《幕間》ファンヴァラの事情・後編
大地の精霊にオベロンへの言付けを頼んだ。彼は数刻でオレのいる屋敷に姿を現した。それから事の顛末を話すと──オベロンは「身が、身がよじれる」とかいって終始笑い転げていた。
緋色のふわっとした癖っ毛の長い髪、紅玉のような瞳、雄々しい鹿の角を生やした童顔の少年──の姿をしている。本来の姿とは異なるが、彼はこちらの方が動きやすいのだろう。どちらかと言うと、人間を騙しやすいのだ。
服装は他の王たちのような貴族の身なりではなく、トガと呼ばれるマントに、古代ローマの服、チュニックと呼ばれる絹の服に、革製のサンダルの軽装だ。
「あはははっ、笑い死ぬ。あの死の王様がねえ~」
「……笑うだけ笑って構わないが──娘は助かるのか?」
オベロンの指示で使えそうなソファに娘を横にしているが、雨で体が冷えたのか震えている。
「このままじゃ難しいね。んー、どうやら妖精寄りではあるけどホムンクルスは人間に近しいから、ちゃんと体を温めないとダメだよ。まず湯を沸かして、あとこの部屋の暖炉に火をくべる。服も着替え──ってファンヴァラ。キミのところの家事妖精は?」
ぺらぺらと話しているが、さすがは妖精王。付き人の緑の佳人と妖精の護衛者がテキパキと必要なものを用意していく。
「昔はいたが今はいない」
「そっか。ホムンクルスの世話をキミが出来るとは思わないから、ボクから先に婚礼の祝いを贈ってあげよう」
「婚礼?」とオレは眉をひそめた。
「娘は領土の復興に必要なだけで合って──」
「ほほう? では娘が役立つうちは置いておいて飽きたら捨てるというのかな、僕の子どもは?」
にこにこと少年が笑っているが、その気配は鋭いものがあった。
だいたいオレは妖精王の子どもではない──のだが、どうにもオベロンもティターニアも妖精界に住むものたちを自分の子どもだと口にする。
「この娘は白薔薇の精が告げた《予言の娘》である可能性がある。客人も同然であり、手厚くもてなすつもりだが──」
「婚礼する気がないと?」
「死の王と結婚を望む者はいないだろう」
自虐的な意味ではなかったのだが、オベロンはどこか悲し気な顔で目を伏せた。何か気まずいことでも言っただろうか。そう尋ねようとしたが、彼は子供のようにニッコリと笑顔を浮かべた。
「じゃあ、彼女に聞いてみるといい。ボクとしては、キミがちゃんと自分の気持ちに気付いてからでもいいと思うけど、まあ、それはしょうがないか」
オベロンは娘へと視線を向けて「時間もあんまりないみたいだし」と呟いた。
首にある《束縛》のルーンについて言っているのだろうか。確かに、楽観視できる状態ではないだろう。
「少し他の種族の事も学ぶのもいいと思うよ☆」と言ってオベロンはオレの部屋に数十冊の本を置いていった。少々お節介な所はあるが、こういった時に頼りになる。
「婚礼、人生の伴侶、パートナー、つがい……人間の言葉はなんとも複雑怪奇なのだな」
『でも人間は面白いです』
『ハッピー、たくさん温かい人もいますです』
いつの間にか大地の精霊が部屋の中を浮遊していた。森を好む彼らが部屋の中に居るのは珍しい。それほど娘に興味を示したのかもしれない。
***
娘は目が覚めたようだが、だいぶ衰弱していた。出会った時のような力強い瞳をもう一度見てみたい。オレは眷族に彼女の傍で温めるようにと命じることにした。これで少しは回復するだろう。
胸の中で妙なざわめきが日を追うごとに増していく。気づけば娘の部屋を良く訪れるようになっていた。眠っていてもやはり喉の痛みが辛そうだ。
「たしか──」
#祭壇を飾る草__バーベイン__#のは《異界》への道を清める為、近くの森に咲いていたはずだ。この地は様々な世界との繋がる──いや最期に訪れる場所という方が近い。穏やかに眠る場所。オレは自然と東の森へと向かった。
北に比べれば、森の木々や植物は実りを付けている。春はこなくとも秋だけはくる。だが春が来なければ実りの量も質も大きく違う。祭壇を飾る草は森に咲き乱れていたが、昔からこれほど咲いていただろうか?
目を惹く薄青い花。
「そう言えば昔、北の森では美しい青紫の花が咲いたな」
『王がホムンクルスの娘に求婚です』
『王様、おめでとう。ハッピーナイスデーですぅー』
「求婚? なんのことだ?」
『祭壇を飾る草を異性に贈るのは、求愛の印ですです』
「……違う。これは喉の炎症を抑える為だ」
そう言いながらオレは毎日東の森に咲く祭壇を飾る草を摘んでは、娘に届けていた。
「秋の花は咲くが、昔と比べればやはり森全体が衰えているか……」
『でも、結婚したらよくなるです』
『ミデルの王様も奥さんたくさん作って、領土回復するって言ってたですぅ』
大地の精霊は、相変わらず噂が早い。前よりも大地の精霊はオレにいろんな話をするようになった。
精霊に近いからもあるのだろうが、オレの本来の姿は妖精とは程遠い。あの姿を見て娘がどう思うか──
***
娘が目覚めてからは、一日が目まぐるしく過ぎていく。
──領土の復興に微力ながら尽力するなら、やはりパートナーの方が意味合い的に合っていると思います! 肩書は大事ですもんね!
言い切った彼女はすぐに顔を赤らめた。まだ数日だが、本当に表情がよく変わる娘だ。その姿は見ていて──少し面白い。だからまずは一人称を変えてみた──が効果があるのかは不明だ。
なかったとしても何か今までの自分とは違う。そう思えたことの方がオレ──私にとっては大きい。
「ならば保護か、パートナーとして迎え入れることは可能だ」
気づけばそう口にしていた。#保護__アルジス__#と#防御__エイワズ__#、それに豊穣の三つのルーンを使っても同じ効果が期待できるというのに、なぜパートナー《つがい》として娘に問うたのだろう。
ルーンの解除と上書きも無事に終わったのだが、なぜあの娘は驚いた声を上げたのだろう。私に触れられるのが嫌だったのだろうか?
唇が最も効果が出やすい──他意はないのだが……もう少し自重すべきだったのかもしれない。
あの娘と出会ってから自分でもよく分からない。
会話を重ねれば、何かにか分かるだろうかかるだろうか?
脅えては──いなかったはず。もし本来の姿で拒絶されたら──?
「……この気持ちのモヤはなんだ?」
あのホムンクルスの娘は私の予想を軽く超える言動ばかりする。
なにより驚いたのは、保護ではなく#パートナー__伴侶__#を選んだことだ。しかし、《つがい》とは普段どのような事をするのだろう。種族によって《つがい》の在り方はそれぞれだ。まして種族が違えば、色々と#齟齬__そご__#が生まれるのかもしれない。
「ふむ……」
今更だが、白薔薇の精に聞いておけば良かった。気が進まないが、またオベロンに相談した方が良いのかもしれない。
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