《幕間》ファンヴァラの事情・前編
騒がしい風で眼が覚めた。
まだ冬までは早いと思っていたのだが──精霊の噂話、妖精たちの賑やかな声がしない。
冬は皆眠っているので静かだが、その分春と夏と秋は賑やかだったはずだ。
少なくとも、ずっと前はそうだった。
石造りの屋敷は丘の上にあり、そこから自分の領地を眺めるのが好きだ。庭園は様々な花の精が住み着き、山々から流れる命の水はひんやりと心地よい。
鬱蒼と生い茂る森は生命に満ち溢れ、精霊が宿り他の妖精の国の話を聞かせてくれた。特に大地の精霊は、冬の間でも自由に空を飛びまわるので、数少ない話し相手だ。
もっともオレは殆ど聞き役だったが。
「王よ。外見だけでも怖く見られてしまうのですから、せめて一人称だけでも「私」に変えてみてはいかがですか?」
そう助言するのは白薔薇の精だ。
「なぜそんな面倒なことをしなければならない?」
少し声を低くするだけで、みな怯えた顔を見せる。白薔薇の精も例外ではない。しかし白薔薇の精は懸命に言葉を紡ぐ。
「番でございます。いつか、相応しい方にまで怯えさせぬためにも言葉遣いを少し和らげるように……」
「オレの番など誰もなりたくないだろう」
オレは同じことを繰り返せばいい、そう思って疑わなかった。
***
妖精はそれぞれの役割を担う。家事妖精と、コボルトたちは屋敷内を清潔に保とうとせっせと働き、ドラゴンの群れは長旅だった羽根を休め、穏やかに朽ちる場所にこの地を選ぶ。
ドラゴンの最期は森や土に還る。ユニコーンは角が取れると、死期が近いという。安らかに次の命へと繋いで眠りにつく。穏やかに世界と溶け合い巡る。
ここはそういった終わりであり、万物へと巡るための地。
春と短い夏と秋と少し長い冬だった。
オレの役割は冬を管理すること。
春と夏と秋はさまざまな妖精と幻獣が住んでいた。ドラゴンやユニコーン、巨人族、美しい緑の佳人、森の守り手、屋敷の世話をする家事精霊、丘の防人の任にあたる妖精の護衛役、たちの祝福によって季節が巡る。
なにも変わらない──そう思っていた。
いつからか春がこなくなり、夏もなくなった。#幽世__アストラル__#の均衡が崩れたと、他の妖精王たちが《会議の間》で呟いていたのを覚えている。
オレはどこか人ごとのようにその光景を眺めていた。その後、オベロンやミデルは素早く行動を起こしたと耳にする。他の王たちも動いていた。
それなのにオレは──ただ傍観していた。死を司る以外、何の力もない。
《世界樹の種》を生み出すことは可能でも、そこから芽吹かせることは出来なかった。なにが足りたいのだろう。その方法をオレは知らない。
終らせることしか出来ぬオレが、命を芽吹かせることなど出来るはずもない。時間だけが無意味に流れていく。
精霊や妖精、幻獣も離れて秋とは名ばかりの枯れゆく景色が続いた。時期にケガレがこの丘を飲み込むだろう。ここの屋敷に花を咲かせていた白薔薇の精も、もういない。
『雨の森で出会うだろう。薄緑色の髪、深い碧色の瞳、ルーンの呪縛に囚われた娘に』
「予言? これが何だというのだ?」
「ファンヴァラ様。その娘が……春風を運ぶでしょう。心から花を愛する娘。彼女を──どうか、導いてあげてください。そして、この地が……再び、蘇るのを──」
白薔薇の精はそう告げて還っていった。万物の巡る環の中に──。
オレはこの地の領主だ。けれど、怠惰で眠り続けていた無能な王でもある。望みは薄いが、やれるだけのことはやってみよう。
白薔薇の精が告げた「予言の娘」。
呪縛に囚われた娘と聞いて、生気がない者を想像していたが──全く違った。
『予言の娘だと、おもうのです』
『追われていました。トゥービーコンテニュー?ですー』
『早くいかないと死んでしまいまする。助けるとよいですです』
大地の精霊たちの言葉を聞いて、馬を走らせた。息が荒くなったのはいつぶりだろう。
「………」
獣に追われた少女は疲弊していたが、強い意志を持っていた。
生きようと必死なものを見たのは、どれぐらいぶりだろう。
ホムンクルス。造られた命は生きようと懸命に足掻いていた。喉を焼かれようと、ルーンの力を駆使して──。
「あれが……」
とても眩しく見えた。力強い碧色の双眸。
ああ、確かに春に見るフキノトウや若葉に似た──美しい瞳だ。あの輝きを失いたくない。そう思っていたら、自然と唇が開いていた。
「大地の精霊、力を貸せ。オレ──私だけでは娘まで殺してしまうかもしれない」
『アイマム』と大地の精霊は宙を旋回しながら、鎌鼬を生み出す。オレは威力を最小限に抑え──獣だけを狙って放つ。
轟ツ!!
獣だけを倒し終えると、思わず吐息が漏れた。
ふと倒れていた娘と目が合った。怯えというよりは驚きが強かったのだろう。もう少し近くに寄ろうと手綱を引いた。
「お前が予言の娘か」
疑問ではなく「ああ、この者が白薔薇の精が言っていた娘か」と納得していたのだが、つい声に出てしまっていたようだ。
「私な……わけないじゃないですか」と娘はつぶやいた後、気を失ってしまった。緊張が解けたからだろう。
オレは馬から降りると、華奢な娘を抱き上げる。
頬は赤く、吐息も荒い。熱は温かく、流れている血は、この者が生きているのだという事を如実に表していた。そっと抱きしめると娘はぶるりと震えつつも、肌をすり寄せて身じろぎする。
「……」
自分の心音が少しだけ早まった。妙に胸がざわつく。
屋敷に戻ると、昔使っていた客間へと向かった。よくよく考えればホムンクルス──人間に近いモノの生体、風習や文化などあまり明るくない。
「仕方ない」
オレは旧知の間柄である《ティル・ナ・ノーグ国》の妖精王、オベロンに連絡を入れることにした。





