第三話 第二王子
ヴィオレッタは、ミリアと別れるとまっすぐレーヴェンハイト公爵家に向かった。
公爵家の屋敷の門に、別の馬車が止まったところだった。
——王家の馬車……? まさかレオンハルト殿下が考えを変えて、直接婚約破棄を伝えに来たのかしら。
ヴィオレッタは自分の馬車を降り、王家の馬車に猛然と歩いて行った。その顔は鬼の形相に変わっていた。
——クラリッサ様を傷つけることは絶対に許さない!
ところが、馬車から降りてきたのは王太子レオンハルトではなく、別の優男——第二王子ユリウスだった。
拍子抜けしたヴィオレッタは慌てて微笑みを作る。
「あら、ユリウス殿下、ごきげんよう」
ヴィオレッタの微笑みは怒りで歪み、引き攣ってしまっていた。
「おや、ヴィオレッタ嬢、どうかされましたか? ずいぶんと……お怒りですか? 僕が何かしましたでしょうか?」
「いえ、ユリウス殿下に対して、というわけではないのですが……。まさかユリウス殿下もあの件ですか……?」
「あの件……と言いますと?」
「レオンハルト殿下の件です」
「ああ……ご存じでしたか。そうなんです。兄上が婚約者のクラリッサ様のことも公爵家のこともあまり気遣わないので、私が王家を代表してたびたび訪問させていただいているのです。両家の結びつきは王国にとって最重要事項ですので……」
「ではレオンハルト殿下は、王国に叛旗を翻そうとされているということですね?」
「はい?」
「私はレオンハルト殿下からの伝言を持ってここに伺ったのです。レーヴェンハイト公爵家との縁談を決めた国王陛下を愚かであると断じ、叛逆の第一歩としてクラリッサ様との婚約破棄を伝えるよう言われてここに来たのです」
「何ですって?」
「クラリッサ様ではなく、聖女リュシア様との婚約を決めたそうですよ。聖教会の後ろ盾を得て、国王陛下の地位を簒奪するおつもりのようです」
穏やかだったユリウスの表情が急変し、深刻なものになった。
「それは本当ですか?」
「はい、間違いございません」
「……実は僕も兄上の最近の態度を不審に思っていたのです。レーヴェンハイト公爵家にはまったく訪問せず、聖教会に足繁く通って、聖女様と密会されているのも知っておりました。クラリッサ嬢のようにすてきな方を放っておいて何をしているかと思えば、そんな野心を抱いていたとは……」
クラリッサを「すてきな」というユリウスの言葉に反応し、ヴィオレッタの顔が綻ぶ。
「あら、ユリウス殿下もクラリッサ親衛隊に入りますか?」
「はい?」
「その話はまた今度ゆっくりいたしましょう。それよりも、レオンハルト殿下の思うようにさせてはなりません。これは王国の危機です」
ユリウスは頷く。
「ヴィオレッタ嬢、ありがとうございます。あとは僕に任せてください」
二人が話し込んでいるところに、屋敷の方から一人の人物がやってきた。
温厚そうな笑みを浮かべて近づいてきたその人物は、クラリッサの父、アルブレヒト・レーヴェンハイト公爵だった。
「ユリウス殿下にヴィオレッタではないですか。クラリッサに御用でしたら、ぜひお入りください」
「レーヴェンハイト公爵、実は重大な王国の危機であることが分かりまして……」
ユリウスが真剣な眼差しで話すのを目にして、アルブレヒトの表情も少し硬くなった。
「何があったのですか?」
「実は……僕の愚兄、レオンハルトが、父の国王を侮辱し、聖女を擁する聖教会と手を組み、反乱を起こすようです。そのため、現王家と縁の深い公爵家とは手を切り、クラリッサ様との婚約を破棄するとのことで……」
アルブレヒトの顔がみるみる険しくなっていった。
「何という横暴……。そんな輩にうちの娘はやれません。こちらから婚約を破棄させていただこう」
「愚兄がご迷惑をおかけして大変申し訳ございません。王家は決して公爵家を裏切るようなことはいたしません」
ユリウスが宥めるようにアルブレヒトに告げる。
「そうしていただけると助かります」
アルブレヒトは少しだけ表情を柔らかくした。
ユリウスへの信頼は厚いようだった。
「これから僕は証拠を集めて、国王と対処を協議いたします。このことは内密にお願いいたします」
ユリウスの目には強い意志の火が燃えていた。




