《幕間》ファンヴァラの心情3
オベロンの挑発的な言葉にノアは眉間にシワを作り黙った。数秒ほどの沈黙──いや葛藤の末、彼は渋々頷いた。
「……眷族を供に付けるなら」
「もちろん、オッケーだよ。いやー、我が子が、こんなにも誰かに固執する日が来るなんてね」
「…………」
「じゃあ、ボクはティターニアに報告してくるよ。彼女も会いたがっていたし」
オベロンは軽業師のようにくるりと宙を舞うと、パッとその場から消えてしまった。相変わらずの神出鬼没ぶりだ。
「じゃあ、私も一度自分の領土に戻って準備をしないとね」
「好きにすればいい」
ノアは踵を返すとその場を後にした。元々会議が終わり次第すぐに帰る予定だったので、幾分か時間を食ってしまったと舌打ちをする。
苛立たしい感情は未だ胸の奥に燻っており、彼自身もうまく制御ができないでいた。
──なぜオレはこんなにも気が立っている?
自分の心境の変化を未だ受けきれていなかった。
いつの間にかサラの存在が膨らんでいく。だからこそ硬く目を閉ざしたまま眠る彼女を見るたびに胸がざわついた。極めつけはミデルが彼女を《十三番目》と呼ぶだけで、不快に感じたのだ。
──彼女をモノ扱いしたから。……それだけか?
分からない。
そう分からないことが増える。冷静になれば余計に自分の行動が可笑しいと気づく。
──サラ。
ノアはいつの間にか足早に回廊を駆け──気づけば走り出していた。外に出ると乗って来た馬に乗ることも、魔法で移動も頭から吹き飛んでいて、一刻も早く彼女の傍に戻りたいという衝動にかられる。
気づけばノアは本来の姿──六つ目の獣となって野を駆け、丘を越え、空を飛んだ。風のように黒い獣は自らの領土に帰った。
***
丘の上に若草が風に揺れて出迎える。
周囲の森から春の香りが届く。
ボロボロだった屋敷もコボルドたちの修繕によって以前よりも立派に見える。ノアははやる気持ちは抑えきれず、家に入ると真っ先に彼女の眠っている寝室へと向かった。
ガチャ、と重々しい扉の音の先のは四つの支柱に支えられた大きなベッドが見えた。そこのは横たわるサラが眠っていた。
彼女の頬にはガーゼが貼ってあった。他に外傷はない。「んー」と寝返りを打つ仕草にノアは微苦笑した。
──ああ、つがいの片割れとはもしかしたら、自分の帰る場所なのかもしれないな。
彼女の傍に歩み寄ると今までの苛立ちが嘘のように溶けて消えてしまった。まるで温かい紅茶の中にとけた飴細工のようだ。
獣の前足で彼女の手に触れたくて、ベッドの上に乗るとギシ、と軋んだ。
「ん……」
微かにサラの声が漏れた。身じろぎする彼女は再び寝返りを打ち、ベッドに上がり込んでいたノア──六つ目の獣を抱きしめる。いや、正しくは寄りかかったというのが近いだろう。
「サラ、目覚めたのか?」
そう声をかけるが彼女は「あったかい」と微笑み、満足気に眠ってしまったのだ。
すやすやとノアの背に頬を摺り寄せている。彼女的には抱き枕のつもりだったのかもしれないが、ノアにとっては彼女の思いがけない行動に、数分ほど思考回路が固まっていた。
──本当に何をしでかすか分からない娘だ。
ほう、と吐息を漏らすと彼女の鼓動が伝わってくる。その音を聞いているうちにノアも眠気が襲ってきた。円卓会議から休まずに駆けてきた疲れが出たのと、サラの寝顔を見たら緊張が解けたからなのかもしれない。
──ああ。お前の傍は温かい。
ノアは瞼を閉じて寝入ってしまうと、コボルドたちはせっせと毛布をもう一枚持ちだしてきて、主人にそっとかけたのだった。
『ぽかぽかです』
『あつあつなのです』
そう呟きながら屋敷に住まう者たちは、小さく微笑んだ。
***
一方──。
丘の妖精王。それがミデルの領土だ。
連なる丘の上に石造りの城が聳え立っている。彼は人間の文化や歴史を好み、時折人間界に遊びに出ては、その時の流行ものを妖精界に持ち帰っていた。それゆえ人間の暮らし──中世ヨーロッパの王族のような城をドワーフに頼んで作らせた。
フランスのシャンボール城に似ており、ギリシャ十字型の設計に、二重の螺旋階段、中世風の装飾も多く使われ、部屋は二百以上もある。
豪華絢爛な空間。
客間にはソファと暖炉のみだが、小綺麗で赤い絨毯も新しい。
そこに黒いフードを被ったままの客人がソファに腰を下ろしていた。あからさまに場違いな格好だったが客人はもちろん、遅れて部屋にやって来たミデルも気にしてはない。
「……またそのような変身をしているのですか?」
「良いじゃないか」
五十過ぎの初老の男は一瞬で消えてしまった。代わりに少し尖った耳の青年が佇んでいた。淡いエメラルドグリーンの長い髪、背丈は百八十センチを超える長身、彫刻のような整った顔立ち、外見だけなら十代後半のエルフ族の美男子に近いのかもしれない。しかしエルフと異なるのは背中の羽根だ。若草色の美しい蝶の羽根が広がる。
服装もいつのまにか変わっており、黒の燕尾服がやけに似合う。
「……それでミデル様。十三番目に会う算段は付いたのですか?」
「まあね。オベロンの屋敷になるけれど」
ミデルが答えると、黒いフードを被った精霊魔術師レムルはソファから勢い良く立ち上がった。
「会えるのならどこでも構いません。これは喜ばしいことです!」
「彼女の状況を見るだけで、解剖はもちろん実験は禁止。それを守るならキミも連れて行くけど?」
歓喜に声を上げていた精霊魔術師は、ピタリと固まった。
「解剖が出来ないのですか? 貴重なサンプルにしたいのです。すでに十二人もいるのですからいいではありませんか?」
矢継ぎ早に意見する魔術師に、ミデルはニッコリと笑ったままだ。
「だめ。彼女は死の王の《つがい》だからね。本当は私の所に来て欲しいけれど、彼女と会って気持ちがファンヴァラに向いているなら身を引く──」
冷ややかな視線、いや殺気に満ちた目でミデルは魔術師を見据えた。
「でもね。次に彼女を解剖すると言ったら、先にキミを消すよ」
先ほどと声のトーンも笑みも変わらないのに、それはどんな脅迫めいた言葉よりも背筋が凍るものだった。魔術師は「はい」と頷くしかない。たとえ、その約束を破ろうと腹のうちで決めていてもこの場を乗り切るために嘘を吐いた。
──チッ。これだから頭の悪い妖精は……。造られた命など偽りでしかないというのに。どうかしている。
魔術師は頭を下げミデルの機嫌を損ねないように言葉巧みに取り入り、オベロンの屋敷に同行することを許可してもらえたのだった。
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