第41話 王都からの緊急令
その年の秋は、誰もが記憶に刻むほど暗く、冷たい季節となった。
夏から降り続いた異常な長雨と日照不足は、収穫の時期を迎えて致命的な結果をもたらした。南部の穀倉地帯をはじめとする複数の地域から、例年の三割にも満たない深刻な凶作の報告が相次いで王都へと上げられていた。
そして、木々の葉が色づき始めたある朝。
西部鉱山領からロズフェルド領の再建委員会本部へと帰還していたエレナの元に、領内の通信所から使いが駆け込んできた。
「委員長! たった今、王都全域の掲示板と各領主館に、公式な布告が出されました!」
伝令の役人は、肩で息をしながら一枚の羊皮紙をエレナの机に叩きつけるように置いた。
エレナは立ち上がり、その文面に目を走らせる。隣にいたミナが、不安そうに息を呑む音が聞こえた。
『王国評議会布告・国王裁可。
深刻な凶作による国家規模の飢餓を防ぐため、本日付をもって【緊急穀物令】を発動し、監査院の執行証明を経て全国一括執行を開始する。
本令に基づき、国庫補助に由来する穀物予備資金、および同補助で取得した備蓄を、所有組織を問わず、一時的に凍結する。凍結された資産の管理・再配分権限は、国庫庁の中央管理下へと移管されるものとする』
「資産の、凍結……?」
エレナの口から、掠れた声が漏れた。
『緊急穀物令』。それは、国家存亡の危機にのみ発動が許される法律に発動条件が定められた緊急令だ。国民が餓死するのを防ぐため、国が強制的に各地の余剰物資や資金を吸い上げ、困窮している地域へ再配分するという、強権的だが合理的な救済システムである。
「エレナ様、これって……!」
「ええ。私たちの再建委員会が持つ予算も、ロズフェルド領が冬のために確保していた予備資金も、国庫補助に由来するものよ。法律の規定により、自動的に凍結対象に該当してしまうわ」
エレナは、羊皮紙を強く握りしめた。
委員会の名前を狙って書いた条文ではない。条件に当てはまる資金と備蓄が、全国で一斉に止まる。担当者を替えても、補助を受けた事実は変えられなかった。
だが、いくら凶作とはいえ、全国の予備資金をすべて凍結しなければならないほど切迫しているのだろうか。エレナが現場から集めていた各地の収穫データによれば、確かに不足は出ているが、国家全体で融通し合えばそこまでの危機には陥らないはずだった。
「……発動の前提になった不足データを、元の記録と照合しなければ」
エレナは奥歯を噛み締めた。
ダストワール商会の中継倉庫を通った穀物には、委員会側にも受渡しの控えがある。国庫庁の数字と合わないのは、集計時期の違いか。それとも、どこかで消されたのか。
今の資料だけでは決められない。
「ミナ、各地へ照会を。収穫高だけでなく、倉庫の在庫と出入りの記録も取り寄せて。現物を数えた日付を、必ず揃えてもらって」
「はい。通信所から、今日中に要旨を送ります」
認証付きの魔法通信で送れるのは、短い通知や数表の要旨までだ。署名のある原本は、馬車か公文書の継送便を待たなければならない。
エレナは各地への照会状に署名した。窓の向こうでは、冬支度の薪を載せた馬車が通り過ぎていく。
あの荷を運ぶ金まで止まる。誰かの返事を待つ間にも、冬は近づいていた。
翌朝、通信所から受け取った執行予定の通知には、監査院での手続きが最終段階に入ったと記されていた。
適法性を証明する責任者の欄に、エドガーの名があった。




