《幕間》 ファンヴァラの心情1
妖精界の一角を担う常若の国。
そこでは妖精の王たちが集う《円卓会議》──。
ドワーフたちが粋を凝らして作り上げた金剛石の床、世界樹の一部を切り取って整えられた巨大な円卓テーブル。椅子も同じ世界樹から作られており、黄金の羊の毛で作られた魔法のクッション、テーブルには特別な蜂蜜酒が用意されていた。
「今年はドラゴンの動きが活発だとか」
「ああ、なんでもはぐれたドラゴンが彷徨っているらしいですぞ」
「今年の冬だが……」
からん、と溶けた氷がグラスを揺らした。会議は粛々と進む。その中で、漆黒の燕尾服を着込んだ男ファンヴァラ──いやノアはただ座っていた。
幽世の状況は芳しくはないが、それでも均衡は保たれつつあるという報告が多数上がってきたことは朗報ともいえるだろう。
それはそれぞれの王が、ただ手をこまねいていた訳ではないという証明であり、中でもノアの領土回復は目覚ましい成果をあげたと妖精王オベロンは熱弁する。
──だいぶ過大解釈をしているようだが、指摘するべきか……。そもそも一番の功労者はあのホムンクルスの娘のおかげなのだが……。
「……という訳で、ファンヴァラは今まで眠っていてばかりだからね。ようやく自分の力を発揮してくれてボクは嬉しいよ~」
軽やかな声だが、その発言力は絶大だ。彼の名はオベロン、この常若の国を治める精霊王である。
緋色のふわっとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳、雄々しい鹿の角、童顔の少年はしみじみと呟いた。服装は毎回の事だが他の王たちのような貴族の身なりではなく、トガと呼ばれるマントに、古代ローマの服、チュニックと呼ばれる絹の服に、革製のサンダルと軽装だ。
「ね、キミもそう思うだろう? ティターニア」
金髪の艶やかな長い髪、金色の瞳。陶器のような白い肌、目鼻立ちが整った美女で、年齢は二十代と大人の姿だ。白いドレスにアイビーの蔓が腰回りに芽生え、瑞々しい葉を付けている。背中には虹色の羽が煌めく。
「そうね。本当ならあなたの《つがい》にも会って見たかったのだけれど」
「申し訳ありません、彼女は未だ眠りについており──」
ノアは目を伏せて妖精女王に頭を下げる。彼女は「ふふっ」と小さく笑って言葉を返した。
「彼女、ね。そう言えば《つがい》の名はなんていうのかしら?」
「サラです」
「素敵な名前ね。うんうん。オベロンに聞いたときは心配したけれど、うまくやっているようで安心したわ」
──うまく? 自分の本来の姿を彼女に晒せずに、うまくいっているなどと口にしてもよいのだろうか。彼女はあの姿のオレに怯えはしていなかったが、オレだと認識はしていなかった。あの森で正体を告げることもできた──はずなのに。
「ファンヴァラ、覚えておきなさい。怖がっていてばかりではダメ。ちゃんと伝えるべきことは早めに彼女に伝えてあげなさい」
母親が息子を叱るように告げる。怒ってはいるが、それは愛ゆえの優しさでもあった。次いでこう言葉を添える。
「今のあなたなら、きっと大丈夫よ」
***
会議が終わると、ほとんどの者は蜂蜜酒のグラスを片手に談笑へと切り替わった。幽世が不安定ではあるものの王たちの表情は明るい。楽観的──ともいえなくはないが。その中でノアはいち早く部屋を出た。
蜂蜜酒を口にする余裕もなかった。というのも他の妖精王たちはこぞってノアに「どのような魔法を使わって領土回復をしたのですか?」と、秘訣を尋ねてきたからだ。
妖精とは基本的に好奇心旺盛で、自分勝手な部分もあるが身内には甘い。そのためノアが「オベロンの話通りだ。オレはこれで失礼する」とぶっきら棒に答えても腹を立てる者などいなかった。
たった一人を除いては──
***
ノアは石造りで作られた回廊を足早に歩く。中庭には四季折々の花々が咲き乱れ、花の精やピクシーたちが空を舞い踊っていた。この国では四季は存在しない。常に春の恩恵を受けているからだ。
今までならさほど惹かれなかっただろう。しかし、ピクシーたちの賑やかさに自分の領土に残してきた者たちの顔が過り──足が止まった。
青い花の復活によって、確かに状況は好転した。#サラが目覚めない以外は__・__#──。
──いつ目覚めるか不明とは……。やはりホムンクルスの体で、あの魔法を使ったのは不味かったか。
「他に方法はなかったのだろうか?」とノアは気づくとそればかり考えていた。そう言った思考はすら今まで持ったことがなかったのだ。
たった数日サラが居ただけで、何もかも花やいていた。
──今思えば彼女が春そのものだったのかもしれない。賑やかで、うるさくて、元気いっぱいで生きようとしている力強さ──。この胸の奥が少しだけ温かくなる感情。これは何という名前なのだろう。
「ファンヴァラ、待ってくれ!」
ノアが振り返ると──五十代の初老の男が駆け寄る。隻眼の男は厳つい眼帯に、無精ひげを生やし、服はフルプレートの甲冑に身を包んでいる。
「妖精王ミデル……。なにか?」
「なにか、って酷いじゃないか。……と言うか、最高神オーディンの真似事をしていたというのに、反応が薄いなぁ」
「期待されても困る」
「はあ」と盛大な溜息を吐く仕草は芝居じみて仰々しい。
──どうにもコイツには、王という雰囲気とはかけ離れている。まあ、昔から道化師染みたことが大好きな奴だったな。だからと言って見た目まで年老いた姿にならなくてもいいだろうに。
「実は──」
「すまないが、戯れに時間を裂いていられないので失礼する」
「ふーん、そんなに十三番目が心配なのかい?」
去ろうとしていたが、ノアは足に根が生えたかのように動かない。
十三番目というワードに胸が無性にざわつく。





