第13話 領地視察
中庭の手入れはコボルトや#大地の精霊__エアリアル__#の手伝いもあって、午後に入る前に終わりました。なんでも《世界樹の種》はその土地にとってもっともよい植物を花開かせるらしく、植える場所で何が芽吹くか分からないそうです。
ファンヴァラ様の出してもらった種はまだたくさん残っているので、私は小瓶に保存しておくことにしました。この小瓶は家事妖精さんが作ったものだそうです。器用ですね。
「……サラ、準備はいいか?」
「あ、はい」
ファンヴァラ様と共に領地を見回りする。そう聞いていたのですが──。
天候は晴れ。青空が広がっており、雲は雄大に広がっており、申し分ないお出かけ日和です。少々気にするとしたら、少しだけ乾いた風が冷たいことでしょうか。
それに丘の上から見える景色は──草木も枯れ木色で、元気がないように見えます。これから冬を迎えるのにやや不安を覚えました。とはいえ領地を見回る。そこに異論はない。それはいいんだけど──
「どうした、早く乗れ」
手を差し伸べるファンヴァラ様は黒い馬にまたがっており、気品あふれたその姿は貴族そのものでした。──というかこの方は王様でしたね。忘れてました。
──馬に二人乗りって……。てっきり馬車とかだと思っていたけど……。
「……どうした? 気が乗らないなら行くのをやめるか?」
「いえ、行きます!」
私はファンヴァラ様の手を掴むと、馬に乗りました。後ろに乗ると落馬するかもしれないというので、前に乗せてもらい後ろから抱きしめてもらうような格好に……。
──なんだか緊張します。いやでも鞍と鐙が合って本当に良かったです。昔、乗馬クラブに通っていた友達に付き合って馬に乗ったことがありましたが、腰と太ももが筋肉痛になったのはいい思い出です。
「では、いくぞ」
「はい」
ファンヴァラ様は足で軽く馬を蹴ると、走らせました。
彼の声がいつもよりも近くで聞こえます。ドキリとするのもほんの一瞬でした。駆ける馬はとても早く、そんなことを気にしている余裕はなくなったからです。
「ん、あれ?」
「どうかしたか?」
「いえ、その……あまり揺れないと思って驚いたのです」
「ああ。この馬は大地の精霊の亜種だ。だから普通の馬とは異なる」
たぶんそれだけではないと私は思いました。ファンヴァラ様の手綱さばきがあってこそだと。まるで風になったかのように草原を駆け出したのです。
***
「北は《忘却の森》、東は《終わりの森》がある。東の森が一番危うい場所だ」
馬のスピードを落とすと、視界の端に見える森の事をファンヴァラ様は語ってくれました。耳元で囁かれると意識していなくても、ドキドキするものです。
低くて落ち着いた声、力強い手綱さばき。しかし、私たちは遊びに来たわけではありません。しっかりと領土内の現状を把握する必要があるのです。
「西は草原が広がって湿地地帯だ。南には《命の湖》と《迷いの林》。その先はお前が来た妖精都市ムリアスへと繋がる」
ぐるりとそれぞれの場所を一、二時間かけて見て回りました。冬を前にした秋だったとしてもこれは──。
「酷いものだろう」
ファンヴァラ様の吐息が白い息となりました。いつの間にか日が傾き始め、気温も下がってきているようです。馬の歩みを緩めると、そこはエメラルドグリーンの美しい湖が広がっていました。その向こうの木々は生い茂り、回ってきた中で一番生気が感じ取れます。
「あの……。酷いとは? 私には綺麗な湖に見えるのですが……」
「……敬語」と彼はボソッと呟く。
「?」
「敬語はいらない。それともパートナーとして私では不服か?」
いつになく真剣な声に私は振り返ると、思いつめたような暗い瞳をしていた。暗い影を落としたような、沈む顔に私は「け、敬語はなし! わかったわ」と咄嗟に応えてしまった。一国の領主に対して馴れ馴れしい、と思ったのだが彼が望むのだから問題ないのだろう。私の返答に満足気だったし。
ふと、頬にファンヴァラ様の唇が触れた。
「!?」
嬉しそうにするファンヴァラ様は、無意識なのかキスの雨を降らせる。過剰なスキンシップに私は頭から湯気が出そうになる。
「あ、あの!」
「どうした?」
「えー、あーえっと、敬語だけど、ただ客人がいるときや公の場では敬語は使うけれど、いいですよね?」
「そうだな。それで構わない」
耳元で甘く囁く声に、私は心臓がドキリと高鳴る。
いくらパートナーとはいえ、心臓に悪い。それとも妖精のスキンシップはこのぐらいが普通なのでしょうか。
「サラ」と、名前を呼ばれただけで自分が彼にとって特別になったかのように錯覚してしまう。この勘違いがこじれてしまわぬように、私は仕事に集中する。
「この湖にはよく来るの?」
「ああ。視察でな。元々この湖はもっと美しかった。ユニコーンたちがよくここに居たのだが、今は妖精、幻獣のほとんどがこの地を去った。温泉の効果で多少は戻ってきているが、昔に比べれば見る影もないと言っていい」
彼は自虐的──と言うより過去を懐かしむように呟きました。本当にこの土地が好きで、大切にしていたのでしょう。なら今の状況は、胸を痛めるような光景に見えるのかもしれません。
「幽世の均衡が崩れたと伺ったのですが、他にも原因はないの?」
「検討はついている。……けれど、私は対処方法が思いつかない」
首だけ振り返ると、ファンヴァラ様は俯いて難しそうな顔をしていました。彼は彼なりに手を尽くしたのでしょう。
「なら《東の森》に言ってみませんか? 何か手掛かりがつかめるかも」
「……あの森にかけられているのは呪の類だ。数日前に侵攻を抑えるようにしておいたが……いつ敗れるか分からない」
「それならなおさら、早めに解決しなければ駄目なんじゃ?」
「しかし……」
ファンヴァラ様は手綱を強く握りしめるので、私は手の甲にそっと触れました。
「大丈夫です。行ってってみたら多少は役に立つかもしれません。なにせ私には精霊魔術師レムルの知識があるのですから、心配しないでください」
本当は怖い。けれど、ここで逃げてはダメな気がしました。
先延ばしにして良いことなど何一つとしてないのです。それは生前──私の人生において学んだことでした。
「敬語が戻っているぞ」
「あ、ごめん」
思わず出しゃばってしまったと、反省するのだが──。
「フッ、いやいい」と彼は口元を緩めて綻んだ。その微笑みがあまりにも神々しく「表情筋、生きていたんだ」とどうでもいいことが頭に浮かんだのだった。本当に無表情だったイケメンが急に笑うなんて、心臓に悪い。
そういえば最初にあった頃よりは威圧感が薄まったような? それとも私に耐性がついただけなのかな?
「サラが言うとなんでも出来そうな気がするな」
「ファンヴァラ様、それ反則です」
「どれだ?」
「もういいです」
「そうか?」
「はい。……とにかく《東の森》に行きましょう」
「……わかった」
手綱を握りると、彼はふと何かを思い出したように口を開いた。
「森に向かう前に、お前に一つ頼みがある」
「な、なんです?」
真剣なファンヴァラ様に私は思わず身構えました。馬に乗ったままなので、彼の顔は見られませんし、さすがに今振り返る勇気はありません。
「お前を作った者は、精霊魔術師で十分だろう。今後その魔術師を旦那様とは呼ぶな」





