第16.5話 隠された嘘 後編
耳に心地よい声。呪文というより唄に近い。
私の体を通って大きな熱が迸る。まるで体の中を熱風が通り抜けたかのよう。
いつの間にか手を翳していた私の目の前に、柊のイラギの枝が現れる。
「サラ」
ノアはそっと手を動かして、私に柊の枝を握らせました。彼は私の手を覆うように柊の枝を握ります。
なぜでしょう。ノアが一緒なら怖くありません。
何でもできそうな、そんな気持ちになります。
「オレの言葉を復唱して」
「うん」
柊の枝が金色に煌めき、眩い光を放ちます。
「祝福の鐘を鳴らして、春よここに」
「祝福の鐘を鳴らして、……春よここに」
眩い金色の光が私の手から溢れ──大地に小さな芽を生やしていきます。
「AureusVerr」
「アウレウス・ウェール」
ギギギッ!!
黒の塊は金色の光によって溶けて──消滅。その証拠に私たちは外の森へと戻ることが出来ました。
夕暮れ色の空、黒々とした木々が立ち並ぶ──東の森。
「緑の佳人、森の守り手、力を貸せ──」
普通、木々が成長するまでに数十年、数百年がかかるでしょう。けれど──淡い若草色の光が集い急成長を遂げていく。
『ふむ、ここからは我らの出番のようですな』
『あら、我が王──ようやく《つがい》を得たのですね』
風に乗って声が私にも伝わってきました。隠れていた妖精たちが柊の若枝に集う。柊だけではありません、死したとされる土地が蘇っていきます。
ヤドリギ、オーク、トネリコ。
ハシバミ、ブドウ、ブナ──シラカバ。
ナナカマド、モミの木、ポプラ。
それらの木々を結び繋ぐは、常に青々とした葉を茂らせるキヅタ。
アイビーもまた魔除け──祝福の唄が周囲の死した土地を浄化していきます。黒い塊が灰となって──消滅。
──サビシイ、ナマエヲ、ヨンデ──
ふと私の中に誰かの声が聞こえました。私はノアへと振り返りますが、彼ではないようです。
「……名を忘れた精霊か」
ノアにもあの声が聞こえたようです。彼の顔を覗き見ると、酷く悲しそうな──複雑な表情をしていました。なにか知っているのでしょうか。
「名前を忘れたとは?」
「妖精ではなく精霊は、万物の欠片から生まれた四大精霊に連なるものを意味する。人の想いに引っ張られて、自分の名前を忘れてしまった。故に、あの黒い塊に取り込まれて──嘆いている」
ノアは悲しそうな顔をしているのに、声は平坦なままで、抑揚もなかった。
「どうにか名前を取り戻す方法はないの?」
「……オレにはわからない。ああなった精霊は呪いを吐くだけ吐いて朽ちていく」
残酷な──けれど確実な処置と言えるでしょう。温情や慈悲などない妖精界の掟。私は精霊魔術師の知識を探ります。本当に方法がないのか──と。
「もう一度、黒い塊に触れて名前を探すというのは……?」
「ダメだ。お前への危険度が高い。それに……」
ノアは即答するも、途中で何か考えごとを始めた。このまま浄化が終われば、精霊はそのまま消えてしまう。
私は彼が答えを出すのを待ちました。この先、領土の長としてなにを選ぶのか──
「緑の佳人、ナナカマドとカエデの枝を」
「我が王、ここに──」
ノアの傍に緑色の木々が生まれ──そこから美しい貴婦人となって姿を見せました。若葉色の三つ編みの長い髪、夕焼け色の瞳、給仕服に身を包んだ姿は、絵本に出てくる姫のようです。
彼女はノアの前にかしずくと、二本の枝を差し出す。
「ナナカマドは七回カマドに入れても燃え残ると言われるほど忍耐力がある。もともとは女神ブリギッドとその父ダグダに捧げる聖なる木だからな」
たしか女神ブリギッドは人間が犯した過ちや失敗を大らかな心で許し、「後悔したまま立ち止まらないように」と導く母だったと記憶にあります。赤い小さな実を付けた枝、もう一つはカエデの枝。オレンジ色の葉が炎のように揺らめき、燃えているようでした。カエデは季節によって色を変える。カエデの精霊が私に「すべての存在が意味を持っている」と囁きました。
「……直接触れずに、この二つの枝を通して名を探すならいい。ただ危険になったら途中で中断する」
ノアの琥珀色の瞳が私を見返す。否定でも鵜呑みにする訳でもなく、彼はできうる限りの最善策を私に提示してくれたのです。
「出来るか?」
「もちろん!」





