第二十三話 呪言を聞きだそうとする公爵令嬢
王宮の馬車の御者もすでに行進に加わってしまっており、ヴィオレッタが自ら御者台に乗り、ミリアを馬車に乗せた。
ヴィオレッタは見事な手綱さばきで馬を操り、全速力で走った。やがて馬車がレーヴェンハイト公爵邸に近づいていくと、そこには異様な光景が広がっていた。
「人が飛んでいる……」
ミリアが見た先で、竜巻にでも巻き込まれたかのように、人々が空に舞っていた。
そこは行進の先頭で、公爵邸の門に近づく前に吹き飛ばされているようだった。
ヴィオレッタは胸を撫で下ろす。
「念のための対応をしておいて良かったわ。あのような、まやかしのクラリッサ信奉者の行進が押し寄せたら、クラリッサ様の平穏が壊されてしまうもの」
竜巻の発生源は剣聖アレクシスだった。
剣の風圧で、行進する王宮の者たちを吹き飛ばしていたのだ。
「絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避 絶縁回避……」
ミリアの耳には、アレクシスの声がはっきりと聞こえていた。
アレクシスは同じ言葉を繰り返し呟きながら、取り憑かれたように剣を振るっていた。
「ヴィオレッタ様! 剣聖アレクシス様まで『呪言』に冒されているようです!」
ミリアが慌ててヴィオレッタに伝えるが、ヴィオレッタは表情を変えもしなかった。
「それは私の『呪言』だから問題ないわ。強力なものだから上書きされることもないの。事が済んだら解除するから大丈夫」
「魔力も使わずにそんな強力な呪言を……? さすがヴィオレッタ様です!」
「そんなことはいいから、クラリッサ様のもとに急ぐわよ」
ヴィオレッタとミリアが公爵邸の門に駆けつけると、そのただならぬ様子に門兵が驚きながらも、二人を中に引き入れた。
するとクラリッサは公爵邸の屋敷から出て、庭園を散歩しているところだった。
「お庭を歩くクラリッサ様……。なんて可愛らしいの!」
ヴィオレッタが用件も忘れて思わず感嘆する。
「まるで植物もクラリッサ様に跪いているようですわ……。クラリッサ様は人のためだけの存在ではない……。本当に世界を支配するお方なんですね」
ミリアも惚れ惚れしてため息をつく。
「あら、ヴィオレッタ、ミリア」
クラリッサから声をかけられて見惚れていた二人はハッとする。
「お、お声をかけられましたわ。どういたしましょう」
ミリアが、狼狽えているのか嬉しくて仕方ないのか、よくわからない慌て方をした。
「ミリア、しっかりなさい。クラリッサ様が可愛らしいのはいつものことよ」
ヴィオレッタが言った。
「二人ともわざわざ来てくれたのね。中でお茶でもどう? あら?」
クラリッサが何かに気づき、ヴィオレッタがその視線の先を見た。
人が飛んでいた。
たくさん。
「あのアホお兄様め……」
ヴィオレッタが思わず呟いた。
「何、ヴィオレッタ?」
「いえ、何でもございません。……今日は少し風が強いみたいで、少々人が飛んでいるみたいですわね」
「あんなに飛ばされて、大丈夫かしら……。あれ? 今、フリードリヒ陛下が飛んでいらっしゃらなかった?」
「あ、ああ……。そうですわね。きっと陛下も飛びたい気分になることがあるのでしょうね……。国王陛下となれば重責を負っている上に多忙でしょうから……」
「何だか……今日のヴィオレッタ、変だわ。何か隠しているの?」
クラリッサが不安そうにヴィオレッタの顔を覗き込んだ。
「何を仰いますか、クラリッサ様。ヴィオレッタはまったくいつもどおりでございます。そんなことより、私のせいでクラリッサ様のお心の平穏を乱してしまって申し訳ございません」
「何を言っているの、ヴィオレッタ」
クラリッサは少し怒ったような顔をした。
「私はいつも皆に助けられてばかりなのが心苦しいの。友達なのですから、困ったことがあったら、私のことも頼って」
「ああ……もったいないお言葉……」
ヴィオレッタが恍惚とした表情をして跪いた。
「ヴィオレッタ様ばかり……ずるいですわ」
ミリアが拗ねた。
「ミリア、あなたもよ。何かあったら私を頼るのよ」
「ああ……そのお言葉だけで救われます」
ミリアも同じように恍惚として跪いた。
「二人して跪かないで。それで、何かあったの?」
ヴィオレッタとミリアが我に返る。
「それが……人が飛んでいると落ち着いてお話ができないので、ちょっと出かけませんか?」
ヴィオレッタが提案した。
「え? ヴィオレッタ様、よいのですか?」
ミリアが心配そうに尋ねた。
「人がいつまでも飛んでいるようなところにいたら、クラリッサ様が落ち着かないでしょう?」
「それはそうですけれど……。いたっ」
——どうなることかと思ったが、ようやく元の呪言が作用したか。愚かな娘どもよ。クラリッサを連れてこちらに来るが良い。
クラリッサが心配そうにミリアを見た。
「……? どうしたの、ミリア? あなたたち、やっぱり変だわ」




