第9.5話 私、春の女神じゃないですよ? 後編
そういうとファンヴァラ様は腰を上げました。
こ、これは不味いと私は慌てて彼を引き留める。このまま無能ばかりを晒しては、ここを追い出されてしまう可能性もあります。
「あの、明日もしお時間があるなら、領土を巡ってみたいのですが……」
「まだ駄目だ。ルーンの影響でお前の体力やマナが枯渇している。もう少し静養してからがいいだろう」
「はい……。わかりました」
「別に焦る必要はない」と、ファンヴァラ様に気を使われてしまう始末。大きな手はポンと私の頭を撫でたのです。
撫でられたことは嬉しさと恥かしさに、耳まで熱くなってきました。
役に立たない上に、お世話になりっぱなしというのは、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。なにか一つでもお役に立てれば良いのですが……。
──はぁ……。焦りは禁物だというのは分かっているのですが……。
領土の回復。恩義に報いる行いをした後、私は延命させるための方法を探さなければいけないのです。寿命についてはファンヴァラ様に伝えていません。四年しか寿命が持たないと言えば、パートナーを解除されてしまうかもしれないと思ったからです。
『大丈夫? ファンはすこし、戸惑っているだけなの』
『旦那様、他人と、話すの苦手なのー』
『顔に出ないだけで、内心嬉しいそうなのなの』
不意に私の周りで声が上がりました。──が、姿がありません。
「誰?」と、私が声をかけると、「下なの、下」と声が返ってきました。
私はソファの下を覗くと、小さな小人たちが五、六人わらわらしています。精霊魔術師レムルの知識だとあれはKOBORUTO。ホブゴブリンと同じように家に住み着く妖精、または精霊さんです。
犬の顔を持つゴブリンの亜種で、私の手のひらほどの大きさの小人たち。色違いの帽子に動きやすい市民服、鼻が少し長く、目はつぶらでした。
ゴブリンならアニメやゲームで見たことがありますが、実際の容姿はわりと可愛らしい。絵本の『小人の靴屋』などに出てくる小人のようです。
「はじめまして。私はここに住むことになった──」
私は名乗ろうとして言葉に詰まりました。よく考えれば、ホムンクルスとして生まれ変わったばかりで、私に名前などありません。
『名前ない? ホムンクルス?』
『え、あ──うん。そうなの。まだないの。あなたたちはあるの?』
『ないのー? 俺たちはコボルトで、名前はないのー』
ぴょんぴょん、とコボルトたちは私に親しくしてくれました。
なんでしょう。この「なのなの」集団。かわいい。
人間界に住むコボルトは牛乳の容器にゴミを投げ込んで、家の者の反応を見て住み着くという習性があるそうです。その時に、あまり過激な反応を見せなければその家に住むという。住み着くコボルトは実によく働くとも精霊魔術師レムルの知識にありました。
「じゃあ、明日。一緒にファンヴァラ様から名前をもらえないか相談してみましょう」
『名前! 画期的なの』と、みんな嬉しそうにわらわらしています。
それからコボルトたちは、私にこの屋敷について色々と教えてくれました。
《ノックマの丘》は生と死の両方がある土地だったのですが、幽世の変化によって均衡が崩れ死の腐敗が広がってしまっているようです。春が来ない原因はそれにありそうな気もします。
他に考えられそうなのは、ファンヴァラ様自身の変化でしょうか。彼は精霊とはいえ死の王です。故に、死の特性が強く出てしまったのだとしたら──?
死の力が増したせいで、力が弱い精霊や妖精はこの丘を去っていた、とかも考えられるかもしれません。もっともそれが分かったところで私に何ができるか、という話になるのですが……。
「はぁ。話を聞いても私に何か出来るとは思わないのですが……」
『《つがい》になったなら、安泰なの』
『伴侶、ひつようだったのー』
『お嫁さん、いるといないとじゃ、全然祝福がちがうの』
コボルトから妙な単語が出てきました。お嫁さんって、まさかね。
花嫁って言うなら──なんかもっとこう、プロポーズ的な何かがあると思うのですが……。生前、人間だった時も、告白なんて滅多にされたことが無かったので、幻想を抱いていると言われたらなにも言い返せませんね。
私はそれからいろいろ話を聞いたのち、気づけば眠ってしまったのでした。





