第10話 お屋敷での日常
とある朝、それは唐突な提案でした。
「ええっと……。ファンヴァラ様、もう一度言って頂けますか?」
彼は寝起きで頭が働いていないのだと思いたい──いえ、思いたかった。
私の体に宿るマナが不安定なのは理解しました。
そのためにファンヴァラ様の働きかけで、入浴場を真っ先に修繕してくれたことは嬉しい。それに薬草風呂とは贅沢の極み。ここまでは本当に感謝しかありません。本当によくしてくれています。
でも──、でもですよ!
「なにをしている? 一緒に入るぞ」
「な、なんで混浴なんですか!?」と叫びそうになりました。
これはツッコんだ方が良いのでしょうか? それとも種族の違いからくる認識の違いと判断した方がいいのでしょうか……。うう、後者のような気がします。
「あの……なぜ混浴という結論に至ったのか、その経緯を教えていただけますか?」
「パートナー場合、一緒に入ると効能が良いととある魔導書に書いてあったので、試してみようと思ったのだが──何かにかまずかったか?」
「あ……えっと……」
ファンヴァラ様は至極真面目に答えました。一体どんな魔導書にそんな文面が書かれていたのでしょう。私だったら暖炉にポイした所です。
「……ちなみにどんな魔導書なのか見せていただけますか?」
「ああ。これだ」
ぽん、と彼は手のひらに分厚い本を出しました。まるでマジック──いえ、本当に魔法を使ったようです。種も仕掛けもないのですから、ほとんどでたらめだと思います。
そんなことを思いながら、私は黒い表紙の分厚い本を手に取りました。思ったよりもずっしりとしています。著者は|アンブロシウス・メルリヌス《魔術師マーリン》。タイトルは「良好関係マニュアル」。うん、捨てて良いと思います。むしろ暖炉に投げ入れましょう!
「……どうかしたか? やはりなにか変なのか?」
この方は本当にずっと寝てばかりだったので、その辺の知識がないのでしょう。……たぶん。
ここはどうにかして言いくるめてしまいましょう!
「と、とにかく。えっと……入浴といってもバスタブは狭いですし、別々に入った方がいいと思うんですよね。いやー狭かったので、一緒には入れないなんて残念です」
「湯船はドラゴンぐらいなら入る大きさだから安心しろ」
「!?」
墓穴を掘ったのでした。そうですよね、屋敷なのですから個室にあるバスタブではなく、入浴場の規模をもっと鑑みるべきでした。私の馬鹿―――!
***
脱衣所が男女に分かれていたのが幸いでした。古代ローマの大衆浴場をモデルにしたのか、彫刻やレリーフなど凝っております。昔はここにたくさんの妖精たちが居たのでしょうか。屋敷の中もお城のように広い──気がします。とりあえず、この難関を乗り切ったら屋敷の探検をするのもいいかもしれません。
私はタオルを巻きながら、覚悟を決めて入浴場の扉を開きました。
予想外だったのは、天井が崩れて露天風呂になっていること──ではなく浴槽に幻獣たちが湯に浸かっていたことです。
「…………」
五秒ほど硬直したのち、私は扉を全力で閉めました。なんでしょう、見なければ良かったと心から思います。
人魚に、水棲馬、それと見慣れない何か──黒くてとても大きな犬、いや狼でしょうか。いえヤギに似た捻じれた角、六つの赤い目に尾の長いのが狼とは言えないでしょう。
『入浴、気に入らないです?』
ふと私の目の前に大地の精霊が姿を見せました。
「あ、精霊さん。もしかして精霊さんたちも入浴場の修繕を?」
『イエッサー、楽しかったので頑張りましたですー』
「なるほど……。それはお疲れ様です」
『王様、張り切ってたです。ホムンクルスさん、大事するゆうてたです』
『王様、ニヒル・アドミラリ、ポーカーフェイスなだけなのですー』
『ホムンクルスさん、大切に思ってますです』
うう……。そう言う「大事に」とか「大切」などという言葉は本当に勘違いするので、やめた方が良いと思います。はい。
私は大地の精霊と会話をしたのち、入浴場の扉を──ゆっくりと開きました。
湯気で良く見えませんが、幻獣が自由に湯に浸かっています。やはり幻ではありませんでした。それにしてもさっきより増えていません?
「ああ、花嫁が来た」
「マナが安定してないネ」
「だから薬草の湯にしたんでしょ」
幻獣たちは湯に浸かりながら暢気に話をしていました。どうやら私のことはすでに噂になっているようです。敵意は感じられません。そのことに私はホッとしましたが、ひとりだけ妙な事を口走っていたような?
「なにしている、体が冷えるから早く湯に浸かると良い」
低い声。
そう声をかけてくれたのは、大きな犬でした。ファンヴァラ様の影に潜った四つ目の犬よりももっと大きい──いえ狼が近いかもしれません。それに六つ目で凛とした姿は気品すら感じられます。
彼もファンヴァラ様の眷族でしょうか。六つ目の獣は私をジッと見つめています。睨んで──いるわけではなさそうですね。もう犬なのか狼なのかわかりませんが、危険はなさそうです。
「髪と体を洗ったら入りますね」
湯には様々なハーブが入っていた。ローズマリー、ラベンダー、カモミール……独特ですが好きな香りです。
「ハーブバス。それもこんなにたくさんいれて贅沢です」
嬉々として喜んでいると、コボルトたちが「体洗いっこする」「背中洗う」「体洗え」「体、きれいきれい」と入浴場に入ってきました。
私もコボルトたちと一緒になって、髪と体の洗いっこをすることに。コボルトたち、小さくてかわいいですね。
それから湯船につかる頃には、幻獣の姿は殆どいなくなっていました。





