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婚約破棄は承りました。私の仕事まで、あなたのものではありません~冷徹監査官は私を囲わない~  作者: 他力本願寺


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第44話 不足していない穀物

ロズフェルド領主館の臨時対策本部は、冷え込みの厳しい秋の夜更けにもかかわらず、熱気を帯びていた。


 エレナの机の上には、王国全土の地図と、各地から寄せられた膨大な羊皮紙の束が広げられている。


 緊急穀物令の発動による資産凍結から一週間。エレナはマルグリットの私財や共同組合の協力によって、北端の村々への緊急輸送網を維持しながら、並行してある作業を進めていた。


「……ミナ。西部と南部の実働担当者から送られてきた『実測データ』の集計は終わった?」


「はい、委員長! 各拠点の倉庫番や運送組合の親方たちが、自分たちの名前で署名してくれた日付と受渡し番号のある在庫記録です。国庫庁へ在庫報告を提出した時の、受領印付きの控えも各拠点に残っていました。今、最後の照合が終わりました!」


 目の下に隈を作ったミナが、誇らしげに分厚い束を差し出した。


 エレナはそれを受け取り、国庫庁が公表した緊急令の前提となる『全国不足データ』と突き合わせた。


 数字を追うエレナの瞳が、驚きと確信に鋭く見開かれる。


「……やはり、そうだわ」


 エレナは、国庫庁のデータの一角を羽ペンで強く叩いた。


「同じ日付の在庫を、受渡しの控えとも照合すると、国庫庁のデータには不自然な欠損がある。特に、ダストワール商会とその系列が管轄している中継倉庫の在庫量が、実際よりも極端に低く申告されているわ」


「つまり、彼らが意図的に食糧を隠しているということですか?」


「少なくとも、公表された不足量は現場の記録と合わない。収穫減は事実でも、消された在庫を戻せば、一括凍結の発動基準には届かないわ。誰が、どの段階で数字を変えたかを確かめましょう」


 エレナの背筋に、悪寒のような震えが走った。


 不自然な数字から、利益を得る者がいる。


 国が緊急令を発動すれば、対象の資金と備蓄の再配分は国庫庁に集中し、相場は暴騰する。彼らは凍結させた地方の予備資金を吸い上げ、自分たちが隠し持っていた穀物を高値で国に買い取らせることで、高値での売却益を得られる。エレナは、国庫庁が示した買上げ予定価格も比較表に書き込んだ。


「こんな大規模な偽造データが、どうして監査院の審査をすり抜けたのでしょう……?」


「監査院の現場には、優秀で真面目な実務家がたくさんいるわ。照合の段階で、この差に気づいた人がいるかもしれない。記録があるか、照会してみましょう」


 エレナは直ちに、王都の監査院本部に向けて一通の書類を作成した。


 それは、以前にも行使した『外部再建責任者の閲覧請求制度』に基づく公文書である。


 エレナは、緊急令の前提データに関する内部通報や刑事送致準備資料など、機密性の高い封印記録の『本文』を読ませろとは要求しなかった。通常の閲覧請求だけでは、本文を開示できないからだ。


 彼女が求めたのは、関連する封印記録が『存在するか』『何件あるか』『現在も封印状態か』という目録情報の開示のみである。これならば、法的に請求者への開示が認められている。


 翌日、王都の記録保管局から魔法通信で返答が届いた。


『照会の件について。緊急穀物令発動の直後、本件に関連する内部通報に係る記録一件が受理され、現在も監査院評議会の指揮下にて封印状態が維持されていることを確認した』


「……見つけた」


 エレナは、その通信紙を強く握りしめた。


 関連する記録は、一件ある。しかし、これだけで中身まで分かったことにはならない。


 回答には、保管責任者としてエドガーの名があり、取扱いに関する定型の付記があった。


『保管者は封印された状態で引継ぎを受けており、本文の閲覧権限を有しない。本文の開示は、所定の公益開示手続きによる』


 彼もまだ、読んでいない。保管する人が自由に開けてよい箱ではないのだ。


 エレナは回答を証拠目録に綴じた。求めるのは、彼にこっそり渡してもらうことではない。審査を経て、誰もが確かめられる場所へ出すことだ。


「王都へ行くわ。現場の記録だけでも、緊急審査を求める根拠になる。原本を持って、直接説明します」


「こちらは私が。村の残量は、毎日通信所へ届けます」


 ミナの返事に、エレナは頷いた。


 北端のアルト村とリューネ村は、中央の配給表では『不足なし』とされていた。昨年の備蓄が残っている扱いなのに、両村の帳簿には、春までに使い切った記録がある。全国の不足を膨らませる一方で、地方の不足は消されていた。


 集計の元を調べようとする委員会へ、物資を回さないためではないか。そんな疑いがよぎったが、動機まで帳簿で証明できるわけではない。エレナは、まず残量の誤りを訂正する申立書を作った。


 翌朝、両村の代表と共に急行馬車へ乗り、三日かけて王都へ向かった。原本は携行し、控えをロズフェルドに残す。王都には、商人組合が貸してくれた一室を連絡所として確保した。


 到着した夜、エレナは二通の申立書を机に並べた。独立審査院へは、不足データへの異議と緊急の適用停止。監査院評議会へは、封印記録についての公益開示請求。


 審査の順番をただ待つ余裕はない。二村の残量表を添え、どちらにも至急と記した。

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