れるような声に、私は体の力が抜けてしまった。この状況に関していろいろ思う所はありましたが、それでも彼に心配をかけてしまったことは申し訳なかった。
「……お前の体が脆いことをもっと配慮すべきだった」
「いえ! あの時、私たちは最善を尽くたのだから謝らないでください」
「なら、お前もオレに謝るのは無しだ」
「……うん」
フッ、と笑う彼は目を細めて私を見つめる。こんな風に穏やかに笑う人だっただろうか。不思議と互いの距離が近くなって、自然と唇が重なり合う。
いつの間に彼を思う気持ちが芽生えていたのだろう。思えば彼は最初から私を大事にしてくれた。それをいろんな理由で、義務とか預言の娘だからとこじつけようとしていた。
でも今は違う。彼が好きだと思う自分がいる。この気持ちを伝えたら、ノアはどう反応するのだろう。
***
私が目覚めて数日後。
やはりノアの様子がおかしいという不信感は、確信に変わった。というのも、あれからノアとの距離感が可笑しい。彼の目の届く場所から離れると慌てて探しに来るのだ。
その姿は鬼気迫るものがあった。
──私が居なくなってしまうと思っている? それともまた倒れると思っているのかな?
心配性だというのだが、ノアは聞いてくれない。
私の寿命が短いと知ったからなのだろうか。彼は私が延命できるように妖精王オベロンの屋敷で静養出来るように手配してくれたのだという。そのことは本当に感謝しているのだが、どうにも気持ちの整理が追いつかない。
ノアが優しくしてくれるのは、私が《予言の娘》で協力者だから。そして東の森の呪いを解いた──それだけ。私個人を思ってではない。……と、少し前の私ならそう思っていただろう。
けれど、今は違う。ノアは私を想ってくれている。それはわかる。だからこそ、私は自分に時間がないことに胸が痛んだ。
──大丈夫。妖精王も協力してくれるって言っていたし……。
私はキュッと唇を閉じた。
***
彼の執務室には壁に大きな地図が張られている。魔法の地図で彼の領土の様子が地図に現れるのだという。少しずつ領土は復興し地図の色合いが淡い緑色に煌めいていていく。ノアは日に日に領土に戻ってくる妖精や幻獣たちとの顔合わせを行っていた。私は執務室の窓側にあるソファに、ちょこんと座っているだけの飾り物だ。
──何もしないのが心苦しいっていったら、編み物や珍しい本を貸してくれたのだけど……。うう……全く役になってない気がする。
「サラ、今日はオベロンとティターニアが来る。顔を合わせておきたいのだが構わないか?」
妖精王と妖精女王。
妖精界を支える存在である二人の来訪に、緊張で体が硬くなってしまう。そんな私にノアは心配そうな顔をするので、慌てて笑みを張り付ける。
「あ、うん! ちょっと緊張するけど大丈夫」
「なに、二人ともお前に会いたがっていたし、別段恐ろしくもない。オレを怖くないといったお前なら余裕だろう」
はにかむように笑う姿は、私の知っている仏頂面のノアではない。本当に私が眠っている間に、何があったのだろう。それとも元々こういう人だったのだろうか。私はしどろもどろに答えるのが、精一杯だった。
「あの二人を迎える上で、お前はオレの傍を離れてはいけない」
「は、はあ……。それはどうして?」
「もしかしたらミデルが顔を出すかもしれない。お前を返せといちゃもんを付けるかもしれないので、サラはオレの《つがい》だと見せつける必要がある」
「なるほ──ン? つがい?」
「そのため彼らを迎える時に、サラはオレの膝の上に座ってもらう」
「え? えええ!?」
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だいぶ修正を入れ直して再連載しております(о´∀`о)
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