第二十四話 呪言を聞いた公爵令嬢
クラリッサとミリアを馬車に乗せ、ヴィオレッタは手綱を握った。
「少しでも乗り心地が不快でしたらいつでも仰ってくださいね」
御者台に座ったものの、ヴィオレッタは後ろが気になって仕方がなかった。
「大丈夫よ、ヴィオレッタ。それよりも、御者なら公爵家の者に任せるわよ」
クラリッサが言う。
「いいのです、クラリッサ様。他の者にクラリッサ様の乗る馬車の手綱を任せられる状況ではないので……」
「……どういう状況なの?」
「うぅ……。ご説明が難しいのですが……。とにかくクラリッサ様にご迷惑がかからないように全力で対応しておりまして……」
いつになく煮え切らないヴィオレッタに、クラリッサはため息をついた。
「ヴィオレッタ……私はあなたたちに、迷惑をかけてほしいと言っているの。私ばかり平穏でいたいなんて少しも思っていないわ。大事な友達のために、一緒に苦労も分かち合いたいの」
「クラリッサ様……」
ヴィオレッタは、クラリッサの言葉に感極まって、涙が溢れ出るのを止めることができなかった。
「ね、だからお話しして」
クラリッサが微笑んだ。
あまりに神々しい笑みだった。
もはやヴィオレッタに抗う術はなかった。
「ああ……はい。クラリッサ様、実は『魔女』が現れまして、『クラリッサ様は史上空前超絶にすばらしいお方で、世界を支配するに相応しい地上唯一のお方なので、ちょっとだけでもお会いできたら最高な気分で死んじゃいそう』という呪言を垂れ流してしまい、今、王都中の人々がクラリッサ様を求めて追ってきているのです。国王陛下もその中のひとりでして……」
「ヴィオレッタ様! それってほとんどヴィオレッタ様の今のお気持ちになっておりますわ! まあ、ほとんど合ってはいますけれど」
ミリアが言った。
——合っとらんわ!
「今の声は何?」
クラリッサが不思議そうな顔をした。
——まあ、よい。ようやくクラリッサにまで呪言が届いたのだ。我がもとに来るがよい。
「クラリッサ様、これが魔女の声です。呪言に冒された者たちはこの声を聞いて操られているのです」
ヴィオレッタの顔が険しくなっていく。
「人を操るなんて……。やめさせましょう」
「はい、もちろんです。操られてクラリッサ様のすばらしさを理解するのではなく、人々は自分でクラリッサ様のすばらしさを理解するべきです」
「そういうことではなくて、人を操るなんてこと自体がだめってことよ」
「は、ですが、私たちはクラリッサ様になら喜んで操られたいので……複雑な気持ちではございますが……。ですが、魔女が間違っていることは確かです。私たちが必ず止めてみせます」
「私も行くわ」
「ですが……。魔女の狙いはクラリッサ様です。クラリッサ様を危険に晒すわけにはまいりません」
「それならなおさらよ。私のために、あなたたちを危険に晒すわけにはいかないわ。私が魔女と話をしてきます」
「いえ、クラリッサ様のお手を煩わせるなど……」
「ヴィオレッタ、お願い」
「はうっ」
クラリッサの「お願い」に、ヴィオレッタは射抜かれた。ヴィオレッタがクラリッサのお願いを拒絶することなどできようはずがなかった。
「……クラリッサ様にご迷惑をおかけした罪がどれだけ大きいか……覚悟しなさいよ……」と魔女に向けてぶつぶつ呟くのが精一杯だった。
——さあ、こっちだ。
呪言が語りかけてくる。
ヴィオレッタは「首を洗って待ってなさい」と呟いた。そして魔女の誘導に従って、馬車を走らせた。
気づくと、三人娘を乗せた馬車は、見知らぬ場所にやってきていた。
公爵邸からそれほどの距離は走っておらず、王都の中のはずなのに周りにはほとんど建物がなくなっていた。
「いたい!」
ミリアが悲鳴のような声を上げた。
——入って来るがよい。
目の前に、廃屋のような、朽ちかけた小さな家があった。
「魔女がそこにいるようです。術者の近くまで来たので、呪言の威力が増しているのでしょう。クラリッサ様は大丈夫ですか? もし少しでも頭痛などございましたら、ぜひお引き返しください」
ヴィオレッタまでも苦しげな表情になっていた。
しかし、クラリッサは平然としていた。
「私は何ともないわ。あなたたちのほうが心配よ」
「お気遣いは大変ありがたいのですが、そこまでクラリッサ様に甘えることはできません」
ヴィオレッタははっきりと言った。
「だけど、ミリアは少し離れていなさい。耳のいいあなたには相性の悪い相手だわ」
ミリアは耳を塞いでうずくまり、ヴィオレッタの言葉に返答もできない状況だった。
「では……行きましょう、クラリッサ様」




