第42話 彼が差し押さえる
執行予定の通知が届いた日の午後、ロズフェルドの空は厚い雲に覆われていた。
領主館に置いた再建委員会の本部へ、通信所から認証付きの執行通知が届いた。原本は後から公文書の継送便で届くという。
エレナは受領時刻を記し、通知を開いた。
対象条件と執行開始時刻。その末尾には、見慣れた名前が転記されていた。
『監査院長代理 エドガー・レイン』
添付された手続きの要旨には、彼の申告と、その処理も残っていた。再建委員長との交際関係を申告し、担当変更を求めたこと。監査院評議会が申し立てを審議し、却下したこと。
エレナは、その理由を二度読んだ。
『本件は個別の裁量処分ではなく、法定条件による全国一括執行である。対象の選定・除外の裁量を伴わず、執行証明は院長、欠員時は院長代理の専管事項とする』
誰に任せても同じ結果になる。その証明だけは、代理である彼自身の署名を要する。
続く注意書きには、証明の範囲が明記されていた。
『本証明は、前提資料の法定形式および執行手続きの適法性を確認する。前提データの真実性ならびに本令の適用停止については、独立審査院の審査に属する』
この署名は、不足の数字が真実だと保証するものではない。けれど、署名によって予算が止まることも事実だった。
「委員長! 国庫庁からの通達です! 当委員会とロズフェルド領が持つ、国庫補助由来の予備資金と備蓄が、たった今凍結されました! 新規の輸送契約に対する決済も、すべて国庫庁の承認が下りるまで停止となります!」
ミナが、悲鳴のような声を上げてエレナの机に書状を置いた。
集会所に詰めていた共同組合の親方たちも、何事かと色めき立つ。
エレナは無言のまま、通知をミナと並んで読み直した。
文末には、王国評議会の印と共に、監査院長代理としての適法性確認の署名が、はっきりと記されている。
「レイン院長代理の、署名……?」
ミナがその文字に気づき、信じられないというように絶句した。
「嘘でしょう? どうしてレイン院長代理が、エレナ様を追い詰めるような書類にサインを……! 彼なら、権力を使って監査を遅らせるなり、何なりとできたはずです! 冷たすぎます!」
「ミナ。彼を責めないで」
エレナは、静かに、しかしきっぱりとした声で助手を制した。
周囲の親方たちが「どういうことだ、監査院に裏切られたのか」とざわめく中、エレナだけは、その紙面に記された彼の署名から目を離さなかった。
署名を見た瞬間の痛みは、理屈を知っても消えなかった。あの手が書いた名前で、ここにいる人たちの仕事が止まる。
それでも、彼だけに規則を曲げてほしいとは言えない。
「彼が確認したのは手続きよ。不足の数字そのものを争うなら、私たちが記録を揃えて独立審査院へ出す必要がある」
口にして、ようやく次の仕事が見えた。彼がどんな顔で署名したかは、今のエレナには分からない。
会えたら、聞こう。責めるためではなく、彼一人にその夜を抱え込ませないために。
「……皆、聞いて」
エレナは命令書を机に置き、本部内の全員に向けて声を張り上げた。
「委員会の公的な資金は凍結されました。これより、我々は国からの補助に一切頼ることができません。ですが、北端の村の冬支度は待ってくれないわ」
凍結された予算で、新しい契約や支払いはできない。連絡や調整の権限は残っていても、馬車を走らせる金がなかった。
エレナは震えそうになる手を、机の縁に置いた。
「彼が法に則って正面から来たのなら、私たちも法に則って正面から反撃するだけです。不足データの照合を急ぎ、独立審査院へ異議と適用停止を申し立てる準備をします。……そして、審査が下りるまでの間、なんとしても現場の力だけで、この危機を乗り越えます!」




